夜の帷


時計が3時を過ぎたころ、
フィアとナズキは
未だ目を覚まさない少女が
眠るベッドを見た。
城から帰った時は、
たしか2時頃を指していただろう。
あれから1時間は経つが、
未だに少女は目を覚まさない。

先程から、カチカチと
秒針が刻む音だけが
静まり返った部屋に鳴り響いていた。

「ねぇ、フィア。この人、大丈夫なのか。」

「心配ないよ、俺達が生きてるんだから。
きっと、そのうちに目を覚ますだろ。」

彼にはそんな確信など何もなかったが、
ナズキを不安にさせる必要はないと思った。
それをなんとなく感じ取ったのだろう、
ナズキもそれ以上は何も訊かなかった。


ベッドに寝かせるために
彼女からは洋服以外のものを外した。
帽子とその顔を覆うベールを外すと
意外にもその容貌は幼く見える。
長い睫や通った鼻筋、薄い唇など
眠るその顔はまるでよく出来た人形だ。
少しでも触れれば壊れそうだなんて
フィアの脳内には、いつか読んだ
恋愛小説の一台詞が浮かんできて、
途端に頬が火照った気がした。


「(しかし、さっきまで自分の背中に
背負ってたのが嘘みたいだな。)」

少女を見つめながら、そう思う。
なぜ、こんなか弱そうな彼女に
自分たちは一瞬でも
圧倒されたのだろうか。
図書室での一件を思い出しながら、
フィアは首を傾げた。



長い沈黙の中、ナズキの頭が
微かに上下に揺れている。
うとうととしながら、夢の淵と
こちらを行き来しているのだろう。
その瞳は閉じるか閉じまいかの
ギリギリな場所で彷徨っていた。

「ナズキ、眠いならベッドで寝ろよ。」

「いや、大丈夫だ。ねむくない。」

そう言って見栄を張るも、
やはり暫くすると
瞬きの回数が多くなっていく彼に
自然とフィアの口元には笑みがこぼれた。

「(まったく、変な所で頑固なのは
昔から変わらないな。)」

2人には一滴の血の繋がりもないが、
幼いころから共に生きてきたのだ。
ナズキの性格をフィアは
嫌と言うほど弁えている。

こくりと大きく項垂れて
眠ってしまったナズキを
彼の部屋のベッドへと運ぶ。

そうして、彼をきちんと寝かせてから、
フィアは再び少女の元へと戻った。
依然、身じろぎ一つしない少女の姿は
さっきまでどうして動いていたのか
不思議に思わされる。
呼吸をしているのか
怖くなるくらい静かだ。

「徹夜で看病するのは遠慮したいけど・・・
今夜は仕方ないな。」
フィアは寝るのを諦めて、
読みかけていた小説を手に取る。
その時、彼は初めて、
この街の夜がこんなにも静かで
味気ないものだったことを
知ったのだ。

「・・・・・あ、そういえば。」

少女のことで頭がいっぱいだったが、
ふとナズキに持たせた
あの魔法の書を思い出した。

「えーっと、たしかナズキが・・・
お、あった。」

机の上にぽつりと置かれたぶ厚い本は
紺色の表紙に金色の淵が取られている。

「あれ、これだけか・・・?」
開かれたページにはたったの10行程度。

「題名の無い物語・・・?」



「かつて、月光に選ばれた子供達が居た。
再び月が導きし時、悪しき魂は
甦りまた果てるだろう。
この物語に終わりはなく、
この物語は終わらない。
この本に題名は無く、
この物語に続きは無い、
しかし、物語は私たちの
知らない所で続いている。
そして幻想が奏でる限り、
この世界も終わらない。
それは、かつての記憶のように、
再び月の光に選ばれた子供達は
題名の無い物語の続きを描くだろう。
選ばれしの勇者たちの遺志を継いで。

・・・一体、何のことだ、これ。」

元から期待していたわけではなかったが、
あまりにも意味の分からないそれに
フィアは少しがっかりした。


彼が、この文章の本当の意味を知るのは、
もう少し先の話なのかもしれない。



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