願望を描く


※茂庭さん女体化です。
※あら鎌先くん絵が上手…。


 茂庭のきれいとも汚いとも判別しがたい文字が部誌に綴られていく。強いて言えば、線と線が開きがちなその字は茂庭らしいと言える。
 今日の練習メニュー、総評、気がついたことなどをさくさく書き進める。今日は二口がまた鎌先を挑発しただとか、青根のリードブロックの速さが増しているなどと大学ノートは文字で埋まっていく。
 茂庭の作業はなかなか時間がかかる。だが、今日は鎌先が隣で待ってくれていた。いつもなら先に帰った笹谷と帰るのだが、今日だけは最後まで一緒に残ると言った。
 窓から夕暮れの涼しい風が吹き込んでくる。少し気分転換にと顔を上げて、伸びをした。ちらりと隣を見ると鎌先は神妙な顔をして、A組の学級通信の裏に何か描いている。普段使いのシャーペンではなく、デザインの授業で使うような鉛筆だ。
 鎌先は機械科だが、デザイン科も良かったと言うくらいだから、絵がうまかった。授業中、眠気覚ましのらくがきだと言っていたものをいくつか見せてもらったことがあるが、どれもうまかった。教科書に載ってる偉人の顔や図表に載っていた植物、隣の席の奴の寝顔など様々だ。バレー部の仲間を描いた日のものは、何度もせがんでもらった。大事に生徒手帳にしまってある。
 今日は何を描いているのか気になって、覗き込んでみる。

「見るなよ!」

 リードブロックのごとく、素早くそれに気がついた鎌先はすぐさまそれを裏返す。

「なんで?」
「さっさと部誌書けよ!」
「隠されたら逆に気になるだろ」

 A組の担任が書いたキビキビした文字の学級通信に触れると睨まれる。なかなか凄味があるから、普通の女子なら泣いているかもしれない。だが、茂庭も強豪の主将である。怯まない。

「見せろよ」
「嫌だ」
「じゃ、何描いてるのか教えてくれたっていいだろ?」

 茂庭の譲歩した言い方に鎌先はしばらく逡巡しているのか視線をそらす。そして、少し拗ねたように口を尖らせた。

「…バレー部の奴、描いてる」

 学級通信を押さえつけたまま、そう白状した。これでいいだろ、という顔をして茂庭を見返しているが、ますます見たいと思ってしまった。

「え、もっと気になる! 誰描いたんだ?」
「それだけ教えたんだから、いいだろ?」
「この前みたいなやつだったら、ほしい」
「大したもんじゃねーよ」
「見せてくれるだけでいいんだよ!」

 口で何度お願いしても鎌先は聞く気配を見せない。それならば実力行使と後ろからのしかかる。

「オラ! 絶対見せねーぞ!」
「なんだよ! 意地っ張り!」

 鎌先相手に力でどうこうしようなどとは思っていない。首に腕を引っ掛け、ぶら下がるように体重を掛ける。当然ながら、鎌先の首が絞まる。

「ぐえっ! やめろ、首が絞まる!」
「見せてくれるまでやめない」
「マジで死ぬって! 茂庭のデブ!」
「うるせー! 早く見せろ!」

 デブだなんて言われたからさらに体重を掛ける。鎌先は茂庭の手首を掴みながら、ギャーギャー暴れていた。

「分かった! 分かったから!」

 とうとう鎌先が音を上げたのはそんな攻防をしばらく繰り返してからのことだった。さすがに首は命に関わる。それと同時に茂庭は手を放した。やっと解放された鎌先は首を押さえて、ハアハア息を整えていた。

「やったー!」
「ちょっとだけだからな…。本当に一部だけだからあっち向け」
「うん」

 見せてもらえることに大歓喜の茂庭は素直に向こうを向いた。どんな絵なんだろうとワクワクしながら待っているとすぐにもういいぞ、という鎌先の声がして、またそちらを向き直る。
 別のプリントで大半を隠された紙には茂庭の顔が描かれていた。正面を向いて笑っているのだが、茂庭は必要以上にかわいく描かれているように思えた。どこかそれが照れくさくて、とぼけた返事をしてしまう。

