02


 東方と初めて性交に臨んだが、彼が南の首筋を噛むことはなかった。しかし、中出しはされた。アルファにしては鈍いくせに下半身はきちんとアルファで何度も何度も萎えることなく出してきた。いつまで出すのだろうと不安を覚えたくらいだ。しかし、これがアルファとのセックスなのだ。避妊薬を飲んではいるが、あとできちんとアフターピルを飲もうと思った。尻穴からとんでもない量の精液が漏れている。

「すまん。こんなことになるなんて思ってなかったんだ」

 まだ全裸の南の前でシャツ一つの東方が土下座していた。南は噛まれなかった首筋を撫でながら、無言で乱れた東方の頭を見つめていた。アルファの講習会ではむやみやたらにつがいを作るなという話をしているようだ。一片の理性で東方はそれを思いとどまったのかもしれない。それか、本当に気づいていないかだ。

「俺、オメガのにおいで発情したのも初めてでさ…。お前がオメガだって知らなかったし…。本当にすまなかった」
「気にするなよ。自衛し切れてなかった俺が悪いよ。お前は俺のフェロモンにあてられただけだって」

 犯されて許すのは東方だからだ。それ以外なら絶対に許さない。
 尻穴を弄って、中から精液をかきだすととろり、と白濁が太腿を伝う。東方はとことんまでやりたい放題だった。はあ、と色のあるため息を吐くと、用意していたウェットティッシュでそこをよく拭いた。

「でもお前…俺にオメガだってこと、教えてくれなかったんだな」
「知ったら引くだろ?」
「俺のこと、信用してくれてないんだ…」

 東方がどこか寂しそうなため息を吐いた。東方は運命の相手だから、言ってもいいかもしれないとは思っていた。口だって軽い方ではない。それでも言わなかったのはあっちから気づいて欲しかったからだ。
 それに南は東方が気づいてくれなくて、少し怒っていた。理不尽な怒りだと解っているがイラっとした。自分だけが好きみたいで、なんだかみっともない。
 とりあえず立ち上がると ロッカーを開ける。隠すように入れていた新品の下着の袋を開けた。さっきまで穿いていたものは粘液に濡れてダメになってしまったから、こういうときの代えは用意していた。パンツを穿いて、制服のシャツを羽織る。夏ズボンも穿いて、ベルトを通した。服を着るとやっと人間に戻った気分だ。
 引き続いて、ピルケースからアフターピルと抑制薬を取り出した。まだ東方は背後でネガティブになっているようだ。なんだかイライラしてくる。

「言ってくれなかったのはそういうことだろ?」
「…いい加減にしろ。お前には絶対俺の気持ちなんて解らないよ」
「それ、どういうことだよ…」
「言ったまんまの意味だよ。アルファのお前にはオメガの俺の気持ちなんて、一生解らない」

 ついトゲのある返しになってしまった。さすがの東方もそれにムッとしているようだ。
 アルファとオメガの問題はどうしたって難しくて複雑だ。特にオメガの南はさらに難解だった。被食者であるから、まずは自分の身体を守ることが最優先だ。だから南は徹底して誰にも教えていなかったのだ。それに運命の相手だと気づいてくれなかったことに思った以上にまだ腹を立てていた。
 水はすっかりこぼしてしまったから、副作用を覚悟してスポーツドリンクでアフターピルを飲んだ。それからすぐに荷物をまとめる。もうこれ以上、東方と話をしたくなかった。

「どこ行くんだ?」
「見て分からないのか? 帰るんだよ。絶対についてくんなよ。アルファのお前なんかと帰るのなんて、ごめんだ」
「勝手にしろ」

 イライラしている南を見て、東方もいよいよ怒っているようだ。部室を出て、勢いよくドアを閉めると自転車置き場へと走った。
 八つ当たりもいいところだった。そんな自分にさらにイライラしてしまう。気分は最悪だった。



「千石、柔軟しようぜ」

 次の日の練習はわざと東方を避けて、千石に声を掛ける。それを見て、東方は戸惑っているようだったがそんなこと知らない。じきに南の意図を理解したのか、彼も錦織と組んで柔軟を始めた。

