無言が続く中、廊下の踏み板の音だけを響かせて距離をとって歩いていた。
暫くすると左手に小さな庭が見え、そこには老木がひっそりと根を張り桜の花を咲かせていた。
それは繊細と云うには遠く、寧ろ力強く開く花は、数は少なくともひと花ひと花短い時間を懸命に生き咲いているように思えた。
「(お城周辺の桜とは違う美しさがある…)」
「ところで名前殿、」
意識を老木に奪われていた私の前を歩いていた穴山さんが、一房に結われた襟足を靡かせて振り返った。
幸村さんにそっくりな顔が私を確認してにこりと微笑むのだけれど、幸村さんに見えて幸村さんじゃないからややこしくて戸惑ってしまうのは否めない。それに幸村さんと同じように私を“名前殿”と呼ぶものだから尚更だった。
「私が幸村様ではないと、どのようにしてお気づきになられたのですか?」
……これもまた驚いた。
肉声も変える事が出来るみたいで、今出している声は穴山さん本来のものなのだろうか?さっきまで出していた幸村さんそっくりな声よりも、少し低く調子も落ち着いて柔らかい話し方だった。
「え、ど、どのようにって?」
「私は幸村様の影武者として。また、城代として御言を承る身にございます。城主の身代わりとなりて振る舞う私がこうも易々と違うと見破られてしまっては幸村様の御命に係わりましょう。それに、同胞(はらから)の間でも主と私の区別はつかぬと申しますのに、貴女様は一体どのように?」
再度詰め寄られた。どのようにして見破られたのか教えて欲しいと、修業を重ねて主の要望に一片の狂いも無く応えたいんだ。と、凛と背筋を伸ばして私を見据えてくる。
と言われても、どう言っていいのか分からなかった。後ろ姿だけだったら、佐助ですら見分けがつかないかもしれない穴山さんの振る舞い。でも、強いて言うなら……私が変だと違和感を感じ始めてしまった発端は、そう―――
「…目、でしょうか?」
「目に、ございますか?」
自信が無いから疑問を臭わせて答えてみたけれど、穴山さんは右手の指を目頭に当てて、なるほど。と呟いた。
「目の流し方か…はたまた瞬きの回数か…。否、目は口ほどにものを云うとある、内なる意志の発し方だろうか?」
何という分析の仕方だろうか!この人っていつもそうやって幸村さんの一挙一動を観察して、身体に染み込ませ影武者として振る舞って居るんだろうか。
そりゃ見抜くのも難しいはずだよ。誰も見抜け無いから幸村さんはこの人に上田城を任せて、毎日躑躅ヶ崎館に来てるんだ。
…てか目の流し方って何。え、幸村さんって実は色男?
「あのー。そんな瞬きの回数とか内なる意志とかなんて私は全くもって汲み取れていませんので、そういう所じゃ無くてですね?」
「では、どのような?」
「ど…どのようなって、ほ、ほら。う、上手く言えないんですけど、こう…雰囲気?」
「ふむ、雰囲気と」
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