悔しさをバネに


 全国大会ではあまり力を発揮できなかった。全国大会どころか、関東大会でもそうだ。コートに立つとどうしても緊張してしまって、いつもの練習の成果を出せない。力みすぎて棄権負けだって多かった。団体戦の勝利に貢献することは少なかった。大方、ダブルス二つと千石さんで勝ってしまう。
 それなのに伴爺と南部長は俺を部長に推しているらしい。

「勝利数では喜多の方が多いじゃないですか」
「ああ、そうだな」

 俺を部長に、と言い出した南部長は質問に随分あっさり答えた。

「それに俺、シングルスプレイヤーですよ」
「別に山吹がダブルスが強いからって、部長はダブルスプレイヤーじゃないといけないとかそういう決まりはないぞ」
「俺、緊張して負けちゃうし、棄権負けだって錦織先輩より多かったじゃないですか」
「そりゃ、錦織は三年生だからな。室町より身体ができてる」
「なんで俺なんですか…」

 南部長にたくさんの質問をした。それも内容がすべて情けない。へっぴり腰の質問ばかりだ。何でも正直に直球で言ってしまうし、人に甘えるのも下手だから、二年生の中じゃ特に可愛くない後輩である自信がある。喜多はあれでも新渡米先輩以外にも甘え上手だし、他の二年生だって俺ほど可愛くない奴はいない。
 それでも部長は何にでもあっさりとした返答をくれた。

「なあ、室町…」
「何ですか?」
「ちょっと試合しようぜ。シングルスでさ」

 ずっと答えるだけだった部長から話しかけてきたと思ったら、試合の申し込みだった。それもシングルス。一体どういう心づもりなのだろうと訊ねようと思ったが、すでに決定事項らしく部長はラケットを片手に部室のドアを開けた。仕方がないのでその俺より広い背中をラケット片手に追いかけた。



 ネットの向こうにいる南部長を見据え、ラケットを振る。なかなか思うように部長からポイントを奪えない。ダブルスプレイヤーである部長からすでに二ゲーム取られている。部内のシングルス総当たり戦で何度か当たって、何度か勝ったことがあるから勝てると思っていたのに。
 大会後から基本に忠実なプレイにさらに磨きが掛かっている。この人はこれからもテニスを続けるつもりなのだ。
 ネット際に低めのボールが来て、それを取ろうとしたときに足が滑って転んだ。無様に地面に転がる俺を部長が見下ろしてきた。別に見下ろしているつもりなんてないだろうが、今の俺にはそう見える。

「なんだ室町、もう終わりか?」

 ラケットで肩を叩きながら、部長はいつもの調子で笑う。ちょっと情けないような、うだつの上がらないような、そんな笑いだ。地味でとても強そうになんか見えない。
 それでも大会では東方先輩と一緒に様々なペアを負かしてきたダブルスプレイヤーなのだ。今年、地区予選から全国まで戦ってきて、この人たちが負けたのを俺は二回しか見たことがない。
 きっと、勝てるし協調性があるからこの人は部長なんだろう。俺が持っていないものをたくさん持っている。

「俺をバカにしてるんですか?」

 俺はあなたみたいな部長にはなれない。
 俺は試合では勝てないし、協調性だってあまりないのだ。

「室町、テニス楽しいか?」

 返答の代わりに部長はまた質問で返してくる。楽しくないに決まってるだろう。思うようにプレイもできないし、勝てないのだから。

「やっぱそうだよな…負けてたら、全然楽しくないよな」
「さっきから何なんですか」
「やっぱ勝てなきゃ楽しくないよな。負けっぱなしじゃ、一つも楽しくない」

 楽しくないと言っているくせに部長は何故だかどこか面白そうに笑う。さっきから本当に何なんだ。

「コンソレーションで俺たちダブルスが決めて、室町のシングルスで全国行き決めたときのこと、覚えてるか?」
「…はい」
「あのときは楽しかっただろ?」

 部長やみんなの応援の中、試合をしたときのことを思い出す。プレッシャーとかそういうのはなかった。すでにダブルス二つが勝ってくれていて、後ろには千石さんがいるという安心感があった。そう思うと存分にプレイができた。本当にテニスを楽しめたと思う。
 しかし、俺が部長をする山吹中のテニス部にはもう千石さんも地味`sもいないのだ。不安しか残らない。

「新渡米が引退したら、喜多は一人になっちゃうけど、あいつは単体でも割と強いよ。それにパートナーに関してはなんとかするってこないだ新渡米に言ってたらしいしな。二年生のダブルスだって、力を付けてきてる」
「……」
「室町は俺たちがいなくなって不安かも知れないけど、あいつらだって強いんだ。これからはお前たち二年生が山吹を背負う番なんだ。お前たちでテニスを楽しめるチームを作ってくれよ」

 確かに喜多はシングルスでも十分使える奴だし、同輩のダブルスペアも地味'sに数ゲーム取れるようになったことをこないだ嬉しそうに伝えに来た。
 先輩たちにもらっていた安心感を今度は俺が後輩たちに与えなきゃいけない。

「でも、俺、たくさん負けてますよ…。そんなんで部長なんて…」
「知ってるか、室町」
「何をですか…」
「山吹中テニス部の部長は負けた奴がなるんだぜ」
「どういうことですか…」

 膝についた砂を払いながら立ち上がるといくらか部長との頭の距離が近くなった。それでも部長と俺では身長差はまだある。

「去年、俺も全国で惨敗したからさ。今の室町みたいに勝てなくなってたんだ」
「……」
「ありゃ、ひどいもんだったぜ。室町の方がまだマシなレベルだ。俺の場合、東方と一緒だから東方にも申し訳なくてな。だから、次は絶対勝ってやるって死ぬほど練習したよ」
「それは東方さんも一緒ですか?」
「当たり前だろ。あいつも気持ちは一緒だったからな。それで秋の大会で勝てたときは本当に嬉しかった」

 そのときのことを思い出しているのか、部長の目が輝いていた。でも、俺には部長にはない欠陥がある。

「でも、南部長は試合中、力みすぎたりなんかしなかったんですよね。だったら俺と違うじゃないですか」
「おいおい、俺だって緊張くらいするぞ。チームの勝敗のかかった団体戦でも、個人戦でも。でも、そういうときに仲間を信じろよ。そしたら、自然と安心してテニスを楽しめるようになる」
「そういうもんなんですか?」
「そういうもんだよ」

 そう言って、部長はいつも通りの人の良さそうな笑顔を浮かべた。

「部長の仕事なんて部長やってりゃ自然と身につくもんだ。だから、自分が部長に相応しくないとかそういうことは考えるな。お前ならできるって思ったから、俺たちはお前を指名したんだよ。来年は頼んだぞ、室町」

 ぽん、と部長の手が俺の肩を叩く。その手がやたら熱くて、こちらにまで熱が伝わってきた。そんなことを言われてしまったら、やるしかない。

「それじゃあ続き、やりましょうよ。俺、絶対部長には負けませんから」
「俺も今度こそ負けないぞ」

 ラケットの先を部長に向けると人の良さそうなそれからどこか悪戯くさい笑顔に切り替わった。元々ダブルスのこの人にシングルスで負けるわけにはいかない。
 部長のサーブでまた試合が始まって、ラリーが始まる。

「やっぱりテニスって楽しいよな室町!」
「はい!」


(120813)



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