「東方は?」
「あんな奴知らねーよ」

 千石の背中を押してやりながら悪態をつく。そんな彼の様子を見て、千石は苦笑いを浮かべていた。

「地味'sが痴話喧嘩だなんて珍しいね」
「あいつとは口聞かないって決めてるんだ」
「あはは…でも南、こないだ南が御用にしたアルファの連中には気をつけた方がいいよ」
「え?」

 千石がいきなり真剣な顔をしてそう言うものだからつい首を傾げる。確かに南はオメガの山川を救うために彼らに突っかかった。オメガばかりが怒られているように見えるが、アルファの彼らだって停学にはされていた。

「停学が解けて、ベータのくせに生意気だとか言って、お前のこと探し回ってるらしいよ。一人にならない方がいいかも」
「…そうか、気をつける」

 南はオメガだから、アルファに目をつけられたならもっとヤバい。彼がオメガだとバレたならどんな目に遭わされるだろうか。考えただけでもぞっとする。
 今更ながら山川を救ったことを後悔した。後悔してはいけないのかもしれないが、自分がオメガだということを考えれば、軽率な行動だった。

「だから、早く仲直りしなよ。見えないけどあいつはアルファだし、用心棒にはなるよ」
「……分かった」

 千石に諭されるように言われて、とりあえず頷く。自分がオメガである以上、一人にならないよう用心せねばならない。だが、東方と今すぐ仲直りするのも自分が弱虫みたいで嫌だった。
 錦織の背を押しながら、東方がこちらを見ているのに気がついた。痛い痛い、と錦織が喚くとすまん、と言いながら押すのをやめる。めちゃくちゃ気にしているようだが、あえて無視を決め込むことにした。
 仲直りは明日にしよう。今日の帰りは急いで家に帰れば大丈夫なはずだ。そう心の中で決めて、一人心の中で頷いていると南も千石に痛いと喚かれてしまった。



 南が己をオメガだと知ったのは中学に入ってすぐの身体測定だった。身体の測定の他に血液検査が設けられていて、終わった後はベータ向けの講習会を受けて終わる。そして、後日にアルファやオメガに該当する生徒のみ、保健室に呼び出される。南もその一人だった。
 身体測定の前は東方や千石と「俺たちはやっぱりベータなのかな」と話していたが、残酷な宣告を受けた南はそれ以来、そのことに関する話題を一切出さなくなっていた。南が話題に出さなければ、東方も何も言わない。千石が話題に出しても、すぐに別の話題にすり替えた。
 東方を信用していないはずがなかった。むしろその逆だ。心の底から信頼している。普通、オメガはアルファを避けるものだが、それでも傍にいるのは優しい東方ならむやみにオメガを傷つけたりしないと知っているからだ。
 だから、オメガだと明かさないことで自分を信用していないのだと理解されたときは辛かった。そんなはずないのに。加えて、自分が運命の相手だと気づいてくれなかったのである。自分でもしょうもない理由だと解っているが、そのときはどうにも許せなかった。
 一人で自転車を走らせながら、商店街路地の寂しい道を走る。大通りと比べてまったく人が通らない。しかし、家までの近道だった。オメガとして己の身を危険に晒しているかもしれないが、ここを通るアルファだって少ないから、きっと大丈夫だ。

(明日は絶対あいつに謝ろう。それで言うんだ。俺がお前の運命の相手なんだって)

 心の中でそう意気込みながら、自転車を走らせる。夕暮れどきだから一層道が寂しい。影が長く、道の端まで伸びている。一つため息を吐いたところで背後からじゃり、と砂を踏む音がした。振り返ると曲がり角の向こうからアルファのフェロモンを感じた。それも複数。

「あいつ、どこにいんのかなあ?」
「何て名前だっけ?」
「ベータのくせにテニス部の部長の南だよ」
「見つけたら絶対ボコボコにしてやる。恥ずかしい写真とか撮って学校来れなくしてやろうぜ」

