最後の意地[3]


※茂庭さんと二口が女の子。
※軽率に女子が男子に混じってバレーできる世界。


 長袖ジャージに身を包み、ぼろぼろのボールを抱えた茂庭が白い息を吐いている。東北はもうそろそろ秋どころか冬になってしまいそうだ。
 まだ茂庭は毎週トスを上げてくれている。二人でバレーをすることがすっかり習慣になってしまっていた。しかし、鎌先は彼女のことが心配だった。
 鎌先は仙台に事業所がある企業から内定をもらった。笹谷も同じように内定をもらったと言っていた。だが、茂庭だけは進学を希望していた。仙台の大学の工学部に進学して、もっと勉強をしたいと言っていた。いずれは国家資格を取るつもりらしい。
 受験生はこれからが正念場である。だから、鎌先としては彼女にもっと勉強をして欲しかった。

「寒くなってきたなあ」

 はあ、と白い息を吐いてから茂庭がしみじみと口を開いた。茂庭家の縁側でのんびり二人で肩を並べて休憩をする。二人の間には茂庭の母が持ってきてくれたお茶と最中が置いてあった。毎週必ずやってくる鎌先の嗜好を完全に覚えた茂庭の母はいつも白あん最中を絶やさないでいてくれている。本当にありがたいことだ。

「茂庭、勉強はいいのか?」
「勉強?」
「受験勉強だよ。お前、受験生だろ?」

 鎌先の質問に茂庭はあー、と漏らしながら顎をかいた。

「別の日にやってるからいいんだよ。受験対策の補講も受けてるし」
「でもよ…」
「心配してくれてありがとな。でも、大丈夫だよ。鎌ちみたいにバカじゃないから」
「ア?」

 バカだと言われて反射的に凄む鎌先を見上げて、茂庭は楽しそうに笑う。確かにこの様子だといい気分転換になっているようだ。しかし、それでも鎌先は茂庭のことが心配だった。

「負担になってるなら言えよ。こんなこと、すぐやめたっていいんだからよ」
「もうちょっと受験が近づいてきたらそうさせてもらう。そんなことより、最中食べたら、もう一回やろうぜ」
「おう」

 最中の包みを開けて、それをかじる。茂庭の母は鎌先の好きなメーカーまで把握済みらしい。パリッとした生地にもっちりした白あんが本当においしい。隣の茂庭もそれを頬張っている。

(茂庭にずっとトス上げてもらいてえな…)

 茂庭にはああ言ったが、毎週訪れるこの時間が本当に好きだ。続けられるなら卒業後だってずっとこうしていたい。茂庭とバレーをして、縁側でのんびりくつろいで、こんな穏やかな時間をずっと過ごしていたい。
 しかし、時間というのは有限だ。茂庭と鎌先が学生である限り、いつか卒業する日がやってくる。受験が近づいた茂庭が終わりを提示する方が先かもしれない。そのときのことを思うと胸が締め付けるように痛くなってくる。
 確かに茂庭の受験が心配だ。だが、その日がやってくるまで、茂庭の好意に甘えることにした。



「あれ、青根と茂庭じゃね?」

 笹谷が巨体の後輩と元主将を見つけたのは、鎌先が帰ろうと昇降口で靴箱から靴を取り出した瞬間だった。きゅっと心臓を握り締められたような気分になった。
 ガラス扉の向こうによく見知った二人の後ろ姿が体育館の方角へと歩いていく。青根はまだ部室に行っていないのか、まだブレザー姿だった。茂庭もまだ補講があるからなのか、カバンを持っていない。

「ついてってみようぜ」
「おう」

 笹谷がにやにやしながら二人を指さす。鎌先は無論、首を縦に振った。茂庭が青根と一緒にいるのを見て、さっきからずっと胸が痛い。先陣を切ってずんずん前を歩いていく青根に茂庭がついていく…という感じだった。一体、茂庭を連れていって何をするというのか。練習を見てもらうつもりなのだろうか。
 すぐ靴を履いて、二人の後をつけた。相手はまったく気づく様子はなかったが、わざと忍者のように壁に張り付いてみたりする。気づかれない以上、まったく意味はないのだが。
 そのうち、二人は体育館裏にたどり着いた。そこで向き合って、何か話している。壁に隠れて、気づかれないように息を殺す。鎌先の下で笹谷はにやにや笑っていた。

