Prologue-6
「その話なんだがなソティア。もしかしたらあんたの夢、現実になるかもしれんぞ」
「なんだって?」

唐突だった。
少なくとも彼女にとっては。
先の他愛のない話と繋がろうとは思いもよらず、ましてや投げ捨てたと語ったばかりの夢が叶うと言われたのだから。

ルイーダは首を振って、彼に返す。
「やめときな。こんなボロい店なんだ、アンタがどうこうするようなもんじゃないよ。アンタはアンタのやりたいことだけやりゃいいんじゃないかい?」
「ところがどっこいだ。そのプランには必要なものがあってだな。適度な広さを持った店だ」
ルイーダの眼色が変わる。ぼかした言い方ではあるが、彼が何を言いたいかは一瞬にして理解できた。
「こんな店、何に使うってのさ」
やめておいた方がいい、自分まで落ちてしまうと彼女は再度釘を刺す。が、ダンケールには考えを改めるつもりはないらしかった。
「俺はこの十年、何ができるかを考えた。アリアハンでも、ロマリアと同じように国への不満は少なからずある。中央集権の体制だからと目を瞑りたいが、不満を連ねる連中から見たらそういうわけにもいかない。あれをお願いこれをお願いすれば、国はここぞとばかりになんたら料という名目で金を搾り取りにくる。簡単な話、そういう人々の頼みを国の代わりに請け負って、それを解決できる機関があればと思ったわけだ」
「はぁ、なかなか壮大な話じゃないか。で、その機関とやらは具体的にはどういう形にするんだい?」
「あくまで俺の考えなんだが、ひとまず民営のギルドを立てるのさ。依頼の代価は求めるが、国よりリーズナブルな額でな。で、ギルドが国の無視できないくらいの規模になってきたら、国に掛け合って国営化すればいい。国として喉から手が出るほど欲しい財源になったらな。どうだ?」
「なるほどね。穴はありそうだけどなかなか興味深いプランだね。乗ろうじゃないか」
ひとしきり聞き終えると、ルイーダはふうん、と面白そうな表情で返した。
「けど、アンタ忘れてないかい? この店をギルドとして使うことにゴーサインは出すけど、肝心の活動員はどうするつもりなのさ?」
メンバーがいなけりゃ話にならない、机上の空論だと彼女は言う。しかし、ダンケールはニヤリと笑ってそれに答えた。
「それなら抜かりはないさ。ざっと三十人にはもう声をかけている」
「やけに本気だねぇ。ま、十年越しのプロジェクトなんだし当たり前ってとこかい」
「ああ、俺は何が何でも成功させるさ。でなきゃアリアハンに来た意味がないってもんだ」
生き生きした目だった。十年間でこれほどやる気に満ちた彼がいただろうか、ルイーダはそう感じた。

と、店のドアが開く。入ってきたのは軽装の少女とマントを着た男。
「やあ、ここが噂のギルド予定地かな?」
陽気な顔で訊ねる男。その顔に、ルイーダは見覚えがあった。
「アンタ……まさか、シヴァル=ロードかい!?」
「おや、どうして私のことを?」
「どうしてもこうしてもないよ! アンタ自分を誰だと思ってんのさ? その世界でアンタを知らないヤツなんて死んじまいなって話だよ!」
「はは、そんな風に言われてるのか。光栄だな、ありがとう」
にこやかに礼を述べるシヴァル。
「……で、そっちのお嬢ちゃんは?」
「ああ、彼女はファスタレンド家のセルフィレリカ嬢だ」
「あぁ、エジンベアの……。こりゃまたなんと豪華なメンバーだこと。ビックリだね」
「よろしくお願いします」
礼儀正しくぺこりと頭を下げる少女に、ルイーダは「こちらこそよろしく頼むよ」と微笑んだ。
「さてと、登録所は二階だったね。私も登録がてら挨拶してくるとしようかな。ではダンク、また後で」
「ああ、後でな」
「わたしもご一緒します」
シヴァルに従って、セルフィレリカも階段を上っていった。

再びカウンターが二人になったところで、ダンケールが懐を探り始めた。
「ソティア、実はもう一つ話がある」
「なんだい、藪から棒に」
「こいつだ」
ダンケールが取り出したのは小さな箱。
ルイーダはそれを訝りながらも開く。すると、そこに入っていたのは銀色に光る指輪だった。
「これは……」
「俺は口下手だからうまく言えないが、これから一緒にギルドをやっていくことだ、よろしく頼めないか。俺にはあんたが必要なんだ。落ちる時は一緒だ」
それは突然のことだった。
予期せぬ出来事に、ルイーダは暫し黙り込んでいたが、やがてそっと箱から指輪を取り出し、薬指に填めた。
「まったく。サプライズもいいとこだね」
そう言って、彼女はダンケールを見つめる。カウンター越しにある顔を見て、そっと微笑む。

「……断る理由なんて、ひとつもないよ」


【To be continued】
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