 ギャハハハ、と続く下卑た笑い声。背筋がゾクッとした。この間、南が咎めた彼らだ。ベータでそれならオメガだとバレたら確実にヤバい。どうして千石と帰らなかったのだろう。
 しかし、家まではまだ遠い。彼らがこちらに来る前にどこかに隠れなければ。幸い南はかくれんぼが得意な方だ。それに影だって薄いからなんとか逃げられるはずだ。オメガのフェロモンもちゃんと薬を飲んでいるから多分出ていない。
 不法駐輪がされている自転車の中に自分の自転車を混ぜて、路地のさらに細かい路地に身を潜める。ゴミ箱の傍で身体を縮こませるとポケットから携帯を取り出した。声を出してはまずいからメールを打つ。
 「アルファに追われてる。助けてくれ」送信先は東方。送信しようとして彼と喧嘩していることを思い出した。こんなの、一人でも解決できる。勝手にそう強がって、携帯を閉じた。
 早く、気づかずにここを通り過ぎてくれ。そう願いながら、身体をさらに縮こませた。

(薬…)

 思い立って、カバンの中からいつもの巾着袋を探す。南にとって大事なものが全部入っている。万が一彼らに見つかっても平気なように今から飲んでおこうと思ったのだ。
 しかし、カバンのどこにもそれがない。一気に嫌な汗が噴き出してきた。ロッカーに忘れてきたのかもしれない。

(ヤバい…)

 まだ見つかってはいないものの、このまま薬が切れかかれば、オメガのにおいで存在に気づかれるだろう。それは確実にまずい。頭の中は相当焦っている。自然と身体が震えてきた。
 見つかったらまず間違いなく犯される。発情して中出しされれば、妊娠する確率は高い。あんな奴らの子を孕みたくなんかない。だが、発情した身体はそんな風にできているから受け入れてしまう。
 震える手で携帯を開く。喧嘩をしているのがどうだとかはもう考えている場合ではない。半泣きでメールを打つ。こういうときに頼れるのはやっぱり東方しかいないのだ。

『今、こないだのアルファに探されてる。しかも薬忘れてる。怖い。助けて』

 内容まで余裕がないが、すぐに送信した。
 どうしてあのとき、山川を助けてしまったのだろう。見つけただけですぐ先生を呼べば良かった話だ。だが、先生を呼びに行っている間に山川は孕まされていたことだろう。それに身体が勝手に動いていた。ケンカも苦手だし、オメガのくせに。
 自己管理を怠ったのは山川本人の責任だ。だが、そのまま犯されるのも仕方ないというのは違う。望んでもいないのに身体を暴かれて、孕まされるのは許されてはいけないことだ。オメガはそんなことを拒むのさえもいけないというのか。
 なんだか、息が荒くなってきた。もしかしたら、恐怖心で薬の効果が薄れてきたのかもしれない。携帯が震えて、東方からメールが返ってきた。

『今どこにいる。お前のロッカーに薬は入っていた』
『路地。いつもの近道』
『分かった。すぐ行く』

 東方からの返事は淡々としていた。しかし、来てくれる。すごくほっとした。それでも南に近寄る危険はなくなったわけではない。目を閉じて、ひたすら東方の到着を待つ。

「テニス部の奴締めて、今日はここ通って帰るって聞いたんだけどなぁ」
「南くーん、遊びましょー」
「ギャハハ、いないかもしんないのにそんなことよく言えるな」

 あのアルファたちの声が近づいてきた。反射的に身体をさらに縮こませた。いよいよヤバいところまで来てしまった。ばくばく脈打つ心臓を押さえて、何度も表路地を見る。長い影が伸びているのが見えた。だいぶ近くにいる。

(早く来てくれ、東方。怖い。助けて。嫌だ。あんな奴ら嫌だ。お前がいい。お前のつがいになりたい。孕むならお前の子供がいい。ずっと、お前のものになりたい)

 はあはあ荒い呼吸を繰り返しているうちに身体が熱くなって来た。ヒートの前兆だ。今見つかったら間違いなく終わる。発情したら最後、何も考えられなくなって、発情以外何もできなくなる。
 目を閉じて、なんとか鎮まらないものかと頭を押さえるがどうにもならない。ますます呼吸は荒くなり、尻穴がなんだかぬるぬるしてきた。

(東方、はやく…)

 気がついたら泣いていた。男のくせにぼろぼろ涙がこぼれている。オメガのなんと非力なことか。自分で自分が情けない。どうして薬を忘れてしまったのだろう。これでは文句を言えなくて当たり前だ。

「なんかオメガのにおいしねえ?」

 早く鎮まれ。身体を抱えて、そう念じる。しかし、冷や汗が出るのに反して、身体は熱くなっていくし、気持ちも焦る。焦ればマイナスの効果しかでないことはよく知っているのに、極限まで追い込まれた南の頭はそれを忘れていた。

