×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -
■十年桜

校門へと続く坂道。
登り切るとコンクリートの庭があって、その先に校舎の玄関、左手にグラウンド。

瞳を閉じると浮かんでくる景色。
卒業式から10年、遅い遅い「ただいま」を言いに、私は懐かしい学舎への道を歩く。

東京の大学に進学して、就職も向こう。
新卒で入った会社で今も働いていて一人暮らし、ついでに独身。
一年に一度、お正月に帰るだけになった故郷。
だけど、たくさんの思い出がそこにはある。


特に高校時代の思い出は──今も忘れられないものばかり。
人生で初めての彼氏が出来たのもそう。
隣にいるだけでほっとする、そんな人だった。

1学期の中間テストの前、試験直前で部活のない彼と珍しく一緒に歩いた帰り道。
「友達」から一歩を踏み出したのは確かそんな頃だった。
「好きだよ」とか「付き合ってください」とかそういう言葉は言い慣れてなくて、互いに幾度も逡巡を繰り返した。
結局───、「付き合おう」って言ってくれたのは……スガくんだったな。

「うん」って答えるだけで精一杯。
スガくんの部活がない時に手を繋いで帰るとか部活の終わった休日に夕方待ち合わせしてお茶するとか、そんな「お付き合い」だった。
部活部活、スガくんはいつも部活が中心。

だけど、「大学生になったらもっと一緒にいられるから」って言ってくれて、受験勉強も二人で頑張った……ハズだったんだけどなぁ。


そのことを思い出す時、なんというか今でも込み上げる苦い感情。
ぶっちゃけ───気まずい。
いや、もう時効だとは思うし流石に引きずってるとかじゃないんだけど……どっかでちゃんと謝っとくべきだったなとはやっぱり思う。

連絡先はもう知らない。
大学の時に思いきって携帯番号を変えた、それっきり。
アドレス帳にスガくんの名前はない。

なんということはない、間抜けな話。
部活漬けで3学期までバレーボールを続けたスガくんは無事東京の大学に合格した。
それなのに───、私は受験に失敗。
仙台の予備校に通うようになった私に、スガくんからは何度も励ましのメッセージが届いた。

だけど、会えない時間は寂しくて、東京暮らしのスガくんが羨ましくて、「可愛い女の子に囲まれてるんじゃないか」って心配で……メッセージを返すのは間遠になっていった。

『受験、集中したいし。』

そんな言葉を言い訳にして、声も聞かずに別れたのだ。
ずっと応援してくれたのに、支えようとしてくれたのに、受験に失敗したのは私が悪いのに。
それきり───謝罪もできないまま。


「未だ独身なんてやっぱバチが当たったかなー。」
大学で彼氏はできた。
付き合ったり別れたり、浮気されたり、私も合コンとか行っちゃったり。
社会人になって、それからは結構真剣交際って感じで……プロポーズもされた。

されたんだけどね、フラれちゃった。
「他に好きな子できた」って、社内恋愛なのにマジシャレになんない。

そんなきっつい出来事の後、なんだか急に懐かしくなって週末を利用してこの街に戻ってきた。
10年も来たことなかったのに、不思議だよね。
大失恋した後に、ここに戻って来たくなるなんて。

純粋でひたむきだったあの頃が懐かしくて。
この場所でなら、言えなかった「ごめんね」を言える気がして。
───そこに彼がいるわけじゃないのに。


まるでお祓いか何かみたいと苦笑したところで校門に辿り着いた。
懐かしいな。
10年経っても変わらない、校門に刻まれた「烏野」の文字、校舎の壁、校庭脇の大きな木。

校舎の裏手に回ってみる。
グラウンドで野球部が練習していたから、もしかしてバレー部も……なんて、わお!センチメンタル。


「あ……。」
ドキンと胸が鳴る。

だって……
体育館、ボールの弾む音とシューズを軋ませて走る学生の声。
ああ、いつもここにスガくんの練習見に行ったなってすごく……すごく懐かしい思いが込み上げてくる。

ザァ……と風が吹き抜ける音がした。
渡り廊下の脇。
空を仰げばそこに、そびえたつ桜の木がある。

桜の花はもう半分散ってしまって、けれど春の余韻が目に眩しい。
葉桜を見上げて、大きく息を吸い込んだ。


(……ごめんね。)

今なら言えるよ。
勝手にヤキモチ妬いてごめん、自分が悪いのに拗ねてばかりでごめん。
ずっと……謝れなくてごめん。


「すみません、外部の方ですか?」

「え……!」

体育館から聞こえた声に慌てて振り返る。
大きく空を仰いだ姿勢を急に戻したせいでバランスを崩しかけて、

「わ、っと……!」
思わず声が出た。


その背中に、触れた───暖かな手の平。

「三日月……?」

「え、ヤダ!うそ……え、ええええ??!」

少しだけ癖のある柔らかそうな髪、大きな瞳は驚きに見開かれて、その瞳の下に、

(泣きボクロ……わ、変わらないっ!てそりゃそうか。)


「す、スガくん……?」

「お、おお!その声ってやっぱ三日月だよな。一瞬わかんなかった!」
一瞬で笑顔に変わる表情が……ああ、本当にスガくんだって実感させる。
だって変わらない、この笑顔も。


