台風コロッケ


今年一番と謳われる勢力を持った台風が今日中に関東を直撃するようで、スーパーは台風までに買い物を終わらせておきたい客でいっぱいだった。もちろん、出勤途中で本日の休業が決まった南もその一人だった。家に引きこもるための食料と、ついでに懐中電灯や乾電池などの防災用品をカゴに入れて、レジに並ぶ。行列は台風前というだけあって、長い。前を並ぶ人々の魂胆も南と同じようで懐中電灯や非常食の乾パンなどがカゴに入っていた。
まだまだ自分の番までは長い。手持ち無沙汰なのでポケットからスマホを取り出すとまず、今日の日付が目に入った。
(九月十日……そういえば、あいつの誕生日だったな)
九月十日といえば、南が同居している東方雅美の誕生日である。社会人になるまでは毎年、祝っていたものだが、お互い忙しくなって近年はそういうこともなくなっていた。今年も南の誕生日は訪れたが、すでにスルーされてしまった。一日祝いの言葉もなかったときは少し虚しく感じたものだ。
しかし、誕生日に台風が直撃するなんて、東方もなかなか哀れな男だ。ケーキくらい買って帰ってやろうとふと思い立った。ちょうど、スーパーに入っているから仕方なく開けているケーキ屋で生気を失ったバイト店員がケースにワンホールのショートケーキを入れているのが目に入った。こんな日にケーキを買おうなんて人間はそういないだろう。


「ただいまー」
ほぼ塞がった両手でなんとかドアを開けると昨日から今日の休業が決まっていて、家にいる同居人に声をかけた。仕事用のカバンと買い物袋、そして、さっき買ったケーキを玄関に置くと自分も靴を脱いで、その横に並べた。
「おかえり」
南の声に気がついたらしい東方がリビングのドアを開ける。同時にこんがり揚がったコロッケのいい匂いがした。
「南の会社も今日は休みになったんだな。良かった」
「ああ、昨日から言ってくれれば良かったのに」
「ホント、そうだよな。お、買い物しててくれたんだ」
「今日は次、いつ出られるか分かんないだろ?」
東方はワイシャツとスラックスの上にエプロンという出で立ちで南を迎え出ると仕事カバンと買い物袋を持ち上げる。そして、ケーキの箱の存在に気がついた。
「え、なんでケーキ?」
「今日、お前誕生日じゃん」
「あ、そういえばそうだったな! そういえば、朝から母さんがLINE送ってくれてたのそれか」
「未読スルーとか……。早く読んでやれよ」
仕事カバンと買い物袋をいそいそリビングへ運ぶ東方の後ろをケーキの箱を持って南も追いかける。箱上部にある窓から中身を確認すると、特に崩れもしていないが、誕生日用のプレートには「まさみちゃん、誕生日おめでとう!」と書いてあった。どうやら店員は雅美という名前を女の子のものだと勘違いしたらしい。ちゃんと雅美くんまで言うべきだったか……内心反省しながら、ケーキを冷蔵庫にしまった。
それにしても、気になるのはテーブルの上にあるコロッケの山である。
「そんなことより、なんなんだそのコロッケ……」
「今年の七月三日、何もしてなかったからさ。せっかく俺が家にいるから、コロッケでも作ろうと思って……。遅れた誕生日祝いってやつだな」
南が訊ねると少し照れたように東方は答えた。東方は南の誕生日を忘れていなかった。それなのに、虚しさを感じてしまった自分を少し恥ずかしく思った。
(東方は忘れないでいてくれたんだな……)
テーブルの上のコロッケとその隣に積まれているおにぎりを見て、鼻がじんわり熱くなる。それにしても二人暮らしの男でこんなにたくさん消費できるだろうか……まだケーキもあると言うのに。
「作りすぎじゃね?」
「俺もちょっとそれは思った……」
「でもありがとう……」
今日は来るであろう台風をバックにコロッケとおにぎりを食べられるだけ食べて、ケーキも食べよう。


end
180910



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