タイム・ライダー | ナノ



はらり、と木屑が舞い降りたのが最後のようで、これ以上天井から変な物(または人)が落ちてくる様子はみられなかった。
鈍い大きな音を立てて尻餅を着いた人と、それとは対称的に空中で一回転をして見事体勢を立て直し、綺麗に音も無く着地した人。以上の二名が私の目の前に降ってきた。
男の人が二人も落ちてきたんだ。天井に大きな穴でも空いたのかと仰ぎ見ても、それらしいものは窺えない。
何も変わった様子は無かったけれど、ただ気になったというか気付いたのは、私の真上に二本の楔型した手裏剣が突き刺さっていた事。
夜でも光らないよう塗装し、拵えられた鋼は、眩しい春の日差しに反射しなくても存在感は十分にあった。

あの手裏剣を投げたのは、きっと穴山さんだろう。
さっきの何気なく振り上げた右手に、あんな物騒な物を持っていた様には見えなかった。うん、…恐ろしきかな超人忍び。


「お初にお目に掛かります。真田忍隊が一人、筧十蔵と申します」

「左に同じ、由利鎌之介と申します。以後お見知りおきを」

「あっ、と、どうも。えと、名前と申します…」


膝を正して向き合う同じ年頃の三人が頭を下げて名乗り合うのは構わないけれど、私は至極真面目な顔をした彼等の頭頂部の瘤に目が行って仕方が無かった。
家忍の術が失敗に終わったのは鎌之介がいたからだ。とそっぽを向く筧さんと、頭を押さえて踞る由利さんの両名に見事な拳骨を喰らわした霧隠さんは、涼しい顔で読書の続きをされていた。


「(頭蓋骨が割れるんじゃないかってくらい良い音がしたけど、お二人とも平気なんだろうか?)」


首を傾げる私の前で、痛い!痛い!と連呼する由利さんが不憫に思えて、覗き込むように大丈夫ですか?と声を掛けてみた。すると、頭を抱えたまま顔を挙げて、にかっと白い歯を見せる。
あんなに痛いと嘆いていた割にはそんな風に見えなくて、パチパチと不思議めいて瞬きを繰り返せば、ははっ目が真ん丸だね!と笑われた。


「だめじゃないか、簡単に人を信用しちゃ」

「無理を言うな。この方は忍びでは無い、至って普通の娘だ」

「そうだけどさぁ、今まで散々な目に遭っておきながら疑う事を露ともしないなんて、人が良すぎるだろ?」


同意を求められ、それは一理あるが…。と腕を組んで肩を竦めた筧さんを見て、由利さんは正座をしていた脚を崩すと、気を付けた方がいいよー?と人懐っこい笑顔を見せて、私に要らぬお節介をやいた。


「(こ、この人達失礼だ!私を試したっていうの!?失礼な男が束ねる組織は礼儀を知らない人が多いのだろうか)」


尖らせた口許を隠し、焼けるようにむかつく胸を抑えようと湯呑みを持ち上げたが、お茶はいつの間にか飲み干していて中身が空っぽになっていた。
この胸中を何処に持っていこうかと、逃げ場の無い苛立ちを湯呑みを握る手に送る。力が入り、爪の先が白く変化した。

きっと今の私は眉根を寄せて恐い顔をしているはずだ。これも全て、私を一人にして戻って来ない佐助のせいだ!幸村さんを後ろ盾にして佐助に無理難題をぶつけてやろうと、悶々と思想を巡らせて密にニヤついている所に、筧さんが拳一つずらして近寄って来た。

脚を崩して胡座をかいている由利さんとは違って、凛とした姿勢を保ち鼻先を真っ直ぐ私に向けて見据える姿に、咄嗟に身構えて渇いた喉をごくりと鳴らした。


「一つ、お尋ねしても宜しいですか?」

「な、なんでしょうか」

「僕はこれまでに幸村様の噺を拝聴し、忍長や海野さんから貴女のご様子を幾度となく耳にしておりましたが、どうも腑に落ちないのです」

「…え、腑に落ちない?」

「左様。このように己自身の眼で諦視しても朧月夜の下、上田の勇猛な数ある兵の刃をかい潜れるほどの能力を持ち合わせているとは到底思えず、僕は解せぬのです」


何か妙策が有りて逃れたのでは?と神妙な面持ちで訊いて来る筧さんは酷く真面目で、その私を捕らえたままの両眼の奥に潜む光は、異質な者を見るようなそれでは無く、ご享受願いたいと師に請うる弟子のような澄んだ輝きを持っていた。


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