「やっぱりするよ。やっべ興奮してきた」
「あいつ探すよりもオメガ探そうぜ。地味なベータの男をいたぶるよりオメガで遊ぶ方がいいよ」
「そういや、今日講習会だっけ?」
「あんなの本能の前では無意味だから出ても意味ないって。毎年同じこと言ってるしよ」
「ギャハハ、違いねえ」

 おそらく、講習会は彼らのようなアルファのために存在する。本来必要としている者は何もかも聞いていないものだ。それでも東方は律儀に出席していたんだろう。

(東方はアルファにしてはダメかもしれない。でも、お前らみたいなクズじゃねーよ)

 ぐすん、と鼻を啜って、心の中で悪態をつく。そして、きっと今頃こちらへ向かっているだろう東方に思いを馳せる。どこまで来ているんだろう。早くしないと見つかってしまう。

「見ーつけた」

 すぐ近くで声がして、おそるおそる顔を上げるとこの間見た顔があった。一瞬にして肝が冷えた。

「こいつ、南じゃん」
「ホントだ、こないだ見た胸糞悪い顔」
「そいつ、またオメガ庇ってんの?」
「いや、こいつ自身がオメガみたいだよ」

 ぞろぞろ現れたアルファたちはみんな目の色が変わっている。肩を震わせ、歯をカチカチ言わせながら呆然と彼らを見る。というかこいつら、講習会どころか部活はどうしたのだろう。それぞれ、部のエースだったはずなのに。

「南部長の秘密、知っちゃったー」
「まさかこいつがオメガだったなんてなあ…身長に騙されたぜ」
「ちょうどいいじゃん。こいつのこと、犯して孕ませようぜ」

 アルファたちに取り囲まれて、ますます危険に晒されている。彼らはじろじろ値踏みするように南を見てくる。彼らの目の色がますます危険な色になっていく。何度かこういうことがあったが、こんなに複数なのは初めてだ。一度に何人にされたら、死んでしまうかもしれない。

「お、お前ら…部活は、どうしたんだ? エースだったじゃないか…」

 なんとか平静を取り繕って訊ねると、一度に睨みつけられた。

「お前のせいで辞めさせられたんだよ。問題行動を起こす奴は部の風紀を乱すってよ」
「アルファでもそんなことする奴、いらないって」
「山吹って厳しいよなー。あーあ、俺たちの人生、お前のせいで終わりだよ」
「…自業自得だろ…それ…」
「責任取れよ」
「お前たちに対する責任ってなんだ。それもやっぱり自業自得じゃないか…」
「うるせえ! オメガのくせにアルファに口応えすんなよ!」

 南の返答でいよいよ腹を立てたらしい。突き飛ばされ、地面に倒れこんだところを複数に押さえつけられる。オメガの南ではとても歯が立たない。しかし、なんとか抜けられないものかと必死に抵抗する。

「いやだ…やめろ!」
「聞けねーなあ…ギャハハ!」
「発情期でボロボロのお前撮って、お前の人生も終わりにしてやるよ」

 彼らの手が南の衣服にかかるなり、引き破られるようにシャツの前が開く。ボタンはどこかに弾け飛んだ。抵抗する間も無くベルトを力任せに引き抜かれ、下着ごとずり下ろされるとまだ中途半端に発情している尻穴が丸見えになる。

「男のオメガのケツなんて初めて見たよ」
「すげー。マジでケツの穴から汁出るのな」
「すっげーエロいにおい…」

 彼らは男のオメガはまだ初めてらしく、オムツ替えのような体勢にされて、そのまま尻穴をまじまじ見つめられている。恥ずかしい。またまた発情しきっていない尻の穴でも彼らは突っ込むだろう。このまま本格的に発情して、理性を失ってからでも嫌なのに、まだまだ意識があるうちにこんなことをされるのはもっと嫌だ。絶対に痛いし、怖い。これなら発情して何も分からなくなってからの方がずっとマシだ。

