Chapter 1-3
一日分の給料を持って、スィルツォードは街の大通りを歩いていた。
(またやっちゃった……はは、おじさんに笑われるなーこりゃ)
朝にジンが仄めかした通りの結果になったことに、思わず苦笑いを浮かべる。
街は夕方、しかし彼はまだ帰るつもりではなかった。
もう少し、この街を歩いてみたかったのである。

スィルツォードがアリアハンに流れ着いたのは今から二年前、彼が15歳の時であった。

彼の家はサマンオサにある。が、それは家であって家ではなかった。
家族からは常に疎まれ、同じ部屋にいることすら拒まれる。その理由は、幼いスィルツォードには分からなかったし、こうして家を飛び出して成長した今の彼でも知らない。
そんな彼にはただ一人、家族として接してくれた姉がいた。二人はいつも一緒だった。同じ部屋で笑い、同じ部屋で語り、同じ部屋で眠り。しかしある日――それは何の前触れもなく訪れた日であった――スィルツォードの唯一の理解者であったその姉が、誰にも告げずに忽然と姿を消してしまったのである。
そしてその日以来、スィルツォードは孤独の中で幾度の朝を迎えた。独りのまま、数多の夜を明かした。そうした世間どころか家族からすらも隔絶された生活に堪えきれなかった彼は、ある夜にそっと家を抜け出し、なけなしの船賃を手にアリアハン行きの定期船に乗ったのだった。

当時、街の入り口で右も左も分からず立ち尽くした時のことは、今でもよく覚えている。往路の船賃しか持っていなかったスィルツォードに買い物をする余裕などあるはずもなく、途方に暮れ路頭に迷っていた彼に救いの手を差し伸べたのが、ジンとマリーのベネルテ夫妻だったのである。
時に自分の人生を呪い、半ば自棄になった時期もある。が、温かい人々の暮らす下町で、スィルツォードはもう一度人生をやり直してみようと思った。

それから二年。自分はこうして街を歩いている。ベネルテ夫妻をはじめ、下町の人々は自分に生きる希望を与えてくれた。だから、先のゴルドアのように、下町を見下し、侮辱するような者は、彼には到底許せないものなのである。

(……あれ、入り口まで来ちゃったか)
考えごとをしていたものだから、自分が街の入り口まで歩いてきていたことに気づかなかった。アリアハンの玄関口ともいえるこの辺りで、一際目を引く建物はと言えば、おそらくルイーダの酒場が挙がるだろう。実際、スィルツォードもその通りだと思った。かなり薄暗くなってきているが、酒場の中は明るく賑わっているようだ。
(あれは……なんで酒場の前にあんなものが?)
スィルツォードはちょうど酒場の入り口のところに、立派な花壇があるのを見つけた。誘われるようにそこに近づいていく。
「キレイだな……」
思わず声に出してしまう。
近場で屈んで見ると、それはそれは素晴らしく綺麗な花々だった。

ギィィ……。

「……?」
木が軋むような音。最初、何の音かは分からなかったが、背後から光と賑わいを感じ、酒場のドアが開いたのだと分かった。スィルツォードは立ち上がり、その場を後にしようとした。……ところが。

「……誰かいるのか?」
聞こえてきたのは女の声。振り向いて確かめると、背中に剣を携えた少女がこちらを見ていた。……いや、少女と呼ぶには大人びた容貌だ。腰に届くかという黒の髪にすらりと高い背、そして整った顔。ちょうどスィルツォードと同じくらいの歳だろうか。
「……キミは?」
「えっ、ああ、オレはスィルツォード=グレイネル。下町に住んでるんだ」
「スィルツォード……もしかして」
「?」
自分の名に何か心当たりがあるのだろうかと訝る彼に、その少女は続きの言葉を言った。
「噂になっている。あのモールド=ゴルドアを殴ったそうだな」
「え?あぁ、それはまぁ……そうだけど」
「たいしたことをするじゃないか。そんなことをしたのは、キミが初めてじゃないか?」
「どうだろう、ただオレは頭にきたから殴っただけなんだけど」
「立派な理由だ、とても面白い。そうだ、中に入らないか?キミとはもう少し話がしてみたいんだ」
「いや……でもここ酒場だろ? オレ、酒はちょっと…」
「安心するといい、酒場で酒を飲む義務なんてない。ああ、それとわたしの名前はセルフィレリカ=クード=ファスタレンドだ。紹介が遅れてしまったな。とにかく、入るといい」
「あ、ああ」

是非もない、といった彼女――セルフィレリカの様子に、スィルツォードは戸惑いながらも後について酒場の中へと入った。
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