これからも続く、空の色


 突然、日の出を見に行こうと言い出したのは南だった。寒くないようきっちり防寒をしてから、近所の山へと車を走らせた。とはいえ、車道が整備されているのは途中まででそこからは自分の足で登るはめになった。
「まだ着かないのか」
「夜明けを見に行こうって言ったのはお前だろ」
 今、前を歩いているのは言い出しっぺの南ではなく、東方の方だった。普段から体力づくりをしているためか、山道は平気だ。存外さくさく登れるものだとすら思った。しかし、南はそうではないようで、ハアハア肩で息をしながら東方についてくる。昔はスタミナがあるのは南の方だったのに嘆かわしい限りである。途中で二人を追い抜いていった老人の一団の方が南より元気なくらいだ。
 まだ夜明けは遠い山道は暗い。灯りなどあるわけがなく、懐中電灯を持ってこなかった二人はスマートフォンのライトを使っていた。もう少し準備をしてくれば良かったか。少し後悔しながら、スマートフォンのライトで先を照らした。
「俺たちも懐中電灯くらい持ってきたら良かったなぁ」
「さっきのお年寄り集団は重装備だったな。大きいリュックとカメラの三脚まで背負ってたし」
「日の出を撮りに行くんだって言ってたな。楽しそうでいいな」
 老人たちはカメラ教室の仲間同士だと言っていた。この山はいい写真が撮れる穴場で足を運ぶことが多いらしい。歳を取ってもそういう風に楽しめる趣味があるのはいいことだ。自分たちも見習わなければ。
「俺たち、山舐めすぎ?」
「子供でもハイキングで登れる山だけど、舐めすぎかもなあ」
「まあ、登り始めたのは仕方ないし、最後まで登り切っちゃおうぜ」
「そうだな」
 少し先の看板に山頂まであと一キロメートルと出ていた。先はまあまあ長いが、一層身を入れて登る。人がよく登る山で本当に良かった。人がよく通る道はしっかり道になっていて、間違えることがない。


 二人が山頂に辿り着いたのはまあまあ夜明けが近い時間帯だった。山頂には二人の他にもカップルや家族連れ、南たちのような友人同士など人もいて、それぞれ携帯を見たり、談笑したり各々過ごしている。隅に小さな社が存在していた。老人たちの言う通り、隠れた穴場だったのだ。
 老人集団は一番いいところに各自三脚を立てて、カメラを設置している。二人よりずっと先に辿り着いていたから、それぞれ座り込んで、茶でも飲みながら談笑している。
 それを横目に二人は何となく社に向かった。小さな社についている鈴を鳴らし、何となくお参りをする。パンパン柏手を打つと、静かに両手を合わせた。こんなにも軽装備の彼らがここまで辿り着けたのもきっとこの社のおかげだろう。感謝の気持ちを示しておかないとバチが当たるというものだ。
 社の近くに手頃な石段があり、そこに座ることにした。社は他より少し小高くなっているから日が昇る東の方角がよく見えた。
「いいところが残ってて良かったな」
「ああ……くしゅんっ」
 いいところが見つかったものの、じっとすると少し寒い。これまで特に寒さを感じなかったのは山を登っていたからだろう。東方は見た目に反して随分かわいらしいくしゃみをしてしまった。
「ちょっと寒いよな。はい」
「あ、ありがと」
 南が苦笑いを浮かべながら差し出してきたのは魔法瓶だった。そういえば、出かける前に温かいお茶を入れていた。そういうものを用意する手間はあるのに何故、懐中電灯を忘れてしまったのか。
 魔法瓶の蓋を開けると内部の温もりが湯気となって現れた。やけどしないよう少し気をつけてから飲むとその暖かさが五臓六腑に染み渡る感じがした。南に魔法瓶を返すと彼も一口飲んでため息を吐いていた。
「もうちょっと着込んでくれば良かったかな……」
「今くらいがちょうどいいんじゃないか? 山登ってるときは結構暑かったしさ。日が出れば少しは暖かくなるだろうし」
「そうだな」
「ほら、食べようよ」
 ここに来る途中に寄ったコンビニで買ったお菓子を差し出して、南が笑う。コロッケがそのままおやつになったそれは南のお気に入りだった。ありがたく摘まむ。
「これ、おいしいよな」
「うまいけどさ、量少なくないか?」
「うまいから量が少ないんだよ。あ、そろそろっぽいぞ」
 南のことばで空を見上げるとだいぶ白んできていた。向かいの山間から少しずつ夜明けが顔を出してきている。夜の紺碧を塗り替えるように薄紫をした朝日の色が広がっていった。隣で菓子を摘まんでいた南は呆然と空を見つめている。それは東方も同様だった。ここまで清々しい朝日は久しぶりかもしれない。
 そして、薄紫から空はさらに朝の色に変わっていく。空を見つめながら、南が口を開いた。
「昼は青、夕方はオレンジ、夜は紺色、それで、朝日は薄紫色だよな」
「そうだな」
「色んな空の色をお前と見てきたよな」
「ああ、たくさん見てきたな。南の家に泊まったときは夜更かししすぎて、朝日を見たし。試合に負けたときは夕焼けが目に沁みたっけ……」
「うんうん。またこうやって、改めて空を見に行かないか? ここは夕焼けも最高だって、おじいさんたちが言ってただろ?」
「うん、行こう」
 南の提案に東方は強く頷いた。南とはこれまでも、これからもずっと一緒だ。お互いが結婚しても、疎遠になることはないと確信できる一番の親友だった。口にはしないが、きっと南はそこまで感じ取ってくれただろうと思う。何せ、小さい頃から一緒だったのだ。
「そろそろ降りようか」
 日もすっかり高くなって、空がいつもの色になった。付近の人々はいつの間にか減っていて、一番先頭を陣取っていた老人集団もカメラと三脚を片づけて、山を下りる気配を見せている。
「そうだな。そろそろ降りるか……南も眠そうだし」
「そうだよ……お前は俺の隣で寝てただけだから気楽だよなぁ」
 ふああ、と大きな欠伸をして、南が悪態を吐く。行きは南の運転でやってきた。そもそも、どこへ行くにも南が運転をしたがるのだ。彼の運転は荒々しいものではなく、安全運転なので、東方も安心して寝ていられた。
「帰りは俺が運転しようか」
「えー、お前の運転、心配だから寝られないよ」
「大丈夫大丈夫、居眠り運転されるよりずっとマシだよ」
「うっ、そこ突かれると弱いな……。帰りは東方に運転してもらうか……」
 南はため息を吐いているが、東方も南に負けず劣らず安全運転だ。南が他人の運転に口を出す方だから、眠れないのだ。しかし、今日は随分眠そうだから寝るだろう。
 再び欠伸をして、南は山道へ戻っていく。それに東方も続いた。また欠伸をしたので、ツンツン背中を指でつつく。
「あんまり眠いならおんぶしてやろうか?」
「山降りるくらい平気だよ」
 東方を睨みながら、南が口を尖らせる。相変わらず、かわいい奴め。心の中でそう呟きながら、南に続いて山道を下った。


end
181022



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