Chapter 1-5
「……スィルツォード=グレイネル、だったな?」
大柄な男が、そう問いかける。
男は威圧感のある風貌であった。黒々とした口髭を蓄え、その眼光は鋭い。彼がかつて一国の軍の手綱を握っていたと知らないスィルツォードは少し萎縮しながらも、「はい、そうです」と、努めて明るく返事をした。
が、そんなことは杞憂に過ぎなかった。男はスィルツォードの様子を見て、笑いながらこう言った。
「はっはっは、楽にして構わんぞ。俺はダンケール=ヴァイアニスだ。新米の教育係みたいなものをやっている。まあよろしく頼む」
「……はい、こちらこそよろしくお願いします」
そう言われてスィルツォードの側も余計な力が抜けたのか、笑顔で握手を交わすことができた。
ダンケールとの挨拶が一通り済んだところで、次は隣の女性が名乗り出る。
「あたしはソティア=ルイーダ。ギルドの管理を任されてて、酒場の責任者もやってるんだ。これからよろしく」
「はい、こちらこそ!」
ルイーダとも続けて握手をする。二人とも、彼のギルドへの加入を喜んでいるように見えた。

と、ルイーダがおもむろにポケットを探りだした。「あったあった」と、中からあるものを取り出す。
それは、小さな金のプレートだった。板には「272」という数字が彫られている。
「これがアンタのギルドでのナンバーだよ。ギルドじゃ自分の名前よりもこっちのナンバーで呼ばれることの方が多いから、早いうちに慣れるんだよ。『No.(ナンバー)272』って呼ばれたら、それはアンタのことだからね」
「はぁ……」
プレートを受け取り、小さく頷くスィルツォード。
「ま、その他の細かいことは、やってくうちに覚えるといいさ。そんな気負うようなもんでもないんだしね」
「分かりました」
「うん、よろしい。それじゃ、あたしらはこれで」
「明日から頑張ってくれ。もし見かけたら、気軽に声をかけてくれていいぞ」
所用を済ませたのか、二人は一階へと引き返していった。

「どうだ?これで晴れてギルドの一員になったわけだが」
手渡されたプレートをまじまじと見ていると、セルフィレリカからそんな声がかかった。
「ああ……まだよく分かんないな。まあ、気楽にやれって言われたことだし、そうさせてもらうことにするよ」
「初めのうちはそれでいいだろうな。っと……もういい時間だな。それじゃ、今日はこの辺で終わるとしよう。悪かったな、突然色々と」
「いや、気にするなって。むしろ礼を言いたいくらいだよ。そういえば……セルフィレリカは、ここに住んでるのか?」
ふと気になった疑問を投げかけると、セルフィレリカはそれに頷いた。
「ああ、ここのもうひとつ上……三階にな。わたしの家はエジンベアにあるからな、通うにも通えない距離だ」
「そうだったのか……家出かなんかか?」
「む……まあ、そうとも言えるかもしれないな。少なくとも穏便に出てきたわけではないからな」
「そっか……ごめんな、変なこと聞いて。オレも家出した身だから、つい聞いちゃったよ」
さすがに自分のような境遇の者はそれほどいないだろうと、半ば冗談半分に言ったことが的中してしまい、スィルツォードは少しきまりが悪そうに謝った。「気にするな」というセルフィレリカの言葉には、少し救われた気分になった。

そして、彼にはもうひとつ残っている疑問があった。
「あ、最後にひとつだけ教えてくれ。この建物の二階には勝手に入っていいのか?」
「……どうしてそんなことを?」
「いや、一階はあんなすし詰めだったのに二階はガランとしてるからさ。なんか理由があるのかと思って」
「なるほど、なかなかいいところに気がついたな。ああ、キミなら出入りして構わないだろう。でなければ、わたしがここに連れて来なかったよ」
「そっか。分かった、ありがとな」
「なに、これから同業者になるんだ。分からないことがあったら、またいつでも訊いてくれるといい」
そう言って、彼女は少し笑った。


「ギルド……か」
思わぬことに巻き込まれた帰り道、スィルツォードはひとり呟いた。
外はすっかり夜の帳が下り、街らしく建物の照明や街灯が道を照らしていた。
こうして歩いていると、ほんの二、三時間前の自分には想像もつかなかったことが起こっていると思えてきた。それでも、根が楽天家なスィルツォードは、自分がギルドの一員となったことには大して深く意識もせず、ただのんびりとした様子で、いつも通り家路につくだけであった。

「ただいまー」
その声も、おそらく普段と変わらない、いつもの声としてジンとマリーには聞こえるのだろう。
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