魔法の書


声がかけられた方向には、
人影一つ見当たらなかった。

「なんだったんだ、今の声。
・・・ナズキ?」

ナズキはそちらを見据えたまま、
フィアの声に何の反応も示さない。
眼前で立ち尽くす容姿の整った少年は、
まるで、人形のように感じられた。

「ナズキ?おい、ナズキ!!」
フィアがナズキの両肩に手をかけ、
軽く揺さぶるようにしながら
彼の名前を呼ぶ。
すると、一瞬、ナズキはハッと
その大きな瞳を一層大きく見開いた。

「っ、フィア・・・どうしたの?」
まるで、本当に何も
聞こえていなかったかのような
ナズキのその反応に
フィアは少し戸惑ったが
何も言わなかった。

「フィア?なんだか、
顔色が良くないんじゃないか?」

「い、いや、大丈夫だ。行こう。」

先程のアレは何だったのか。
フィアはその胸に蟠りを抱えつつも
ナズキと共に当初の目的である
図書室を目指した。


「・・・いけない、あの書を開かせては。」
持ち主の無い静かなその声は
誰の耳にも届くことのないまま
夜風にかき消された。


「お邪魔しまーす・・・
よし、誰もいないな。」
そう言ってガッツポーズをとるフィアを
ナズキはまた呆れた目で見つめた。
「フィア、うるさいよ。
本当に誰も居ないの?」

「月に一度、司書のための
休みがあるんだ。
今晩がその日だってのは、
ばっちり調査済みだよ。」

ふぅん、と言いながら
ナズキが目の前の本棚へ進んでいく。
フィアはそれとは別の本棚へ
まっすぐに向かって行った。
「題名がないなら、
片っ端から探すしかないか。」
ナズキは、あらかじめ教えられていた
「魔法の書」の特徴を思い出しながら、
一冊ずつ、いかにも重そうな本たちの
背表紙を確かめていく。
面倒だなと思うと、
ナズキの口からため息が零れた。

「ため息吐くなよ、幸せ逃げるぜ?」
そんな言葉と同時に
ずいとナズキの顔の前に
本が差しだされた。
ナズキは予期しなかったことに
少しばかり驚きつつ、
隣に立ったフィアを睨むが、
彼は得意げに口角を上げている。

「まぁ、そう睨むなよ。これ、見てみろ。」

「この本は何?」

先程、フィアから差しだされた本を
両手に取り、品定めをするように
それを色々な方向から見る。
表、裏、背表紙、どこにも
題名が見つからない。

「言ったろ?調査済みだってな。」

「あぁ、じゃあ、これが魔法の書。」

意外にも普通の本なんだな、と思いつつ
ナズキがそれをフィアへと手渡した時、
「その書を返しなさい。」
廊下で聞いた声と同じものが
2人しか居ないはずの室内へ響いた。

やはり、静かだが
ハッキリした声色からは
強い意志や存在感を感じる。

違うのは、その声が
実体を持っているという点だろう。
その主は黒い服を全身に纏っている。
声色からして、相手は
おそらく女性だろう。
ベール付きの帽子を飾る
赤い薔薇のコサージュが
彼女の不気味さを一層、
際立たせていた。
瞳の赤と髪の黒のコントラストが
肌の白さに溶けあわず、奇妙な輪
を描きながらも何故か
バランスを保っている。

2人の目に、彼女は明らかに
異質な者として映った。

「それを返しなさい。その本は
不用意に開いてはいけないの。」

淡々と語りかけるようにして、
無表情と思われる彼女の口から
発せられる言葉たち。
相手はおそらく女性なのだ、ならば、
力量はこちらが遥かに優位だろう。
けれど、なぜか2人は動けないままだった。

「どういう意味だ。
貴女は何者だ?」

本を後ろ手に隠しながら、
フィアは女性に問うた。
その問いかけにも彼女は
一切、動きを示さず、
同じように表情にも変わりはない。

「それに答える義務はないわ。
とにかく、その本を返しなさい。」

彼女はただ淡々と、こちらに
手を差し出してそう言うだけだった。

「ちょっと待ってくれ。
それじゃあ、俺達が納得いかない。」

「なぜ、私が貴方達を
納得させる必要があるの?
それは貴方達のものではないでしょう。」
そう言われて、フィアは
返す言葉をなくす。
そんな2人の様子を
じっと見ていたナズキが
小さなため息を吐いて、口を開いた。

「たしかに、これは僕たちの本じゃない。
けれど、そもそも貴女は
此処の人間じゃないはずだ。
黒装束は罪人の着る服。
赤い薔薇はこの国の象徴。
罪人は薔薇を司ってはいけないのはず。
大体、この本はこの城にあったんだ。
貴女のものでもないじゃないか。」

ナズキのその言葉に、
彼女の周りの空気が少し
険しくなったような気がした。
それに合わせて、部屋の温度も
下がったように感じる。

「たしかに、私は罪人よ。
けれど、薔薇を背負う者でもある。
さぁ、その本を返しなさい。」

そう言って、彼女が
こちらへ近づいた瞬間、
フィアの持っていた魔法の書が
凄まじい光を放った。




「っ、なんだよ・・・」

気を失ってしまったのだろうか、
フィアが目を覚ました時には
ナズキも彼女もまだそこに倒れていた。

「おい、ナズキ、ナズキ。」

「っ、ん・・・一体、何が起きたの?」

目を覚ましたナズキが問うが、
フィアは分からないと言う風に
首を横に振ることしか出来ない。
これが一体どういう状況なのか、
今の彼には全く理解ができなかった。

「・・・とにかく、この本は持っていく。
それがそもそもの目的だからね。
それから、あの子も連れて帰ろう。」

立ちあがったフィアの視線の先には
魔法の書と倒れている女性の姿。

「・・・どうして、彼女まで
連れて帰る必要があるの。」

「彼女をこんな目に合わせたのは俺達だ。
彼女が目を覚ますまで、
面倒を見る責任はあるだろ?」

小さく細いその身体を背負いながら、
フィアはそう答えた。
ナズキは小さなため息をついて
その後に続いた。


不思議な本を持った少年と
少女を背負った青年が夜道を歩いていく。
月はただ、静かに
その帰路を照らしていた。


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