甘い熱


 考える力すら起きないほど熱が高いらしく、顔は何もしなくても真っ赤で、冷たい水をたっぷりに含んだ手拭いを額の載せて言葉もなくただ眠っているだけだった。隣で見ているだけでも風邪をもらいそうだが離れるわけにはいかない。
 突然、うーうーと苦しそうに唸りだしたので身体をゆする。
「スー様」
「うー…シン、そこにいるの?」
 ゆっくりその目が開かれ、深緑に自分の姿が映る。風邪をひいているせいでどこか虚ろだ。いつものようなはっきりした声ではなく、どこかかすれている。
「お加減は如何ですか」
「熱い…けど、寒いの」
 はふ、と熱っぽい吐息を漏らす主人。こんなひどい熱を出したのは何年ぶりなのだろうか。ずっと疲労を溜めている中で、急に変わった環境のせいなのかもしれない。このような少女がこれまでどれだけ気持ちを抑えて戦っていたのか、想像もつかない。
「どちらなのですか…。どれ」
 前髪を掻き分け、額に手を当て、自分の熱と比べてみる。見た目通り、だいぶ高いようだ。
「シンの手、冷たくて気持ちいい…」
 そう言って、ふう、とほっとしたような息を吐いた。
「では私はこれで…」
「いや」
 立ち上がり、踵を返して部屋を去ろうとすると潤んだ目の少女がふるふる首を振って、裾を掴んでいる。
「一人はいや。傍にいて」
 異国での病気はより孤独感を煽るという。このような娘が寂しくないはずがなかった。すぐに立て膝をついて、その手を取る。
「冷たいけど、あったかい」
「どちらですか」
 くすくす笑って、手の甲に頬ずりをする。傍で寝て差し上げたいところだが一線を越えるわけにはいかない。代わりに額に載った手拭いをまた冷水に浸けて絞った。顔にそっと当ててから額に載せる。
「これで良いですか」
「これで安心して、寝れる…」
 ふああ、と欠伸をしてからゆっくりその目が閉じられた。間もなく、寝息が聞こえてきた。眠ったようだ。その髪の一房を手にとって、気付かれぬように口づける。この気持ちは許されないものだ。
 布団を剥いで、そっと手を腹の上に載せ、また綿布団をかぶせる。またすっかりぬるくなってしまった手拭いをまた濡らしては額に載せる。起こさないようにゆっくり立ち上がる。今度は裾を掴まれることもなかった。


end
100905

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