「これ、誰?」
「見りゃ分かるだろ。お前だよ」
「私、こんなにかわいくないよ…」
「んなことねーだろ」

 茂庭の返事に鎌先が笑う。その口から出た言葉に茂庭は思わず顔を上げた。
 普段、バレー部の男たちが茂庭を女扱いすることはまったくない。彼女がいても平気で着替えるし、上裸で練習する。鎌先もその一人だった。だからこそ、意外だった。

「はつこい、なんだよ…」
「え?」
「好きだ」
「はあ?」
「…だから、俺はお前のことが好きなんだよ!」

 それは怒鳴るような告白だった。ずずいっと前のめった鎌先を茂庭は目を丸くして見上げている。その拍子に今まで押さえていたプリントから手が離れた。窓から少し強い風が吹き込んできて、軽い二枚のプリントはふわりと飛んだ。やたら風の多い日だ。

「あっ」

 鎌先が焦ったような声を上げるが、A組の学級通信はまるで運命の相手に出会ったかのように茂庭の手の上にあった。絵の全体が気になっていた茂庭は当然それを裏返してしまう。

「えっ…」

 プリントに描かれていた茂庭の首から下は制服を着ていた…ただし、胸は丸出しである。おそらく、AVなんかのパッケージを参考にしているのだろう。脚も大きく開いて、局部も丸出しだった。当然ながら、茂庭は鎌先から後ずさる。その表情はまさにドン引きだった。

「か、鎌ち、これ…」

 震える手で握りしめられた学級通信にぐしゃりと皺が寄る。ずっと一緒に戦ってきた仲間が自分に対して性欲を抱いているだなんて、彼女は考えたこともなかったのだろう。それだけにショックなのだ。

「わ、悪い! 本当に悪かった!」
「よ、よく本人の隣でこんなもん描けるな…!」
「好きだから仕方ねえだろうが!」
「私をめちゃくちゃにするつもりなのか? この絵みたいに!」
「そりゃ、いつかはしてえよ!!」

 さらに茂庭が後ずさる。すぐ後ろは部室のドアだった。これ以上は逃げられない。つい鎌先もそれを追ってしまって、ドアに片手をついた。背の高い彼にされるとすごい威圧感を覚える。
 握りしめたプリントを見てしまったからか、茂庭は青ざめた顔で冷や汗をだらだら流しながら鎌先を見上げている。だが、彼女の考えているようなことをするつもりはない。そういう関係に至るには順序が必要だ。

「…今すぐしたいだなんて思ってねえ」
「そ、そうなの?」
「手繋ぐとかデートするとかキスするとか、順序があるだろ」
「鎌ち、そういうの大事にするタイプなのか」
「当たり前だろうが」

 鎌先の言葉に茂庭がホッとしたようなため息を吐いた。少しばかり顔色も良くなった。彼女の手からぐしゃぐしゃになったプリントを取ると煩悩を消すかのようにビリビリ破る。細かく破られた紙の切れ端はぱらぱら床に落ちた。

「すぐにがっついたりしないし、もうこんな絵描かないから、俺と付き合ってくれ」

 頼む、と続ければ、茂庭がまた大きなため息を吐いた。それは呆れを孕んでいる。

「……お前、直球過ぎるだろ。ストライクど真ん中過ぎるだろ。お前、ストレートしか投げられないのか?」
「んなの、性格だから仕方ねえだろうが」
「でも、お前のそういうところ、好きだよ」

 茂庭の返事に鎌先は思わず目を剥く。鼻の頭がぶつかりそうなほど詰め寄られて、茂庭は顔ちけーよ…と呟きながら、その顔を押し返した。

「…いいよ。付き合おう」

 そう言って茂庭の手が鎌先の手を握る。茂庭の、じっとり手汗をかいた手のひらは熱かった。
 彼女の言葉の真意は知れない。茂庭のことだから、鎌先の告白に折れただけなのかも知れない。

「いいのかよ…」
「これから、そういう好きにしていけばいいだろ?」

 そう言って、茂庭は指と指を絡ませて、一つ目の段階はクリアだな、と笑った。


end

(140928)
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