「あ、あの……どうしてココに……。」
幻──なワケないし、でもこんなに都合よく思い描いていた相手が現れるなんてさすがにビックリだ。

「俺、烏野で教師やってるんだ。で、バレー部の顧問。」
ニッと歯を見せて笑うその顔に、思わず見とれた。

見とれて、だけど急に胸が締め付けられて、悲しいような苦しいような、そんな気持ちになる。

「そ、なんだ……。」
スガくんが教師かぁ、なんか似合う気もするなとか。
やっぱバレー部なんだ、本当好きなんだねとか。
本当に変わらないねとか……いろんな言葉が頭を過ぎったけど、そのどれも形にならない。

だって、今喋ったら本当……声震えそう。

でも、言わなきゃ。

「あ、あのね。」
これだけは。

「あのね、スガくん……いッ、今更なんだけど。」
これだけは言わなきゃ。

「今更かもだけど……けど、あの……私、ね。」
桜の木に告げようとした言葉、本当に言うべき相手がそこにいるんだから。


「ごめん。」
ずっと言いたかったの、ごめんねって。
だけど言えなかった、だからそのことも……ごめん。

ようやく告げた言葉の後、俯いた私に「アハハ」と大きな笑い声が降ってきた。

「え、ちょ!そこ、笑うとこ?!」

「あはは!だってさ、三日月本当変わんないなぁ。」

「え?」

「そうやってなんでも深刻に考えちゃうとことか、変わんないな。」
戸惑う私にスガくんがくれたのは、やっぱり笑顔だった。

「俺、受験勉強してる三日月のこと実は地元に残ったヤツからも結構聞いてたんだ。」
そうなの?
そんなの誰も言わなかったから、知らなかった……。

「スパイみたいでキモイって言われそうで言えなかったんだけどな。」
笑うスガくんの目の端に小さな皺を見つけて、そのことになんだかほっとする。

「なんとなく、フラれるってわかってた。」
白い歯が隠れると、見つめるのは暖かな眼差し。

「俺の方こそ、ごめんな。」

「えっ……。」

「三日月のこと、ちゃんとわかってやれなくて。」

「そんなの……!」
そんなの違うよと言おうとしたけれど、言葉はスガくんの瞳に吸い込まれて……

「必死さ足りなかったなって今は思う。あの時の俺、やっぱ逃げてたんだよな。」
風が渡り廊下を抜けていく。

「三日月とモメるの嫌だし、受験の邪魔はやっぱしたくないとか自分に言い訳してた。もっと追いかければよかったのに男らしくなかったよな、俺こそごめん。」

違うよって首を振るだけで精一杯だった。
もっともっと言いたいことがあったのに、言わなきゃいけないことがあるはずなのに、どれも───言葉にならない。


「だけど、今日三日月に会えてよかったよ。」
ほっとしたみたいにスガくんは目を細めて言った。
目尻の皺、昔よりももっと落ち着いた微笑み。

変わらないものばかりじゃない、変わったものも……きっとたくさんあるね。
少しだけほっとして、同じだけ寂しくて。


「私も……なんか、ありがと。」

私も変わったよ。
でも良いことばかりじゃないかも。
フラれて落ち込んで、ちょっぴりヤケになって、だけどヤケにもなりきれなくて……あ、なんていうかこれって典型的なアラサー女?!!

なんかヤバイかも!
そう思って考え込んだら、

「ホラ、それ。」

「え、」

「三日月の悪いクセ。」

「や、あの……だけど、コレは……!」
「色々あったの!」と言い訳したら、また笑われた。


「色々って何?」

「や、だから色々だって。」

「うん、だから何だって?」

「仕事……とか、まぁ恋愛とか?」
モゴモゴモゴ。
てか、なんで私スガくんに詰問されてんだ?
そう思ったけど、

「そっか、色々か。」
スガくんは一人納得したみたいに頷いて、

「そうか、三日月が色っぽくなったのは色々あったからなのか。」
そう言ってまた頷いた。

「なっ……い、色っぽ……いィィィ?」

「うん、色っぽい。」
って!
スガくんそんなこと言う人だっけ?違うよね?絶対違うよね??

そう……思うのに、

「あの頃も実は結構そういう目で見てたんだけどな、言えなかった。」

「!!!」

「三日月の太モモとかさいいなーって。」

「ぎゃあ!見ないで!今マジ太いから!むっ、むくんでるだけじゃなくていろいろ太いから!」

「いいじゃん、隠すなよ。」
どこのオヤジだ!と突っ込んだら、「だって俺、今年28だよ」と平気で言う。


「三日月。」

「なんですか、オジサン。」

「オジサンはひどいでしょ。」

「自分で言ったんじゃん。」

「あ、そうだった。」
なんだか懐かしくて、だけど新鮮なやりとり。
変わらないもの、変わり続けるもの、そのどちらも……今はすごく心地いい。
気が付けば、私も自然に笑えてる。


「三日月、俺さ。俺も色々あったよ。」

「色々?」

「うん、色々。」

遠い日の忘れ物。
やっと「ただいま」が言えた気がした。

10年目の告白。
あの日置いてきた言葉を告げた今日から───また、変わるものもある。


「だから、きっと三日月の色々も今度は受け止められると思う。」

「ス、ガ……くん……。」

あの春交わした約束をもう一度。
ううん、「もう一度」じゃなくて、きっと……新しく始まる、想い。


「な。だから、三日月の色々、俺に話してみ?」

春の日の午後。
散りかけの桜の舞う裏庭で、時計の針は───確かに動き始めた。


[back]