ささやかな優しさ


「それじゃあ怖い話でもしてやろう」

そう上から目線で言ったのはゴーグルマント…で有名な鬼道有人だ。今日は佐久間と源田と私で鬼道さん家に泊まりに来たのだ。皆で話している内に佐久間が夏だった怖い話とかしてさ…と口を滑らせ冒頭の鬼道さんの台詞だ。しかし、何故冬に?と聞けば私が怖い話というか幽霊とかそういう類のものが苦手だというのを知ったかららしい。なんて迷惑なと思いつつ笑顔で遠慮の言葉を言えば手を掴まれてしまいました。どうやら、強制的に聞かされるようです。せめて心の準備の為に佐久間からペンギンの抱き枕を奪ってきました。

「よ、よし…一番怖くない話をお願いします」
「嗚呼、俺が知っている中で一番怖いであろう話をしてやろう」

どうやら鬼道さんは私に嫌がらせをするのが好きなようです。もしくは私の話を聞く気がないようです。誰か助けてください。と心の中で思った所で誰も助けてくれるわけがなく、私はペンギン抱き枕をぎゅっと抱いてまだ何も聞いていないけれど襲い来る恐怖に打ち勝つ為に…いや、少しでもほんのちょっとでも紛らわす。紛らわせる事が出来る気がしない。

「…耳を塞いだりするなよ?」
「無理っす、もう限界っす…鬼道さんの鬼畜ー!!」
「……何を今更」

フッと小さく笑って鬼道さんは勝手に話し始めた。鬼道さんの話はどうやら養父から聞いた話らしく、今居るこの屋敷…鬼道邸に関しての話だ。

昔、一組の男女が道に迷ってこの屋敷になんとか辿り着いたらしい。男女共々金が無かったのかやややせ細っていたようで当時、この館を管理していた管理人が二人に色々と食料を分け与え、更に夜も耽っていたという事で一晩泊める事にしたらしい。男女はとても喜んだ。昔よくある事だったらしいが身分違いの恋をして駆け落ちしたようだ。食事後、男女は満足して一つの部屋でぐっすり眠ったようだが月が真上から降りはじめた時、管理人は屋敷内を見回っていると話し声が聞こえた。それはあの男女に貸した部屋からだ。管理人はゆっくりと部屋に近付いて少しだけ扉を開けて中の様子を伺うと、先ほどよりもしっかりと話し声が聞こえてきた。

『あの管理人、どうしてくれようか』
『あれを相手にすると我等の存在が知られてしまいます』
『ならこのまま放っておけと?』
『それが一番です…それにどうせ明日には鬼の道は消えてしまいましょうに』
『それもそうだ』

二人の話し声はここで終わったので管理人は急いで、だけど静かにその場から立ち去った。その途中何度も頭には鬼の道という言葉が廻ったらしい。そして次の日の朝、男女は何も無かったかのように屋敷の前の道を歩いていなくなった。そして管理人は気付いた。屋敷の前には道が無いのだ。屋敷の左右に道はあっても真ん前に…しかもこんなに整理された道は少なくとも無いという事に。ハッと前に続いている道を見るとゆっくりと消えていったらしい。


「お前は屋敷の前の道から来ていないか?」

そう最後に問い掛けられた時、私はこの家に来た時を思い出した。そう、私は屋敷の前にある道からここまで来たのだ。その瞬間背筋に寒気が走って腕には見えないけれども鳥肌が立っている事がわかった。私は抱いていたペンギンをその場に置いて鬼道さんに抱きついた。これが夢だと確認したかったのかもしれない。目にはどんどん涙が溜まって溢れていく。小さく呻き声を出せば鬼道さんは優しく私の頭を撫でて苦笑混じりに謝罪の言葉を告げた。

「スマン鈴音…完全な作り話だ」
「は………はい?」
「この屋敷の前に道は普通にあるし、昔男女がここに泊まったという話は無い」
「…え?ちょ、何…佐久間じゃ無理だから源田説明して」
「つまり、全部鬼道がお前を怖がらせたいが為の嘘だ」
「ってか俺が説明無理ってなんだよ!!しかも俺のペンギン抱き枕を捨てやがって…」

ブツブツと佐久間は私が置いた…投げ捨てたペンギン抱き枕を手に取っている。源田はオカンみたいにでもどこか哀れむような笑みを浮かべている。そして私の頭を撫でている鬼道さんは満足そうな顔をしていた。私はというと吃驚すぎて涙が止まったようだ。鼻をずずっと鳴らして鬼道さんのデコに一発デコピンを食らわせた。

「あっりえない!こうなったら鬼道パパに言いつけてやる!!私、本当の話だと思って…もう鬼道さんのばーか!!」
「でも、鈴音の泣き顔が見れたから俺としては大満足だ」
「滅茶苦茶怖かったっつの!もう今日一人じゃ寝ないよ…」
「なら俺が一緒に寝て…」
「佐久間のペンギンと一緒に寝る!佐久間ペンギン貸してー」
「仕方ね…いや、お前さっき捨てたし貸すのやめた」
「っ!!?」
「それじゃ俺と佐久間は先に寝るな?」
「ああ」

二人がおやすみと言ってこの部屋から出て行くと私と鬼道さんの二人きり。一度断ったからやっぱり一緒になんてとてもじゃないけど言えない。私はそこまで神経図太くない。けれどこのままじゃ明日の朝まで眠れる気がしないのだ。鬼道さんをチラッと見ると私の目の前に居て、私の視界は鬼道さんの寝巻きでいっぱい広がっている。

「さて…どうする鈴音?一緒に寝てやらん事もないが?」
「えー……一緒に起きててやろうか?って選択肢は無いの?」
「あるわけが無い。俺も結構眠いしお前だって頭が船を漕いでるぞ」
「……わ、私は怖いから一緒に寝るんじゃなくて、寒いから鬼道さんのベッドに入り込むだけだから!」
「それでも良いだろう、さあ寝るぞ」
「私が寝るまでは起きててください」
「知らん」

鬼道さんの部屋のベッドは私が思ってたよりも大きかったけれど二人でぎゅっと抱き合ってそのまま直ぐに私は寝てしまった。少なくとも私の意識がある内はまだ起きていたであろう鬼道さんは意地悪で鬼畜だけど優しい人だなって思った。感じる暖かさに私は身を寄せた。


ささやかな優しさに微笑みながら


朝起きたら目の前に鬼道さん…しかもゴーグル無しの寝顔があって吃驚しつつもニヤけたのは私だけの秘密である。


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