「茂庭さん!おっぱい見せてください!」


※茂庭さんが女の子。


「茂庭さん! 春高出場できたら、茂庭さんのおっぱい見せてください!」


 にっこり笑った新主将の口から飛び出した一言で一気に体育館が静まりかえった。
 二口の目の前にいた私は当然呆然としていたし、その背後で適当に遊びに来ていた鎌ちや笹やん、二口の隣にいた小原どころか他の部員達も口をあんぐり開けて絶句していた。青根だけがいつもの調子で立ちはだかっている。
 工業高校だから女に飢えているのは分かる。何せ全学年合わせても、女子生徒は三十人くらいしかいない。特にかわいい女子マネージャーは他の部が羨むほどだ。

 どうして私なんだ。

 私は『伊達の鉄壁』という異名を持つ伊達工バレー部の主将だったし、女子にしてはかわいくない方だという自覚をしている。同級生から女扱いされた覚えはほとんどない。鎌ちや笹やんなんて、去年まで私のことをパンイチで追い回す遊びをしていたし、私の前で平気でエロ本を読んだりする。

「二口! ふざけたこと言ってんじゃねえぞ!」

 誰よりも先に正気に返ったのは鎌ちだった。いつもの調子で二口を怒鳴りつけた。私だってそうしたい。だが、呆れすぎてものも言えないのだ。

「茂庭が呆然としてるだろうが!」

 鎌ちが私を指さして、続けて吠える。笹やんに関しては口を押さえて笑いを堪えだした。今更ツボに入ったらしい。

「そう固いこと言わないでくださいよ、鎌先さん。固い男はモテないッスよ」
「そういう問題じゃねーだろが!」

 鎌ちの言うことが正論すぎる。しかし、去年まで私をパンイチで追いかけ回していた男の言うことはない。鎌ちのツッコミが効いているのか、笹やんが大爆笑するのは時間の問題だ。肩が震えている。

「そもそも、鎌先さん関係ないじゃないスか。俺と茂庭さんの問題です。そこ、邪魔なんですけどー」
「アア?!」

 そろそろケンカが始まりそうだ。剣呑な空気にそろそろ二人を止めようと思って、青根に指示を出そうと彼の方を見ると二口の隣でものすごいオーラを放ちながら、鎌ちを睨んでいる。お前もなのか、青根。

「鎌ち、もういいよ」
「あ?」
「二口、青根、なんでそんなにしてまで私の胸が見たいんだよ」

 青根と二口を交互に見やると、青根がギョッとしていた。二口も驚いて、青根を振り返っていた。気づかれていないとでも思っていたのだろうか。

「おっぱいが見たいならエロ本読めばいいだろ? 鎌ちとかのお下がりがあそこの棚に入ってるぞ」

 ロッカー横にある棚を指さすとブッフォッ、と笹やんがとうとう噴き出した。鎌ちは別に普通そうだったが、そわそわ後輩達は動揺していた。母親にエロ本を発見されたようなあれだろう。

「マジか! 茂庭、全部知ってたのかよ! 母ちゃんか! はは、はははは!」

 バンバン手を叩きながら笹やんが大笑いしているのを一睨みしてから、また二口達を向き直る。まさか見つかっているなんて思っていなかったのか、頬を染めている。

「え、エロ本の女なんかじゃダメなんです! 茂庭さんじゃないとダメなんです」

 二口は一瞬怯んだ後、また表情を引き締めて私に詰め寄ってくる。青根も一緒に詰め寄ってくるから、つい半歩退いてしまう。だから、なんで私のおっぱいじゃないといけないのか訊いているのだが、こいつらは分かっているんだろうか。

「だからなんで…」
「茂庭さんの生おっぱいじゃないとダメなんです! 意味がないんですよ!」
「なんでって訊いて…」
「ダメだからダメなんです!」

 鼻先がくっつきそうなほど詰め寄られて、これ以上食い下がれなかった。いや、食い下がってるのはあっちか。理由もガキか。どれだけ私のおっぱいが見たいんだこいつら。そんな価値ないぞ、本当に。後ろで鎌ちがふざけたこと言ってんじゃねえぞ二口! と吠えている。ちなみに笹やんは床を転がっていた。どんだけウケるんだよ。
 しかし、こんなにも切実にせがまれたのは初めてだ。だったら、私も応えてやらねばならないのかもしれない。何せ私は彼らの先輩であるし、元主将であるのだから、おっぱいを見せることが一番のごほうびだというのなら…

「別にいいよ」
「えっ?!」

 複数の男の声が重なった。さっきまで怒鳴っていた鎌ちも爆笑していた笹やんも二口も青根も小原もみんな私に注目している。何か変なこと言ったかな…。

「それでお前達が頑張れるなら構わないよ。男の裸に慣れるほど、私だって見てるわけだし」
「も、茂庭さん! 二口達の言ったことは聞かなかったことにしてください!」

 二口と青根の間に割って入った小原が慌てて叫ぶ。そんな小原を二口も青根もどこか不満げに見つめていた。もー、なんでそんなこと言うんだよ、先輩に失礼すぎるだろ! なんて、いつか私が言ったようなことを言いながら小原がため息を吐いた。

「そろそろ練習再開しますんで…」
「ああ、私達もそろそろ帰るつもりだったし。小原も苦労するな」
「はい…。あ、茂庭さん、本当に忘れてくださいね。二口の言ったこと」
「小原、何仕切ってんだよ! 茂庭さん、絶対ですよ!」

 青ざめた顔の小原の後ろで二口が叫ぶ。隣で青根も大きく頷いていた。すぐに二人の頭を小原が叩く。

「分かった分かった。またな」
「じゃあなー」

 私が踵を返すと笹やんも何か言いたそうな鎌ちの二の腕を引っ張って、体育館を後にした。



「あんまり自分のこと安売りしてんじゃねーよ」

 昇降口に向かう道すがら、ふてくされた顔で鎌ちが呟く。まあ確かに私の発言はそう取られても仕方ないものだと思う。それでも私はあいつらの、私のおっぱいにかける熱意に負けてしまった。

「あいつら、切実だったからさ。そんなに私のおっぱい見たいんだって思ったら、つい」
「お前はそうやってすぐ流されるんだよ! そんなんで社会出て大丈夫か? 上司にされるがまま変な関係になっても知らねえぞ、俺は!」

 こいつはどうしてそこまで私の社会人生活を妄想しているのだろう。どんな荒んだ企業に入れるつもりだ。そもそも私は進学希望だから、まだ就職はしない。そんなツッコミをため息にしまい込んで吐き出す。
 なんだかんだで、鎌ちは二口達が春高に出場できると思っている。

「ありがとう、鎌ち」
「あ?」
「私のこと、心配してくれてるみたいだから」
「当たり前だろうが。元が付くとは言え、主将が二口みたいなアホに振り回されてるのなんか見てらんねーよ。お前だって仮にも女なんだから本当に気を付けろよ」

 鎌ちの高い位置にある顔を見上げて笑う。仮にもってなんだ、仮にもって。

「それにしても、二口も素直に言えばいいのになー」
「何を?」

 笹やんがどこか意味ありげに呟くものだから、首を傾げる。隣で鎌ちも腕組みして頷いている。すごく気になる。しかし、笹やんはぷいっとそっぽを向いてしまった。

「…男だけの秘密」
「俺も言わねえ」
「なんだよそれ! 人のこと女として見てないくせに!」

 これ以上訊いても教えてくれないことをすぐ察した。
 本当に男って言うのは頑固だからめんどくさい。


end

(140921)
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -