10話


 ルトガーは慣れない状況に眉をしかめていた。
 隣人であるスーがルトガーの衣服を着て、向かい側に座っていた。予備の青いパーカーに灰色のスウェットのズボンはとても彼女が着そうにない格好だが、大雨で彼女の着ていたものは濡れてしまったから、今は洗濯中だ。最低限の下着はルトガーの部屋では用意できないから着てもらっているが。

「どうしておれの部屋でお前の服を洗濯せねばならないんだ?」
「まだ帰りたくない」

 三角座りの状態でさらに膝を抱いて、彼女はそっぽを向く。濡れたままの髪が揺れる。
 大雨の中落ち込んでいる彼女に出会って、そのまま彼女の家に連れて帰ろうとしたのだが、突然帰りたくないと言い出したのだ。そして、そのままのノリでルトガーの部屋にいる。
 家に帰っても、彼女の部屋には男がいるはずだ。一人ではない。だからこそ、嫌なのかもしれない。余計な心配をかけたくないと思っているのだろう。しかし、よく知らない男の部屋にいる方が心配になるのではないかとむしろそこでルトガーは少し心配だった。あらぬ疑いはかけられたくない。余計な修羅場に巻き込まれるのもごめんだ。

「どうして帰りたくないんだ?」
「……シンにあまり心配をかけたくないから」
「…むしろおれといる方が心配すると思うぞ」
「あなたなら大丈夫よ」

 どういう根拠で彼女がそう言っているのかまるで解らないが、何故か信頼されている。同郷なのが原因なのか、また違う理由なのか。まったく読めない少女だった。

「お前の服を乾燥機にかけるが、服が乾いたら着替えて帰ってもらうぞ。おれの部屋にいたことも言うな」
「解ってる」

 こくん、と素直に頷くとスーは大きな欠伸をした。ずいぶん眠たそうだ。一人でハイキングコースを歩いていた上に雨に打たれていたから疲れてしまったのだろう。
 きょろきょろとルトガーの部屋を見回してから、また彼の顔に視線を移す。

「どうした?」
「ルトガーっていつも何をしているの? あのときは答えてくれなかったけど」

 まっすぐ深緑の目がルトガーの目を矢のように射抜く。遊び半分の好奇心で訊いているのではないことが解った。以前、彼がその理由を打ち明けた人間は二人いる。一人は管理人のディーク、もう一人は喫茶店の店主であるカレルだ。その彼らと同じようなにおいを感じる。

「……人を探している。おれの大切なものを奪った、憎むべき輩だ。おれを突き動かしているのは紛れもなく、復讐だろうな…」

 気がつけば、打ち明けてしまっていた。そのにおいにルトガーは弱いようだった。なんでも打ち明けてしまいたくなる。

「仕事とかはしてないの?」
「時折、お前のバイト先の店長から仕事をもらって、子供に剣道を教えている」
「竹刀があるものね。それにルトガーは腕が立ちそうだわ」

 ルトガーの背後に立てかけられている竹刀と胴着を目敏く見つけて、スーは目を細めた。

「でも、たとえばその復讐を終えたらルトガーはどうするの? 人を憎むだけの人生に疑問を持ったことはないの?」
「ないな。今のおれにはそれしかない。それ以外に考えられない」

 スーはルトガーに対して容赦なく質問を浴びせてくる。それも結構きつい。なんとか答えを紡ぎ出した。ふーん、と言った表情で彼女はまだルトガーのことを見ていた。

「一度、ルトガーが子供に剣道を教えてるところ、見てみたいわ」
「何も面白くないぞ」
「きっと、今よりずっと優しい顔をしてるんでしょうね。それが見てみたいの」

 くすり、と彼女の口角がゆるむ。そういった穏やかな表情にルトガーは弱い。
 黙り込んだルトガーを尻目にスーは大きな欠伸をした。そして、その場で丸くなると目を閉じてしまった。

「どうした?」
「服が乾いたら起こして、おやす…」

 電池が切れたようにぷつりと声が途絶えた。それからは静かな寝息が聞こえて来るのみになった。人の家に来るだけ来て、さんざん質問責めをしてから彼女は寝てしまった。まったく読めない少女だ。
 普段が落ち着いていて、歳を重ねているように見えるだけ、寝顔からは本来の年齢がうかがい知れる。寝室に入って、ベッドから毛布を抜き出すと丸くなって寝ている彼女にかける。
 先ほどまで話していたから聞こえていなかったが乾燥機の音がごうんごうんとうるさく聞こえてくる。こんなにもうるさいのに彼女は穏やかに眠っている。

「人を憎むだけの人生か…」

 そう呟いて膝を抱く。また別の人生を歩んでいる自分を想像しようとしたが、やはり他に思いつかなかった。何度人生をやり直す機会があったとしてもルトガーは何度も同じことを繰り返すだろう。

 今彼を動かしているのは復讐のみなのだから。

120405

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