七話


 ずんずん痛む頭に氷嚢を載せ、スーは割り当てられた寝台で寝ていた。火照った頭に冷たい氷嚢が心地よく、より目を冴えさせる。案の定、部屋についてからすぐに倒れるかのように布団に飛び込んだのだ。
 少し分厚い毛布の中で脇に挟んだ水銀式の体温計を取り出せば、水銀は随分高い温度を指し示していた。隣に座っていたドロシーがそれを受け取る。
「三十八度五分。すごい高熱なのによく平気でしたね」
 アルコールを含ませた布巾でそれを消毒するとまた箱に戻しながら、ドロシーが驚きを口にする。おそらく、雨に打たれたことが原因だろう。それも大の男を背中にしょって。その途中から熱は出ていたはずだ。しかし、彼女はほとんどシンを救うという使命感によって突き動かされていたのだろう。人間の気力というものはこういうときに力を発揮する。
「シンさんが心配なのは解ります。それでも身体を治さないと逆に心配される立場になっちゃいますよ」
「ごめんなさい。ドロシーの言う通りだわ」
(別に高熱なんて出てなくても、シンさんはあなたの心配しかしてないんだけど。だからわたしもここにいるし)
 ドロシーがここにいるのはシンに依頼されたからだ。「女の友人でこんなことを頼めるのはお前くらいしかいない。スー様を頼む」と。エリミーヌ教団に所属する彼女ならば、サウル率いる衛生部隊に口利きもできるし、衛生部隊の所有の器具を使うこともできる。それに彼女は素朴で優しく、話していて気持ちのいい少女であるから依頼しようという気になったのだろう。
「風邪くらいじゃ杖は使わせてもらえないし、ちゃんと寝て治しましょうね。外に出るのは我慢してください」
 ドロシーの言い聞かせるような言葉にスーは素直に頷いた。こうやってまともに話すのは初めてだが、ドロシーが見る限りスーは普通の女の子だった。長い間、一緒の部屋になったりすることも多かったのに知るのは今更過ぎたが。しかし、馬や自然と向き合うスーはどこか、話しかけるのを憚られるのだ。
(もう少し早く知ってたらいい友達になれたかもしれないのになぁ…。シンさんの態度を見る限り、身分も高いみたいだし、友達とか少なそう)
 ドロシーの憶測は大方当たっていた。スーの人間の友達はこの軍ではウォルトくらいしかいない。その他は馬だったり、『竜』だったり、人間ではないものばかりだ。それはきっと、スーが人間にあまり興味を示さなかったからだろう。
「どうしてあなたはここにいてくれるの? 私と話したこともないのに」
「えーっと…シンさんに頼まれたんです。わたし、一応女の子ですもん」
「そう、シンが…」
 ドロシーの答えにスーが随分難しい顔をして独りごちる。
「初めて言葉を交わすあなたに話すのもとても変な話なんだけど、少し私の話を聞いてくれる?」
「勿論です。半分くらい話し相手も兼ねろくらいに頼まれましたから」
「ありがとう」
 一言、笑顔でお礼を言うとスーは額の氷嚢を取って、上体を起こした。笑うと年相応の少女に見えるとドロシーは思った。他の少女たちと違い、スーは随分落ち着いていた。遊びたい盛りのシャニーのようにはしゃぐわけでもない。ドロシーのイメージでは他人を遠くから眺めているような静かな少女だった。
「西方三島でシンと再会してから、私おかしくなってしまったみたいなの」
「と、言うと?」
「シンのことを考えるだけで嬉しくなったり、胸が苦しくなったりするの。そばにいて、意識しちゃうと身体だって熱くなる。でも、ずっとそばにいたいの。ねえ、これは一体何なのかしら」
 熱で赤い頬をさらに赤くし、恋する少女の面持ちでスーがドロシーに訊ねてくる。彼女は自分が恋に落ちたことを気付いていないのだろう。すぐにこれは違うと勝手に他の気持ちとすり替えてしてしまうのだろう。それは彼女を想っている男も一緒だ。ここまできれいに互いが互いを想っていることに気付かない男女はいない。
(それが恋ってやつなんだって)
 呆れかえって、ドロシーは思い切り椅子から滑り落ちそうになった。
(どうして面白いほど気付かないのかなぁ…)
 椅子に座りなおし、ドロシーは思い切り息を吐いた。
 自分で気付かないのが一番だが、きっとそれでは永遠に答えにたどり着かないままなのだろう。ここで、誰かが教えてやらねばならない。
「スーさん、それ…恋っていうんです」
「恋…? これが…? 違うと思うんだけど…」
「恋は人を愛するとなる心の病気です。そうじゃなかったら、何なんですかそれ…」
 自称愛の伝道師(笑)を謳う某神父のような言い草に似ていると思いながら、ドロシーは続けた。
「相手に想いを伝えることで、きっと治ります」
「伝えるって…どうやって?」
 ドロシーの発言に不安を覚えたのか、困ったようにスーが訊ねてくる。それを知りたいのはドロシーもだ。
「そ、それは自分で考えてください! そんな経験ないし、わたしも分かりませんから!」
「そう…」
(私のこれは恋だったのね)
 スーはとうとう、それが恋だということにとうとう気がついてしまった。これは決して恋ではないと、適当に理由をつけて先送りにしていただけなのかもしれない。本当はこれが恋だということに気が付いていた。
(第一、私はそれが許される立場でもないもの)
「ごめんなさい。変な話を聞かせて」
「いいえ、大丈夫です。少し寝ますか?」
「ええ、寝るわ」
 身体を敷布に任せ、スーは目を閉じた。ドロシーが部屋から去る足音がする。
 これが恋だということを初めて他人に指摘され、どうしたらいいか分からない。
 スーは考えることをやめて目を閉じた。

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