始まりは雨の中で


わたし、気がつくと
土砂降りの雨の中にいたのです。

-わたしと貴方の二ヶ月間。-


「・・・どこでしょう、ここは。」

ふと目を覚ますと、
土砂降りの雨の中にいた。

とにかく何か思いだそうとしてみても、
自分の名前すら思い出せない。
一体、この身がどこの誰で
どうしてこんな場所にいるのか、
どれだけ頑張っても
思い出せなくて困り果てた。
自分はこのまま、冬の夜特有の寒さと
土砂降りの雨の冷たさにやられて
凍え死んでしまうのだろうか。
「あぁ、人ってそんなもんかな。」と、
勝手な感傷に浸ってしまう。

少し奥まった所にあるらしいこの道は
人通りもあまり多くないが、それでも
先程からせかせかと道行く足音は、
まるで、わたしのことなんて
見えていないかのように過ぎ去る音や
あからさまに嫌な顔をする音で溢れた。

雨脚が一層強くなった気がするのは、
この街が意外にも冷たい人で
溢れていたせいだろうか。

わたしの前を通り過ぎようとする
2人組の女性が言う。
「なぁに、あの子ぉ?ずぶ濡れじゃーん。」
「やだぁ、ホント。かっわいそ〜。」
こちらをチラリと見やって、
通り過ぎた後もその高い声で言うのは
「好奇心と嫌悪」だけだった。

「捨て猫じゃあるまいし・・・」

ふふふと笑ってみせて、
少しでも暖を取れればと身を縮める。
あまりにも非現実的な状況に、
ほんの微かな蛍光灯の明かりのせいで
闇夜に浮かぶこの塊は
さぞ不気味なものだろうと
他人事のような顔すらしていた。


「いや、それはないわー。」
「え、ダメですかね?自分は別にこれでもいいと・・・」
「いや、そりゃ無理あるっしょ。」


身を縮めてから、どのくらいの
時間が経ったのだろうか。
雨が小降りになった頃、
ざわざわと近づく足音に
気付いて顔をあげた。
その2人も傘を差していて、
こちらからはまだ結構な距離があった。
加えて、何やら2人とも手元を見ているようで、
わたしにはこれっぽっちも気付かない。

「えー、意外と使いやすいねんけどなぁ・・・」

「まぁ・・・別に気に入ってるなら。
俺はヤだけど。・・・?」
ふと手元から顔を上げた彼と目が合ってしまった。
いや、目が合ったと思ったのは
自分だけだろうか。
わたしがビクリと肩を震わすと
それが彼にも伝わったのだろう。
彼はぴたりと歩くことを止めた。
それに気付いてか、もう1人も
同じようにしながら顔を上げた。
けれど、ここから2人までは
まだ少しの距離があり、
どうやらその人からはわたしの影が
確認できなかったらしい。

「え、何、どうかしました?」
「影、影が・・・動いてないっすか・・・」
「は?そんなベタなホラー、
現実にあるわけないでしょ!」

ケラケラと笑いながら
近づいてくるその人の身長が
意外にも高いということを、
こちらからもやっと認識できる距離になると、
想像以上に嫌そうな顔をしながら、彼も
こちらへ向かってくるのが見てとれる。
その頃には会話もはっきりと聞こえ始め、
2人が男性であることが分かった。

「影が動いて見えるとか、疲れてません?
もしくはホラーゲームのし過ぎやな。」
「疲れてんのかな。てゆか、
俺、ホラー系やらないから。」

そんなゆったりとした一時の会話をBGMに
すっかり凍えて悴んだ指先を
少しだけ暖めようと
はぁっと白い息を吐きかけた、その時だった。

「ぅうっわぁ!!」
「なんですか、急に!!」

わたしの少しの動きを
視界の端に捉えた彼は
大袈裟に声をあげて、肩を揺らす。
そんな彼の行動に驚いたその人も
それを隠すように声を上げた。

まだ少し距離はあったが、彼の傘が揺れた拍子に
そこに乗っていた雨粒がわたしに降り注ぐ。

「ひぅ・・・!!」

その冷たさに思わず驚き身を縮めた時、
わたし自身が何かの明かりに
突然照らされたことで
目の奥がぎゅうっと
掴まれたように縮まり、
その痛みに蛙が潰れたような声を
小さくあげてしまった。
その明かりの正体は、
携帯電話のライトで
わたしを照らしたのは
紛れもなく先程の2人だった。
声を上げたわたしを見て
2人は一瞬、無言になったが、
次に発した言葉はあっさりしたものだった。

「・・・かえる?」

「かえるや。」


「か、かえるじゃありません!」


雨は小降りになったものの、
やはり、しとしとと降り続いている。


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