伊達工の三番


 窓の外は風が強いようで、立て付けの悪い窓がガタガタ鳴っている。今度見ようと思っていたのだが、色々あって忘れてしまっていた。今度見よう。またそう思って、携帯に視線を落とす。そうしてまた、俺は忘れてしまうんだろう。
 部室は何故か電気を落としていて、暗い。だが、俺も隣に座っている二口も電気を点けようとしない。目を悪くするかも知れないが、携帯を見る分には問題ないし、なんだか動くのが面倒だった。

「茂庭さん、アイコン変えてる」
「…何?」
「茂庭さんちの犬。腹出して寝てる写真」
「ホント、犬バカだな…あの人」

 茂庭さんの話をすると二口は少しだけ笑った。しかし、すぐにまた疲れた顔に戻ってしまう。茶色いサラサラの髪をガシガシ掻いて、ため息を吐いた。新しく主将になった二口は何かと疲れた顔をよくする。多分、まだ心にゆとりがないんだろう。

「黄金のことか?」
「…まあ、大方あいつ。あー、後輩ってめんどくせー!」
「めんどくさい後輩だったお前が言うなよ」

 新しくレギュラーに入った大型セッター黄金川貫至。真面目で俺達の言うこともよく聞くかわいい奴なのだが、どうにもこうにもバカだった。それにセッターとしての能力はまだまだ未発達。いくらか試合を経験させているものの、ほぼブロックで勝っていると言っていい。こちらからの攻撃は決まらないことが多くなった。
 黄金川の未熟なトスを打っていると、俺達のクセに合わせて上げてくれていた茂庭さんのトスが懐かしくなる。だが、セッターも大きい方が良いと言い出して、新しい正セッターに黄金川を選んだのは茂庭さんだった。
 三枚ブロックを跳んだとき、どうしても狙われるのは背が足りない上にパワーのない茂庭さんのところだった。それをずっと茂庭さんは気にしていたのだろう。セッターも背があったならさらに鉄壁は強固になると考えたのだろう。
 茂庭さんが引き継ぎを終えるまで、ずっと黄金川とトス練をしていた。まるで自分の三年間すべてを彼に受け継がせるように。黄金川が茂庭さんからもらったというメモを見せてもらったが、基本的なトスの上げ方、種類から俺達一人一人のクセや得意のトスまで書き込んであった。

――― 俺、まだトス上げるので精一杯だから活かせないッス。

 黄金川は大事そうにメモを両手に包み込んで、しょんぼりしていた。
 黄金川はセッターも初めてだし、まだ一年生なのだ。でも、真面目に練習しているあいつのことだから、きっといつかは強固な『伊達の鉄壁』となるのだろう。だから、大方のミスは長い目で見てやっている。

「まー、あいつもまだセッター始めたばっかだからなあ。長い目で見てやれよ」
「茂庭さんもあいつのことまともにトス上げれるようになってから引退してくれれば良かったのに…。ていうか、春高まで」
「その話はもうしないって約束しただろ」

 二口の頭を掴んで、今度は俺がため息を吐く。心にゆとりのない二口はよく、引退してしまった茂庭さん達への恨み言を吐く。ぐちぐち、呪詛のように。そんなことを言っても、茂庭さん達は帰ってこないのに。
 俺だって茂庭さん達ともっとバレーがしたかった。その気持ちが強いのは自分と青根だけだなんて思わないで欲しい。それでも、俺は茂庭さん達の決定に何も言えない。

「もう伊達工の二番はお前なんだからさ」

 この間、新しい背番号を決めた。俺は笹谷さんの三番をもらったが、二口は一番を鎌先さんと同じ番号なんて嫌だ、だなんてガキくさい理由をつけて青根に押しつけると二番を取った。青根がどこか不満そうに見ていたが、二口はそれを尻目にどこか誇らしげに二番を見つめていた。

 若い番号はもう俺達に割り振られてしまったから、もう茂庭さん達はここに戻って来られない。

「小原の言いたいことは解ってんだけどさあ…」
「うん」
「お前らの前でくらい、こんなこと言ってもいいじゃん…」

 クソ生意気な後輩だった二口は疲れた顔をした主将になってしまった。今なら、鎌先さん達がしきりに茂庭さんの心配をしていた理由も解る。同じ顔を見ていたんだろう。俺達の前では主将の顔をしていたけれど、きっと、三年生だけのときは愚痴だって言っていただろう。俺も二口のために何かをしなければ。

「俺はさ、青根みたいにお前のこと引っ張ってやれねえけど」
「あ?」
「お前のこと、後ろから押してやることはできるよ」

 一番が二番を引っ張るなら、二番の背中を押してやれるのは三番だ。
 それができるのはきっと、俺しかいない。


end

(140925)
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