Chapter 29-8
アルム(とにかく動かないと…!)
アルムはどう戦うべきかを考えた。相手が自分たちよりはるかに強いことは、既に分かりきっている。こちらは、人数の利を活かす戦法をとらなければならない。そう判断したアルムは、ディルの攻撃から逃れつつ、リズたちと反対の場所に移動しようと考えた。
が、それはあまりに思慮が浅かった。ディルとの力の「差」を、アルムは考えていなかったのだ。
ディル「…遅いぜ?」
アルム「!!!」
あまりに素早いディルの剣は、アルムがまともに動くことさえも許さなかった。どうにか反射的に剣を出し、真っ二つにされることは避けたアルム。だが、この光景を見極めている者がいた。―――リズである。
リズ(…遅いわ)
アルムのすぐそばからさっとディルを避けたリズは、ディルが速いのではなく、アルムが遅いと感じていた。
リズ(やっぱり、アルムの反応が鈍いわ…!私が引きつけなきゃ…)
リズは剣を構え、ディルの左側から攻める。が、ディルはいとも簡単にリズの素早い剣撃を受け流していく。
セイファー「…ボミオス!」
その時、セイファーの呪文がディルの動きを鈍らせた。リズは今が好機と見て、ディルに剣を突き出した。かわし損ねたディルの右の腰のあたりに、鋭い裂け目を作った。
ディル「ちっ…少しはやるじゃねえか。なら…少し本気で行かせてもらうぜ!」
ディルは剣を構え直すと、リズに向かって剣を振った。アルムはこれが何か、はっきりと理解していた。
アルム「…リズ、避けて!!」
アルムの叫びに、瞬時にリズは右に飛ぶ。その結果、わずかに左肩に傷を負うに留まった。
セイファー「…バギマ!」
竜巻が、ディルに向かって飛んでいく。アルムはそれを見て、とっさにあることを思いついた。
アルム「…ベギラマ!」
アルムの手から放たれた高熱の猛火は、ディルではなく竜巻に飛んでいった。そしてそれは、ひとつの火柱となってディルに襲いかかる。
アルム「やった…!」
そう呟いて、表情を緩めた瞬間だった。炎の竜巻が真っ二つに切り裂かれ、その向こうから飛んできた見えない刃が、アルムたち3人の体中を駆け抜けた。
アルム「…うわああぁぁぁっ!!!」
全身から血が噴き出すのを見た恐怖と走った激しい痛みで、アルムは絶叫した。それは、他の2人も同じことだった。
バタリ…と、その場に倒れる3人。竜巻が何処かへ消え去った後、ディルはこちらを見て立っていた。勝敗は、決した。
ディル「…話にならねえな。もっと強くなったかと思ってたけど…残念だぜ」
そう言うと、ディルは剣に凄まじいエネルギーを蓄え始めた。そして、黒く光る剣を持って、倒れている3人に近づく。その強さは、アルムが以前受けたヘルスラッシュの比ではない。
アルム(…ここで…殺されちゃうんだ…)
その強大なエネルギーを目の当たりにして、アルムは本能的に悟り、ぎゅっと目を瞑った。しかし、ディルはその剣をアルムたちから逸らし、誰もいない方へと放った。凄まじい攻撃だったが、アルムたち3人に被害はない。そして、ディルはアルムのすぐ傍まできて彼を見下ろした。
ディル「次に会うときは、あれをお前らに向けて撃たせるぐらいになっておくんだな」
アルム「…次…?」
なぜとどめを刺さないのか、アルムは瞬時に理解できなかった。そこに追って響く、ディルの低い声。
ディル「俺を倒せないようじゃ、天界王なんざ絶対に倒せねえ。この先に行くか行かねえかはお前らの自由だ。結果が見えた勝負をしに行く奴らを、わざわざ止めるほど俺も暇じゃねえからな」
そう言い残して、ディルはその場を後にした。そうして、後にはただ、全身に傷を負って倒れた3人が取り残された。