Chapter 37-37
その一方では、庭の表を歩く一人の姿があった。それは3年前のパーティーリーダー、キースであった。
キース「…やれやれ、もうお前を振り回す日は来ないって思ってたんだけどな」
キースは手にロトの剣を握っていた。自分を選んだ無二の剣に語りかける彼は口ではそう言いながらも、しかしどこか嬉しそうでもあった。
キース「そう言えばラルドの奴…精霊に気になることを訊いてやがったな」
きらりと輝くその刀身に目を向ける。ラルドがあの時発した言葉は、今こうして自分がこの剣を握っていることを根底から否定すること。
キース「俺が本当にロトの子孫だっていう証拠…か」
今になって、キースはそれが確かにあるように見えて実はないことに気付く。手にした剣が血を引く装備者を選ぶという保証、自分の父母が確かに誰々であるという保証、そして手に入れてきた勇者にまつわる物が自分によって手に入った保証。それら全て、必然的にあったようでなかったのかもしれない。
そんな確かめられない考えを巡らしていると、後ろから友の声が届いた。
ラルド「こんな所で、お前は何をしているんだ、キース」
キース「ん?なんでここだって分かったんだ?」
ラルド「フェアルの部屋の窓からお前が見えたからな」
キース「そうか。んじゃ、俺はいいから愛しの妹と一緒にいてやれ」
ラルド「からかうのも大概にしてくれ。いちいち苛立てるほど元気なわけでもないんだからな」
首を振りながら溜め息をこぼすラルドに、キースは冗談だよ、と笑った。
キース「わかってるよ。で、俺の独り言聞いてたわけか?」
ラルド「…ああ。いずれお前に話すつもりだったが…今話すとしよう」
ラルドはそう言って、いつか読んだ本の内容についてかいつまんでキースに話した。
ラルド「私はこれを確かめたかった。だが精霊ルビスは、なぜか明白な答えを出さなかった」
キース「なぜか…ね」
キースはふっと笑って、剣をくるくる回しながら答えた。
キース「もしかすると、ルビスにすら分からないんじゃねーか?」
ラルド「まさか。全知全能の精霊と言われるルビスだぞ?」
キース「お前、その類は信じてなかったんじゃねーのか?」
ラルド「否定はせんが…あれを目の当たりにすれば考えを改めても自然だろう」
キース「まあな。ただ、結局は俺はどっちでもいいんだよ」
ラルド「ロトの子孫か否か…がか?」
キース「ああ」
短く、しかしきっぱりと告げられた言葉。その理由を理解する必要はなく、答えは全てキース自身から与えられた。
キース「今更それが分かっても、どうするって言うんだ。そもそも、俺は今この剣を握ってる。もしコレが偽物ってんなら、それもいいじゃねーか。最高の偽物に、俺は命を救われてるわけだからな」
ラルド「ほう…」
キース「変わるとすれば、どうでもいい事情だけだ。俺がロトの子孫なんだったら、この剣は俺を選んだ。そうじゃなかったんなら―――」
剣をサクッと地面に突き刺し、真っ直ぐにラルドを見て続ける。
キース「誰かさん最高傑作の偽物を、俺が選んだってだけの話だろ?」
ラルド「…なるほど。ではこの件は、お前の考えに任せることにしよう」
ラルドは踵を返し、パーティーへ戻っていった。その大きく後ろをゆっくり歩いてついていき、キースは一言確かに漏らした。
キース「本書いたお偉いさんよりは、信用されてんだな…」
―――パーティーは、空が白む頃まで続いた。