そのまま預けて―?




私はただ、暗闇の中を走っていた。

何も見えない。

どっちが右でどっちが左で…上も下も前も後ろもわからない。

音も聞こえない。

何の感覚も無い。

どこへ行けばいいのかもわからない。

私はただ、暗闇の中を泣きながら走っていた。

誰かに会いたくて、会いたくて。


その時、声がした。

私の意識は一気に浮上していった。



「ん…?」
「葉山さん……大丈夫ですか?」
「あか、ねくん」
「良かった…すごく、魘されてましたよ?嫌な夢でも見てました?」

私を見て苦笑が混じったような心配そうな笑顔をしている明音くんがいた。
真っ暗な夢の中には無かった…求めていた物が今、ここにある気がする。
何も言い出さない私の頭を優しく撫でてくれる明音くん。
そんな明音くんの優しさが身に沁みて嬉しさと切なさでいっぱいになった。

「怖い夢、見た…うん」
「どんな夢だったか、聞いてもいいですか?」
「何にも無い夢。ただ暗闇の中を必死で走り回る夢。それ以外に何をすればいいか知らない夢…だった」
「…自分で見て見ないと何とも言えないけど、怖い夢ですね」
「うん、でもね…」
「…?」

真っ暗闇の中、確かに聞こえた声。
それはただ、起きる直前だったから偶然聞こえた明音くんが私を起こす声。
何も見えない、聞こえない空間で唯一聞こえた、愛しい人の声。
そして、会いたくて会いたくて仕方が無かった人。
私にとって明音くんはそれだけ、それ以上に大切な人なんだって思わせるような夢。
思わせるとは言っても、それは事実なのだけれど。

「でもね、明音くんが助けてくれたんだ!明音くんの声が最後に聞こえた」
「あんなに魘されている葉山さんを放っておくなんて、僕には出来ないですから」
「そのおかげで夢から覚めたんだけどね!…夢でよか、った……」
「…え、ちょ…葉山さん?!」

他の人には見せない私だけが知ってる優しくてふんわりとして、それでいて心強い笑顔。
それを見ただけでこんなに幸せでこんなにも支えになっている笑顔。
私は急に安心して目から水分を流した。
オロオロしている明音くんは可愛かった。
どうしようかと悩みながらも私を抱きしめて、背中を軽くポンポンと叩いてくれた。
私は止まらない涙を放置して、明音くんの体温を感じた。

誰もいない教室には外で部活動をしている運動部の声が切れ切れに聞こえる。
教室に入ってくる光りは透明な物からオレンジ色へと変わっていた。
冬は陽が落ちるのが早いからさっさと帰らなきゃな…なんて思いながら明音くんに身を預ける。
すると小さくクスッと笑う明音くん。
視線を明音くんに移せば嬉しそうな笑顔だった。

「ん…ど、した?」
「いえ。葉山さんがこうやって僕に身を任せてくれる事が嬉しいんですよ」
「そ………あかねくん、あったかい」
「葉山さんも暖かいですよ」

ぎゅっと明音くんを抱きしめてみれば更に密着してすっごく暖かかった。
さっきまで見ていた夢がどんな悪夢だったのか、もう忘れてしまった。
所詮、それだけの夢だったってだけの話だ。
でも、ちゃんと、覚えてる…最後に明音くんが私を助けてくれたという事だけは。

泣き止んだ私を明音くんが見れば、まだ残っていた涙を拭ってくれた。
そして一旦離れる私たち。
差し出される明音くんの手を握れば、抱きしめていた時よりうんと冷えている手だった。

次は私が貴方を暖かくしてあげる番だから、
 そのまま私に預けて―?


(あれ、やなぎんと鈴音ちゃんだよね?)
(本当だ…あ、手繋いでるー!)
(マジか?!や、柳君はやらんぞ!!)
(仙石、柳はもう葉山のものだぞ?)


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