将来の夢
「あたし、将来ねえ…天馬騎士団長になるのが夢なんだー」
寝る前の寝台の中、にこにことシャニーが楽しそうに笑う。どうしてそんなに嬉しそうなのだろう。
「スーは何かないの? 将来の夢とか」
「将来の夢…?」
わくわく訊ねてくるシャニーの質問についつい首を傾げる。
仕事も世襲制が多く、女は皆嫁に行ったり婿を迎えたりして家事をすることが決まっているから、夢と訊ねられても答えようがない。
だから、わたしには夢はないのだろう。
あったとしても…せいぜい、小さい頃に抱いていた「じじのお嫁さんになる」程度の幼い夢だ。
「ないの?」
「…ないわ。草原の民の将来は大方小さい頃から決まっているから」
「えー! 何それ!」
シャニーは案の定、目を丸くして起きあがった。そんなに驚かれてもわたしの部族ではそうなのだから仕方ない。
「わたしは将来、他の部族へお嫁に行くの。それは小さいときから決められてることだから」
「なんか、そういうの…切ない。あたしはやだなあー…。全部決められてるのなんて」
「じゃあ、シャニーは草原では暮らしていけないわね」
「そうだね。あたしには向いてな…ふああ」
そう言ってから、欠伸。
「もう眠いや…おやすみ」
「おやすみなさい」
シャニーの整った寝息が聞こえた。
将来の夢って、わたしの人生って何なんだろう?
そんな疑問が頭に降って湧いたが、眠気で意識を手放した。
今日もシンと轡を並べて行軍する。寝るときと用をたすとき、風呂とのとき以外はほとんどシンと行動している。無論それはシンがわたしの護衛だからだけれども、果たしてシンは望んでそれをしているのだろうか。
「シンはどうして私といるの?」
「族長から仰せつかったからです」
「そう。でも、シン自身これを望んでやってることなの?」
返ってきた答えは案の定沈黙だった。
この広い大陸でわたし一人を探すなどという無謀で荒唐無稽なこと、命令でもされないと誰もしないだろう。
「今ではスー様をお守りすることを誇りに思っております」
「本当にそうなの?」
「ええ」
望んでやっているということが分かって良かった。
しかし、如何せんシンの言葉が引っ掛かる。
「今ではって…前はどうしたかったの?」
「族長のお傍で戦って死にたかったのかもしれません。戦士として生まれた以上、戦場で死ぬことこそ本望と考えておりました」
シンの目が遥か東を見据える。
シンは確かに優れた戦士だ。多分、その決心こそシンが強い理由なのだろう。
戦士として生まれた以上は寝台の上での安らかな死などあり得ない。草原の戦士たちは死ぬまで草原で戦い続けるのだ。
それは小さいときから決まっていること。
「今はスー様を最後までお守りすることこそ本望です」
「そう…ありがとう」
そんなことをくそまじめに言われて、嬉しいのだけどなんだか照れくさい。
ふと、頭を過る。この男はどのようにして死ぬのだろうか。戦場か、寝台の上か。
大勢の戦士は戦場で死ぬ。時には敵に捕まって捕虜として死ぬのかもしれない。
小さい頃からこんなにも決められているのに、シンに夢なんてあったのだろうか。
「ねえ、シンに将来の夢ってあった?」
「…弓の優れた使い手になり、族長をお守りすることでした」
「……シンらしいわね」
案の定な答えだった。やっぱりシンはどこまでもじじなのだ。じじ一辺倒なのだ。
ちょっとだけ、じじが羨ましい。
「ですが、今は族長のような男になり、スー様をお傍で死ぬまでお守りすることです」
「そうなの…」
さらりと流したが、シンの言葉が色々引っ掛かる。
どういうことなのだろう…?
心なしか頬が熱い気がするのは気のせいだろうか…。
end
101018