「や、やだ…みるな…」
「まだ濡れ切ってないけどどうする?」
「ヤってるうちに発情するっしょ。ガンガンいこうぜ」
「お前なあ」

 アルファのフェロモンに当てられて、少しずつ意識が混濁してくる。なんでもいいから早く、欲しくなってくる。気を抜けば、甘い吐息を零しそうになるのをなんとか抑えているがもはや時間の問題である。このままヒートになればどうなるのだろう。南が孕むまで彼らは犯し尽くすのだろう。

(そっか……全部俺の勘違いだった。そういうことなんだな)

 南の身体に触れながら、順番はどうするだとか何か言っているアルファたちを余所に到着の遅い東方のことを考える。きっとあと少しで何も考えられなくなるだろうから。
 アルファとオメガが原因で友人関係が希薄になるなんてよくあることだ。それでも南はずっと東方の傍にいたのだ。きっと南の本能が彼を求めていた。だから、出会ったときから自分のアルファを逃すまいとずっと隣にいたのだろう。
 しかし、一度肌を重ねても東方はそれに気がついてくれなかった。そして、今も彼はまだやってこない。自分だけが好きみたいでなんだかみっともないし、自分があまりに女々しくて嫌になる。確かにオメガは母性的だが男である以上、男らしくありたい。
 全部自分の勘違いだったと考えるとすべてどうでも良くなってきた。少しずつ遠のく意識を自ら手放そうと目を閉じた。

「ぎえっ!」

 アルファの一人が無様な悲鳴を上げて、どこからともなく現れた自転車に横へと轢き飛ばされる。轢き飛ばされたアルファはすっかり気絶していた。南も、他のアルファたちも、驚いて彼よりも自転車の主に目をやった。ただでさえ広い肩幅がなんだか更に広く見える。ちょっとした小動物なら殺せるんじゃないかと思うくらい怖い顔で南を取り囲んでいたアルファたちを睨んでいた。南でさえ彼のそんな顔を見たことがなかった。
 自転車の主は東方だった。

「アルファのくせに講習会も出ないで、こんなところで何やってるんだ?」

 東方は律儀に自転車のスタンドを立てるとアルファたちに訊ねる。彼の質問はごもっともだが、半ば自棄になっていた南にそんな気は起こらなかった。

「…お、俺たちは講習会よりもっと有意義なことをしようと思ってただけだぜ? あんなの一回出たら十分だって」
「そうそう。同じような話を聞かされるよりずっとマシじゃん。俺たちは東方みたいになりそこないじゃないし、もっと優秀な遺伝子残さないといけないからさ?」

 相手が普段バカにしている東方だったからだろう。だいぶ彼らの傲慢な態度が戻ってきた。引きつった笑顔で東方をバカにしている。なりそこないだなんてひどい。なんでこいつは怒らないんだ。三分の一くらい残った意識の中、南は怒りを覚えたが、東方はじっと彼らを見つめ続けている。

「分かる限り、オメガには近づかない。不用意にオメガに触れない。むやみにオメガを孕ませない。つがいにしない……全然守ってないじゃないか。お前ら、ちゃんと講習会出た方がいいぜ」

 そう言って、東方はカゴに載せていたカバンから一枚プリントを取り出すと彼らに差し出した。おそらくアルファの講習会でもらえるものだ。アルファの心得が何から何まで書いてある。

「でも、こいつがフェロモン出して誘うから…」
「そうだよ。オメガのフェロモンにつられるのはアルファには仕方のないことだろ? な? 分かってくれよ」
「動物みたいにホイホイ反応するんなら、お前らも薬飲んだ方がいいぜ。俺でも飲み始めたし、優秀な遺伝子持ってるお前らなら、もっとヤバいんだろ」

 アルファたちの言い訳を言葉で払いのけながら、東方はあくまで冷静だった。それでも、ずっと彼らを睨み付けたままである。彼らはビビッているのか、蛇に睨まれたカエルのように動かないし、その睨みを向けられていない南でさえも怖かった。

「あとさ……そいつには二度と手を出すなよ、俺のだ。解ったら早く俺の視界から消えろ」

 聞いたこともないような冷たい声でそう言うと東方はしっしっと手を払った。まさに威嚇である。すっかり縮み上がった彼らは轢き飛ばされた仲間を引きずって、走り去って行ってしまった。本能でこれはヤバイと察したのだろう。
 二人きりになって東方は表情を崩さないまま、カバンから薬の入った巾着袋を取り出すと南の元へやって来た。そして、尻穴を見せつけた体勢のまま倒れている南に手を差し伸べた。しかし、南は起き上がれない。起き上がらない上に動かない南を見兼ねて、衣服を整えてくれる。しかし、ボタンが弾け飛んだシャツはどうしようもない。
 今更薬を飲んでも手遅れかもしれない。東方が来てしまった。東方が奴らに言い放った俺のだ、という一言に完全に持って行かれた。