「やっぱり告白か?」

 青根もやるなあ、と続けて、笹谷は再び二人を観察する作業に戻る。鎌先は何も言わずに二人を見つめていた。青根が何を言っているのか気が気でない。

「茂庭さん!」

 いきなり青根が大声を上げて、茂庭はびくっと肩を震わせていた。それは隠れている鎌先や笹谷も同じで思わず声をあげそうになって、慌てて口を塞ぐ。

「烏野も、青葉城西も、白鳥沢も全部押しのけて、絶対春高に出ます! お願いですから、絶対、春高の二次予選…観に来てください! その後の、春高も!」

 青根はそこで止まらず、大声で続けた。ここまで切実で豪快なお願いがあっただろうか。思っていたのと違って、笹谷はつまらなそうに舌を出した。

「絶対に茂庭さんを春高に連れて行きますから!」

 青根は強い。だから、絶対に春高に出るとか茂庭を春高に連れて行くなんて大きなことが言える。鎌先は一度だってそんなこと言えなかった。全国に行きたいという気持ちはあったが、行ける、という気持ちはなかった。

 青根は鎌先が言えなかったことを言い、できなかったことをしようとしている。

 主将のポジションはまちまちだったが、一番はその代で一番のミドルブロッカーが引き継ぐことになっている。鎌先が一番をもらったとき、自分が推して主将になった茂庭を一番らしく引っ張っていこうと決めた。だからこそ、どんな苦しいときでも臆することは絶対しなかった。だが、青根のように強いことは言えなかった。

「お?!」

 笹谷の色めき立った声で正気に返る。また二人の方を見るとなんと茂庭が屈んだ青根の頭を抱き締めていた。青根の大声は聞こえたが、他の会話は聞こえないから、何がどうしてそうなったのか分からない。
 だが、大方のことは理解できた。鎌先は青根に勝つことができなかった。

「笹やん、帰ろうぜ」
「ここからがいいとこ…」
「帰ろう」

 もう見ていられなくて、笹谷の首根っこを掴むと体育館裏を後にする。笹谷が鎌先の顔を見上げて驚いた顔をしていたが、自分がどんな顔をしているかなんて考えたくなかった。


***


 現役の頃からずっと茂庭の背中を見てきた。入部当初は女が鉄壁になんてなれるはずがないと思って、散々バカにしていたものだ。そのことでからかったこともある。彼女が陰で泣いていたことは仲良くなってから知った。そのことについてはもう謝ったし、今でも本当に申し訳ないと思っている。
 三年間共に過ごしてきて、身体は男と比べて貧弱でも彼女の心は鉄壁の名に恥じない揺るぎない意志と実力を持っていることを知った。女でもセッターとしての実力は強豪並だ。しっかりとした観察眼と的確なトスでコート上の司令塔としての役割を果たしていた。
 次期主将にミドルブロッカーで同学年の中では一番優れた鎌先を先輩たちが推したときは自ら身を引き、茂庭を推薦した。足りない頭で必死に考えて、彼女のことを話した。
 自分が主将になることも考えなかったわけではない。二口にはよくからかわれているものの、後輩たちから慕われている自信もあった。同輩との仲も良好だ。自ら『鉄壁』を率いる主将になりたい気持ちだって多少なりあった。
 それでも茂庭を主将に推薦したのは彼女でなくてはならなかったからだ。同輩も後輩も、鎌先も彼女を求めていた。豊かな土壌のような優しさを持った彼女なら、いい主将になると確信していた。
 最後のインターハイ予選でも烏野のエースのスパイクを精一杯ブロックしていた。手を痺れさせながらも相手コートにボールを返したその姿をしっかり覚えている。茂庭かなめは間違いなく『伊達の鉄壁』の主将だった。


***


 金曜日。明日が土曜でトスを上げてもらう日だった。いつもなら心待ちにして仕方ない日だというのに、茂庭に会いたくない。教室で荷物をまとめながら、大きな溜息を吐いた。
 昇降口で笹谷と合流する前に断りを入れようと思って、ポケットから携帯を取り出した。

