いっそ潔いほどにばっさりと短く切られた制服のスカート、そこから覗く滑らかな足から視線を逸らすようにちろりと視線を動かした。電車がごとりと揺れるたびに、柔らかくミニスカートもいっしょに揺れる。あ、ほら、見えちゃいそう。いくらなんでも見ず知らずの女の子のスカートを凝視する趣味は持ち合わせてはいないキョウヘイも、今回ばかりは気にせずにはいられなかった。何せその女子生徒は彼が座る座席の目の前に立っているのだ。大して混んでもいないのだから座ればいいだろうに。顔すら知らない女子高生にそう忠告するのは気が引けるが、今回ばかりは、そう今回ばかりは致し方なかった。単語帳を開けば視界の隅に短いスカートが踊って、携帯を弄っていてもどうしてもそちらに目線が行ってしまう。不可抗力だ。不可抗力。そう何度も言い聞かせながら深呼吸をひとつして、ただ一言言えばいいだけなのに何故かからからに乾いている喉から、無理に言葉を捻りだそうと、した。
 意を決して顔を上げた途端、当の女子生徒とばっちり目が合ってしまう。気まずい、というのがほんの一瞬だけキョウヘイの頭によぎったが、それを打ち消したのはほかでも無く、よく見知った顔が浮かべたしてやったりという意地の悪い笑顔だった。

「久しぶり、元気にしてた?」
「…そりゃそうですよ」
「あはは、いつ気付くかずーっと待ってたんだけど、ずーっと下ばっかり見てるんだもん。そろそろ声かけようかと思ってたの」

 かあ、とキョウヘイは自分の顔に一気に全身の熱が集まってくるのを感じた。スカートが気になっていただなんて言えるだろうか。そんなわけがない。キョウヘイはこの調子の良い先輩に、尊敬以外の別の何かの混じった感情を向けているのを自覚していた。こんな些細なことで、もし彼女が機嫌を損ねてしまったらどうだろうか。罵られるかもしれない。嫌だ、そんなの堪えられない。俯いたまま返事を寄越さないキョウヘイに、しかし彼女は、トウコはなんの懐疑も抱かぬ様子であった。ぽす、と音がして、キョウヘイの座席の横が沈む。

「あーあ、もうやだやだ勉強勉強で。いいわよねえ、一年生は気楽でさあ」
「気楽じゃないですって」
「気楽よ!いいなー、あたしももっかい一年生になりたいなあ」

 トウコは溜め息をつきながら深く席に腰かけた。キョウヘイが言葉を挟む余地など殆どなく、彼女の言葉だけが人の少ない車両に響く。ローカル線の窓の向こうには、真っ赤になった夕日を背に、ぽつりぽつりと灯りのついた家々が点々と並んでいた。冬の空気は肌を刺す。窓に触れた箇所から吸い上げられていく熱はどこか、いつか訪れる、彼女のいない高校生活を思うのに似ていた。トウコは女子高生かと思うような姿勢にまでずるずると落ちていく。ほらそんな格好しないでくださいよ、と小さな声で注意するキョウヘイの言葉よりもさらに小さく、小さく、彼女はつぶやくように言う。

「そしたらさ、あたし、あと二年間もキョウヘイといっしょにいられるのに」

 それか、ぼくがあと二年早く生まれてたら、よかったのに。そう続けて言えるだけの勇気を、あいにくとキョウヘイは持ち合わせてなぞいなかった。そうですね、の一言すら返せずに、キョウヘイは口を噤む。ああ、そう簡単に言えるようだったらどれだけ良かっただろう。
 ふわり、零れ落ちたちいさな呟きはだれにも掬われないまま、ぬるい暖房の空気に霧散した。





(12.08.07)

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