「なんて格好してるんだよ。早く薬飲め」
「も、むり…だめ…」
「…そうか。確かに俺もだめかも。薬飲んだのにな…」
「くす、り?」
「あるんだ。そういうのも。妹のをちょっともらった。でも、すぐにいらなくなる」

 アルファにも抑制薬があることは聞いたことがある。アルファは発情したオメガのにおいがあれば発情してしまう。迂闊にも外で発情してしまったオメガに対する強姦事件を防ぐためにそういう開発がされているらしい。これからはアルファもオメガもお互いに用心し合う時代になるかもしれない。
 それにしても、東方は妹もアルファらしい。すごい兄妹だ。

「一回ヤったら落ち着く?」
「…ま、とりあえずは…。でも、も、すぐわけわからなくなる…」
「じゃあ、お前の意識があるうちに言うよ…バカ野郎!」

 いきなり怒鳴られて、南は驚きを隠せない。しかし、東方はそのまま続けた。

「千石にお前がアルファに狙われてること聞いた後にあのメール見て…血の気が引いたよ。オメガのお前がアルファに狙われるのがどういうことなのか解ってるのか? それなのに一人になって、こんな寂しい道通って帰るとか、お前は筋金入りの大バカ野郎だな。本当に。あいつらに事故でつがいにされたら? 望まない子供ができたらどうする? それにお前がいくら運動部の部長である程度体力はあるって言っても、あいつらはアルファだぞ? もしかしたらヤり殺されてたかもしれない…」
「ぅあ、ご、ごめ…」

 そこまで言われて、もう南は謝るしかできない。東方の心配していたことはすべてごもっともだ。それはきちんと南も反省している。今は満足に謝ることができないが。

「でも、おれ…けんかし、てたから…いい、にく、くて…」
「本当、バカだよ……俺がアルファって知ってるなら、いくらでも頼れよ。こんなんだけどさ…」
「…ごめ、ん」
「…悪かった。身体辛いのにこんなにまくし立てちまって。でも、俺の勘違いじゃなければさ…お前は俺のなんだよな?」

 東方の発言にどきりとする。それまでじわじわ濡れていたのに、一気に汁が出た。

「お前のフェロモンは壇のと違ったから、お前が俺の運命の相手なんじゃないかって…思ってさ。勘違いでつがいにしたらあれだろ? だから、昨日は噛まなかった。でも、今は解るよ。お前は…俺のなんだろ?」

 発情して目の色の変わった東方に見つめられて、どんどん濡れる。胸がドキドキして止まらない。その通りだと言いたいが、そろそろ南の身体は理性を手放しかけている。またきちんと着けてもらったベルトを自分から外し、下着ごとズボンを脱ぐ。汁が地面にポタポタ落ちる。こんな風になるのは東方だけだ。

「は、ぁ…はや、く、おまえのにして…」

 南が四つん這いになって懇願するとそのまま東方の手が南の身体を撫でた。こんな寂しい路地だが誰が来るか分からない。それでも南はもう快感を追うだけになっていた。

「誰か来るかな?」
「は、わかん、ない…でも、ヤらないとぁ、あん…」
「じゃあ、早く済ませよう。誰も来ないうちにさ。俺ももう我慢の限界だ」

 はあはあ息を荒げながら、東方もベルトを外す。目の前に自分のつがいになる運命にあるオメガがいて、ここまで我慢できただけでも上出来だった。



 次に南が目を覚ましたのは東方の自室だった。ベッドの上に寝かされて、着ているのは練習用のジャージだ。制服は何かとめちゃくちゃになってしまったらしい。南の発情がある程度落ち着いたところで東方が連れて帰ってくれたのだろう。いつの間に薬を飲ませてくれたのか、あんなにも身体が熱かったのが引いている。
 確認するように首筋を撫でる。耳の後ろあたりに新しい傷ができていた。その存在についほくそ笑んでしまう。これは間違いなく所有印だ。とうとう南は東方のものになったのだ。
 東方本人がこの部屋にいないがどうしたのだろう。そこで部屋のドアがノックされた続いた声は東方の母親だった。

