水浴日和


 天から降り注がれる太陽の光がただただ前へ進むのみの行軍中では体力を奪っていくが、それ以外ではぽかぽかと暖かい日差しは人々に安らぎを与える。
 ロイの号令により、休憩時間が与えられた。今日はここで野営らしく、下っ端の三等兵たちが野営のための天幕を張っていた。傭兵として戦っている者たちはそれには関わらず、思い思いに自分の時間を過ごしていた。
「おまえもずいぶん汚れてしまったわね」
 ずっと己を乗せて駆けてきた馬の面を撫でてやりながら、スーは馬具や馬の足元を観察する。ぶるるるっ、と鼻を鳴らしながら馬は頬ずりするようにその馬面をスーの頬に寄せてきた。おねだりでもせんばかりだ。
「解ったわ。洗ってあげる。おまえも女の子だものね」
 この近くに小川があったことを思い出し、桶と馬の身体を洗うための束子と手綱を持って、歩きで小川までやってきた。
 長靴を脱ぎ、袴を膝ぐらいまで捲りあげた。長い裾を捲って帯へ押し込み、馬の馬具を取る。あとでこれも洗濯してやろうと考えながら、桶に水を汲んだ。
 てくてくと可愛らしい足音がすると思ったら、ファがスーの格好を不思議そうに見つめている。
「ファ」
「スーのお姉ちゃん、何するの?」
「馬を洗ってあげるの」
「お馬さんを? ファも手伝う!」
 ファは目をきらきらさせながら、小川へと身を乗り出した。
「ねえねえ、手伝っていい?」
「構わないけれど、服を濡らしてしまって怒られない?」
「大丈夫! おくつを脱げば、お手伝いできるもん」
 きっとイグレーヌに怒られること必死なのだが、ファは靴を脱いで、水に足をつけようとしたのを抱き上げて止めた。
「ファは馬の鬣を刷毛できれいに梳いてあげて。この子は女の子だから」
「うん!」
「こうやってやるのよ」
 手本を見せるように何度か刷毛で鬣を梳かすと、笑顔で頷くファに刷毛を渡した。
 自分は桶の水を何度か馬に被せてやってから、束子で馬の背を擦ってやった。馬はどこか気持ちよさそうだ。
「お馬さん、気持ちよさそうだね!」
「そうね」
 馬の様子を見て、ファも嬉しそうだ。スーはその間に足元を洗ってやる。泥々だったが徐々に元々の鹿毛が見えてきた。
 先程まで小さなことにも騒いでいたファが静かだ。
 どうしたものかと腰を上げると、ファは馬の鬣に顔を埋めて眠っていた。はしゃぎ疲れたらしい。それを見て、くすりと笑うとファを起こさぬように抱き上げ、そっと柔らかい草むらに寝かせておいた。風邪をひかせてはならぬと濡れた時用に用意していた上着を被せるとまた馬を洗う作業に戻った。


 ファが目を覚ますとスーが乾いた馬具を馬に着けているところだった。
「うわ、お馬さんきれいになったね!」
 上着を肩にかけたまま、ファは楽しそうにスーの横まで駆けてきた。スーはそれを抱き上げた。
 ぶるるるるっ、と鼻を鳴らし、馬は嬉しそうにファの頬に顔を寄せてきた。
「ファにそう言ってもらって、嬉しいみたい」
「くすぐったいよう。でも、お馬さんが嬉しいとファも嬉しいな!」
「少し、走るつもりだけど…ファも行く?」
「行く!」
 スーの胸に抱かれながら、ファは目をきらきらさせている。
 そんなファの姿から父や祖父と共に遠出に行く前の自分を思い出した。
 馬に乗せてもらうまでも、乗せてもらってからもずっと嬉しくて仕方なかった。
 そんなだった自分が今は幼子と共に馬を走らせる立場に回っている…。
 まだ嫁に行っているわけでもないのに、おかしな話だ。
「ファはどこに行きたい?」
「お花がいっぱい咲いてるところ!」
 自分の前に座り、嬉しそうに微笑むファを見ているとスーも自然と表情が綻んだ。


end

100418

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