「鎌ち」

 背後から件の相手に声を掛けられて、思わず肩が跳ねる。振り返るとカバンを肩に掛けた茂庭がどこか楽しげに笑っていた。

「…お、おう」
「明日も来るだろ? 最中、買って帰らないとな」
「…あれって、いつもお前が買ってんのか」
「うん。言ってただろ? あの店のが一番好きだって。毎週買ってるんだ」

 確かに茂庭に一番好きな店のことを話したことがある。だが、それを覚えていて、毎週買ってくれているだなんて思いもしなかった。
 彼女が自分のためにお気に入りの最中を毎週買ってくれていることに特別な感情を抱いているんじゃないかと思わなくもない。だが、今の彼女は青根と付き合っているはずなのだ。
 そうなったらもう鎌先は茂庭を切り離さなくてはならない。

「あれさ、もうやめようぜ」

 拳をぎゅっと握り締めてから、そう切り出した。茂庭の目が大きく見開かれる。

「なんで?」
「……なんかこう、もう満足しちまったんだよ。今まで付き合ってくれて、ありがとな」

 勿論嘘だ。本当はずっと茂庭と穏やかな週末を過ごしていきたい。
 なんとか適当な理由を作ることができたと思ったが、茂庭はまだ納得できていないようで怪訝そうに鎌先の顔を見上げてくる。それに思わず目をそらすと、やっぱり、と口を開いた。

「嘘だろ。どうした、何かあったのか?」
「ウソじゃねえ」
「嘘だ。鎌ち、嘘つくとき、いつも目そらすだろ」

 茂庭にそう指摘されて、息が詰まる。それでも何か続けなくては、彼女はさらに怪しむだろう。さらに拳を握り締めて、彼女の方を見た。

「俺なんかと遊んでないで、練習…見に行ってやれよ」
「はあ?」
「その方がずっと有意義だぜ。青根もすげー喜ぶだろ」

 なんとか取り繕った理由に茂庭は首を傾げている。なかなか納得してくれない彼女に気が長くない鎌先はイライラしてきた。三年間、共に過ごしてきたが変なところで彼女は強情だった。

「なんでそうなるんだ? 今日のお前、おかしいぞ」
「お前、青根と付き合ってんだろ?! 毎日でも会いに行ってやれよ!」

 まだ食い下がる茂庭を思わず怒鳴りつけていた。鎌先も青根ほどではないが体格もいいだけあって、なかなか凄みがある。普通の女子ならば泣いているかも知れない。だが、茂庭は目をぱちくりさせているだけで動じていない。さすがは強面揃いの伊達工バレー部の元主将である。

「はあー?! お前、本当に何言ってるんだ? 私がいつ青根とそういう関係になったっていうんだよ!」

 むしろ鎌先の手首を掴んで、そう言い返してきた。今度は鎌先が呆然とする番だった。

「違うのかよ! 昨日、体育館裏で青根と話してただろ! てっきりそういうことだと…」
「違うって。青根は私に春高の二次予選、観に来て欲しいってお願いしてきただけなんだよ。告白じゃない。青根もそんなつもりないって言ってた」
「それは聞いたけど、抱き締めて…」
「だって、青根かわいかったから! かわいい後輩にそんなこと言われたらさあ…解るだろ?」
「わかるか!」

 百九十越えの青根をかわいいと言う女子とは如何なものだろうと思ったが、伊達工バレー部の母ちゃんである茂庭にとってはかわいい子供みたいなものなんだろう。
 しかし、すっかり拍子抜けしてしまった。付き合っていると思ったら、付き合ってなくて、単に後輩がかわいいから抱き締めてただけだという傍から聞けばずっこけてしまいそうな理由だ。正直なところ、少しホッとしている。

「なんでそれで鎌ちがそんなに不機嫌になるんだよ。意味分からん」

 茂庭は腕を組むと怪訝そうに鎌先を見上げてくる。

「そんなの俺がお前のこと好きだからに決まってんだろうが!!」

 何かを考えるよりも先に鎌先の口は動いていた。それと同時にずっともやもやしていた何かがすっきり晴れた。そうだ。鎌先は茂庭のことが好きだったのだ。好きだから、ずっと二人一緒に週末を過ごしたいと思っていたのだ。好きだから、青根と付き合っていると思うと胸が締め付けられるように痛くなったのだ。
 目の前の茂庭は驚いて、目を見開いている。まだ何を言われたのか理解できていないのかもしれない。鎌先は鎌先で自分で自分の言ったことを理解して、一気に恥ずかしくなってきた。

「へ? もう一回…」
「……茂庭のことが好きだ」
「誰が?」
「………俺が」

 鎌先にしては珍しく、ぽつりと呟いた一言に茂庭は顔を耳まで赤くする。鎌先も怒られた子供のように俯いている。

「な、なんだ……お前も、だったんだ…ははは」
「あ?」
「実はさ、私も…好きなんだ。お前のこと」

 両想いだな。そう続けると茂庭の両手が伸びてきて、鎌先の右手を包み込む。まだ赤い茂庭の顔はへにゃ、と笑っていた。

「俺に、もっとトス上げてくれ」
「当たり前だろ。これからも、ずーっと」

 包み込んでくる茂庭の右手を取って、指を絡ませる。それを見て、茂庭がくすくす笑った。

「鎌先くんに茂庭さん、おめでとうございます」

 遮るように笹谷の声が割り込んできて、初めてここが教室だと言うことを思い出した。ニヤニヤしている笹谷を初め、他のクラスメイトも鎌先と茂庭を注目していた。痴話ゲンカからくっつくまで、何から何までみんなに見られていたようだ。

「さ、笹やん、いつから…」
「痴話ゲンカのとこから。待ってても鎌ち来ないから、A組まで見に来たらこれだよ」

 再び顔を真っ赤にした茂庭に訊ねられて、笹谷は大袈裟に両手を広げるとため息を吐いた。

「二人の結婚式では俺がハッピーサマーウェディング歌ってやるから安心しろよ」
「それで俺達は何をどう安心しろってんだ」
「ていうか、笹やん気早いから!」

 ふう、と再びため息を吐いた笹谷が横目で茂庭を見やる。

「な、なんだよ…」
「鎌ちにトス上げるんだろ? これからも、ずーっと」

 さっき言ったことを蒸し返されて、茂庭が両手で顔を覆って悶絶した。まさに頭から湯気が出んばかりである。その様子を見て、他のクラスメイトも楽しげに指笛を鳴らしたり、茶化したりと色々だった。

「いやー、俺も嬉しいわ。ずっとお前ら早くくっつけって思ってたからな」

 笹谷は二人の間に割り込んでくるとぽんぽん背中を叩きながら笑った。

「…いつから気づいてたんだよ」
「七月くらい?」
「うわー、そんなに早く気づいてたのかよ。なんか恥ずかしい」

 笹谷にニヤニヤ笑いで指摘されて、茂庭はまた顔を覆った。

「まあ、鎌先靖志くんは自分で言うまで気づいてなかったみたいだけどな!」
「う、うるせえ!」

 クラスからどっと笑いが起こる。照れ隠しに吠えたが更に笑いを呼ぶだけだった。
 しかし、七月から笹谷に好意を見抜かれていたということは結構前から茂庭は鎌先のことを好きだったということになる。実際には七月より前から好きだったのかも知れない。それを思うと、鎌先は申し訳なく思った。

「なあ、茂庭。いつから好きだったんだ?」
「そうだなあ…気がついたのは六月かな。インターハイ予選が終わってから。それまではずっとバレーだったしな。具体的にいつからなんて分からないよ。だから、気にすんなよ」

 笹谷を隔てた向こうで茂庭が歯を見せて笑う。付け加えた言葉からして、彼女には全部お見通しらしい。伊達工バレー部の母ちゃんにはやはり敵わない。そう思って、鎌先も笑顔を返した。



 観客席はいつもに増して応援に気合いが入っている。相手側だってそうだ。双方の応援が入り交じって、ほとんど冬だというのに体育館は熱気が立ちこめていた。茂庭達が現れると気がついた部員達がチワーッス! と威勢の良い挨拶をくれた。

「おう、気合い入ってんな!」
「春高二次予選ッスからね。コートはもっとすごいッスよ」

 応援団長に任命されている部員がコートを指さす。二口をはじめ、新生伊達工のスタメンが気合いの入った顔でウォーミングアップをしていた。ランニング―! という二口の大声の後に他のメンバーも続く。それは六月まで茂庭がしていたことだった。

「おおー、二口主将だな」
「迫力あるなあ」
「クソ生意気だったあいつが主将かー」

 口々にそんなことを言いながら、『伊達の鉄壁』の横断幕の後ろまで下りていくと茂庭が手すりにもたれ掛かる。それに笹谷と鎌先も続いた。

「いいなあ…」

 はあ、と茂庭がため息を吐く。ちょうど、鎌先も同じことを考えていたところだった。きっと笹谷もそうだろう。

「そうだなあ」
「俺もあそこに立ちたかったなあ…」

 バレーをしている以上、選手として少しでも長くコートに立ちたいのは当たり前だ。茂庭達にだって、本当はずっとバレーを続けたかったし、続けられる選択肢はあった。続けたいと言えば、続けられただろうが、茂庭達はそれをしなかった。

「俺達だって、もっと先輩達がバレーしてるの見たかったッス」
「それに茂庭さんはおっぱい大きいし、デカくて絶壁の二口なんて男と一緒です。見ても楽しくないですよ」
「なんで引退しちゃったんですか」

 茂庭の呟きに気がついた部員達が怪訝そうに訊ねてくる。彼らを振り返って、茂庭はふふ、と笑っていた。鎌先も笹谷も同様に笑っていた。

「あー、そりゃあな…」
「先輩としての意地かな。最後のね」

 自分たちは後輩たちのための土壌になると決めたときからずっとインターハイで引退すると決めていた。決めていても割り切れなくて、ぐしゃぐしゃに泣いてしまったが、それでも顔を上げることができたのは、茂庭の先輩としての意地があったからだ。
 今、コート上にいる二番の二口はもうすっかり主将の顔をしているし、その隣で鉄壁のようにそびえ立っている一番の青根は間違いなく伊達工自慢のエースブロッカーだった。新しく三番になった小原や作並、他のメンツも選手の顔をしていた。

 彼らが少しでも長くコート上で活きることは茂庭達三年が活きること。
 最後まで意地を張った甲斐があるというものである。

「さっき、茂庭のおっぱい大きいって言った奴誰だ?」

 茂庭がきれいに締めくくろうとしたところで鎌先がどこかドスの利いた声を上げる。部員群の中から一人、ヒイッ、と短い悲鳴を上げるのが聞こえた。手すりにもたれ掛かっていた茂庭はため息を吐きながら後ろを振り返った。

「あーあー、あんまり口滑らせたなあ。茂庭、最近鎌ちと付き合い始めたばっかでな…敏感なんだ、こういうの」

 笹谷がそんなことを言いながら、茂庭の胸に触れる。割と日常茶飯事だったので、茂庭は今更咎めることもしない。しかし、観客席の部員達はいやいや、あんたが一番すごいことやってるよ、という顔をしていた。

「ゴルァ! 笹やん!」
「何言ってんだよ。元々触ってただろー。ちなみにクラスじゃもっと触ってます!」
「んだと! 笹やんでもそれは許せねえ! 俺もまだ触ったことねえのに!」
「マジかよ、茂庭まだ処女か!」

 そろそろ収拾が付かなくなりそうだから、茂庭は大きなため息を吐いてから、両拳にはーはー息を吐きかける。

「勝手に人の性事情バラしてんじゃねえよ! バカやん! バカち!」
「イッテー!」

 顔を真っ赤にした茂庭のゲンコツは見事二人の頭にクリーンヒットした。
 主将としての役割を終えた茂庭にはまだ、この二人のバカの手綱を引っ張る役が残っていた。しかし、卒業すれば笹谷はそこから抜ける。それからはずっと鎌先のセッターとして生きていくのだろう。

(これからもずっと、トス上げるって決めたんだもんな)



end

(140917)
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