■夏×ファーストキス(菅原編)
「ズバリ!ノヤッさんはこんなに格好いいのに、なんでモテないのか!」
体育館の隅に置かれたホワイトボードの前で、田中が身を乗り出した。
「子供っぽい……とかですかね?」
それぞれが意見を口にする中で山口がそう言って、それに俺も請け合った。
「確かに、デートしたらザリガニ採りとか連れてかれそうだもんなー。」
膝を抱えたままの姿勢で笑えば、
「ザリガニ採りはいくらなんでも!」
西谷が顔を歪める。
「えー、そうかぁ?」
「いくらなんでもないです!俺だってちゃんと!」
そんな会話はいつものことだ。
だけど、ちょっと違ったのは───
「ちゃんとってどんなだよー?」
「ちゃ、ちゃんとはちゃんとです!」
それが可笑しくて笑った俺に、
「すッ、菅原さんはどんなデートしてるんですか?!」
とコーフン気味に日向が突っ込んできたことだ。
「えー、俺かぁ?」
「教えてください!!」
笑顔で応える裏で、内心冷や汗。
嫌な予感がして、チラリと大地の方を見れば……案の定、ニヤけた顔がこちらを見ていた。
「図書館、てなぁ。」
「でも、本当のことだろ!」
大地がそれを蒸し返したのは、練習を終えた後の部室でのこと。
「まー、受験生だしな。で、菅原クン、その図書館デートの悩みとは?」
「………ッもーいいって言ってるだろ!」
顔が熱い。
気恥ずかしくて俯いて、思わずロッカーをバタンと閉じた。
「ロッカーに当たるなよ、スガ。」
「そんなんじゃないってば!」
くそー、大地め。
「別に……悩みってほどじゃないし。」
覚えてろよ、と呟いて、もう1人部室に残った旭を見るけど、頼りになんてなるはずもない。
「自分でちゃんと解決する!」
「ハハ、男らしーじゃん!」
むっとなって決意を口にすれば、大地が笑う。
「行こう、旭!」
「あ、待ってよ、スガ……!」
「おーい、置いてくなよ!」
───だけど、
まぁ……そうなんだよな。
「孝支?」
顔を寄せて囁く声。
「あ、え?お、おお……どうした?」
ゆいと肩を並べた図書館に、夏の西日が差し込んでいる。
「なんかボーっとしてる。部活、疲れた?」
上目遣いで見つめる相手、ゆいは───俺の彼女だ。
長い間友達だったゆいと、所謂お付き合いの関係になったのは、夏休みを迎える前の日。
終業式の終わった体育館で、隣のクラスのヤツに告られるゆいを偶然見かけてしまった俺は、焦りやら嫉妬やらで気が付いたら自分の気持ちを口にしていた。
ずっと好きだった。
今は友達だけど、本当の気持ちは違う。
他のヤツになんか渡したくないって───。
開き直りにも似た告白を、ゆいが笑って受け入れてくれた時は、思わず神様に感謝したくらいだ。
だけど、いざ付き合い始めてみれば……悩み事って意外に多い。
部活と受験勉強の両立を目指す俺に、ゆいと向き合える時間は少ない。
二人で会う場所は、気が付けば図書館が定番になっていた。
少し遠くに出かけたりとか、それが無理でも駅前で買い物とか、ゆいと一緒にしてみたいと思う。
だけど、悲しいことに受験戦争のまっただ中にいる俺たちには、そうやって過ごすだけの余裕がない。
そんな中で───18歳の健全な男である俺が、
「や、疲れたとかじゃなくて。」
「うん?」
「やっぱなんでもない。」
触れるほどの距離で囁く声に、もどかしい想いを重ねているのは言うまでもなかった。
大地は笑うけど、結構大問題なんだぞ!
図書館は人目があるし、第一この神聖な学びの場で……キ、キスとかやっぱ無理だろ?
というわけで、だ。
俺たちのファーストキスは、未だお預けになっている。
キス、したい。
ゆいに触れたい。
もっとイチャイチャとかしてみたい。
って!せっかく付き合えたのに、これじゃまるで生殺しだ。
だけど、
「なんでもないとか言われても気になる。」
小さな声でそう言って、机の下で絡まった指先。
クーラーの効いた中だというのに、じんわりと汗が滲んだ。
「や、あの……。」
周囲に人はまばらだ。
だけど、誰もいないってわけじゃない。
並んだテーブルに二人、俺たち以外の人がいることを素早く確認する。
本を手にして顔を伏せた中年の男の人。
俺たちと同じように参考書を広げた───だけど、高校生って感じじゃないから大学生かな?
「あー、えっと……なんていうか。」
その内の一人、大学生が席から立ちあがった。
背を向けて、書棚の向こうへと消える……その瞬間。
「!」
触れた、口唇。
「こ、うし……。」
「ご、ごめん。だけど、俺……ずっとゆいとキスしたかったから。」
ヤバイ、顔から火が出そう!
滅茶苦茶恥ずかしい!
ていうか、せっかくキスしたのに、一瞬すぎてよく覚えてないし!
「ぷ。」
「え、」
「だって。」
両手で口を覆って、声を殺してゆいが笑う。
ますます顔が熱くなる気がした。
つーか、マジ……変な汗出てきた!
だけど、焦る俺にゆいが囁いて、
「嬉しい。」
「ッ!」
そんな風に言うから、また違う汗が噴き出てきた。
キスした感触はやっぱり思い出せなくて、だけど笑うゆいの顔は───きっと一生忘れない。
「もう1回、帰りにしてね。」
頬杖をついた横顔に言われて、繋いだ手を握り返す。
夏の夕暮れ。
図書館で重ねた秘密は、俺たちの宝物になった。
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