タイム・ライダー | ナノ



「皆のもの、面をあげい」


それを合図にゆっくりと顔を上げた。目の前に鎮座する大柄な男の人。堂々とした風貌だが、何処か繊細さも感じられる優しそうな人だった。
吸い込まれそうな澄んだ目に私は釘付けになった。

その人は部屋をぐるりと見回した後、私に目を向けた。
ばっちりと合わさった目。人と話す時は相手の目を見る、これは私が教えられた礼儀。でも恐らく此処では違う。身分の高い方に対し、下の者が同等に目を合わす事なんて許されていない。現に他の人達は顔を上げていても目線は少し下に向けている。
この“おやかたさま”に失礼にならないよう目を合わせてはいない。

その事実にハッと気付くと、私は急いで視線を逸らした。


「幸村、ご苦労であったな。して、申状に書かれておった罪人とは隣の娘か」

「はい左様にございます!この幸村では罪状を決め兼ねます故、お館様に置目に添い下知して頂きたく参上した次第にございます」

「ふむ。罪状、のう……」


おやかたさまは右手で顎を擦り上げると、今度は私に話しかけた。


「娘、そちの名は何と言う?」


は?名前……訊くんですか?
その問いに一瞬呆けた私は、癖でまた相手の視線を合わせてしまった。
名前を言う、自分の名前、なまえ。そう頭でぐるぐる巡って居るのに、口は震えて歪むだけ。


名も言えぬのか。
名など貰えぬ親無しかも知れませぬぞ。
早よ言わぬか。


背中から私への悪態が吐かれる。どの声も小さくとも圧力は十分で、余計に喉を詰まらせてしまった。


「焦らずとも良い、ゆっくりと申してみよ。儂はそちの名を知りたいでな」

「は…い」


一呼吸置き、私は自分でも忘れて終いそうになった名前をこの人に告げた。


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