「健ちゃん、大丈夫?」

 部屋に入って来た東方の母が持っている盆には薄めたスポーツドリンクと適当に食べやすそうなフルーツゼリーが載っていた。

「ごめんね、雅美が。ひどいことしちゃったみたいで。おばちゃん、一発叱っといたから。今頃落ち込みながら、あなたのシャツにボタンを縫い付けてるわ」
「いいえ、大丈夫です。あいつ、俺の運命の相手ですから」

 運命の相手、という言葉にスポーツドリンクを手渡した東方の母は目を丸くする。そして、笑った。やはり親子だ。顔はまったく違うがその表情の雰囲気が東方とよく似ている。そんなことを考えながら南はお礼を言ってから喉を潤した。

「そう。やっぱり健ちゃんだったのね。そうよね。じゃないとここまでずっと一緒になんかいないわよね…。良かったわ、健ちゃんで」
「俺もあいつしかいないってずっと思ってました」
「私もオメガだから、ずっと健ちゃんのこと、心配してたのよ。雅美なんかと一緒にいて、いつか間違いが起こるんじゃないかって。それにうちは貴美もアルファでしょう? それなのにうちに泊まっていくこともあるから、お父さんとヒヤヒヤしてたのよ。うちって…アルファとオメガの夫婦でしょ? 職場で出会ったの。一瞬で運命の人だって解ったわ。それで……少し恥ずかしいけどできちゃった婚なのよ」

 長年の付き合いでよく東方の両親に会うこともあったが、そんなことは初めて知った。東方の両親は南や千石の両親よりも少し若いからずっと不思議に思っていたがそういうことだったようだ。

「雅美はアルファにしては少し情けないでしょう? だから、ちゃんと自分の運命の人も見つけられないんじゃないかって心配してたの。本当に良かったわ、健ちゃんで」
「俺もあいつで良かったって思ってます。本当に優しいアルファだから…」
「あの子のことをそういう風に言ってくれるの、健ちゃんだけよ…」

 南の言葉に東方の母は顔を覆う。自分はそんなにいいことを言っただろうか。戸惑っていると階段を上がる音が聞こえて来た。

「南、起きた?」
「起きてるよ」

 起きている南を見て、東方は少し申し訳なさそうに笑った。彼から出ているフェロモンにホッとする。やはり、東方は南のアルファだった。

「じゃあ私、行くわね」

 東方の母はゼリーとスプーンを南に渡すと涙を拭ってから部屋を出て行った。二人取り残されるとすぐに東方はベッドの縁に座る。

「制服、持って帰れるから」
「おお、さんきゅ」
「やっぱり南は俺の運命の人なんだ」

 東方も南のフェロモンにホッとしているのか微笑む。自分たちはとうとうつがいになったのだ。それを改めて理解できて、さらに気持ちが落ち着いた。

「ずっとオメガだって打ち明けてなくて、悪かったな。別に信頼してないとか、そういうわけじゃないんだぞ。俺はお前に自分で気づいて欲しかったんだ。俺のこと、運命の相手だって」

 突然南が言い出した言葉に東方は目をぱちくりさせる。そのうちにどういうことなのか理解したのか、笑う。やはり、その表情には東方の母の面影がある。

「こっちこそ悪かった。俺、鈍いから昨日まで全然気づかなかったんだ。南はいつから知ってたんだ?」
「中三。お前のせいで初めて発情してえらいことになった」
「それは本当に悪かったな…」

 南がどこかムッとした様子で言えば、東方は苦笑いを浮かべる。でも、今は気づいてくれたからもう怒っていない。二人はもうつがいなのだ。東方はもう南以外のオメガのフェロモンに反応しないし、南も東方以外のアルファを誘わない。

「でもちゃんと、お前が運命の相手で良かったって思ってるよ」

 東方の手が南の耳の後ろにある傷を撫でると、そのまま流れで顎を掴む。そっと、唇にキスをしてくれた。
 つがいになった二人はもう離れない。


end


(140729)



[戻る]
[TOP]
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -