■On your mark!
届きそうで、届かなくて。
手を伸ばしてみたいと思うけど───臆病な俺は、未だにそれをできないでいる。
「それでね、結局寝てただけって言うんだけど。」
三日月は今、俺のすぐ隣にいる。
「やっぱりさ、違うんじゃないかなって。でも疑うのとかセーカク悪いかもって思うし。」
なのに、話に出てくるのは、いつだって俺じゃない。
それに、
「どう思う?やっぱさ、あやしーって思う?」
三日月の携帯電話は机の上に置かれたまんまだ。
「あ、」
チカチカと点滅した携帯に、三日月の手が伸びる。
それから───伏せられた目蓋。
「……ユリから。」
独り言のようにそう言って、携帯を机の上に戻した。
嬉しそうな顔、ちょっと照れた顔、自慢そうに笑う顔。
寂しそうな顔、傷ついた顔───俺は、たくさんの三日月を知ってる。
だけど、
それは全部、俺のものじゃない。
携帯電話のメッセージを待つ相手も、俺じゃない。
プレゼントにもらったんだってマスコットをバッグにぶら下げて、三日月がいつも待ってるのは……「アイツ」、三日月の彼氏だ。
「あ、それでね!」
そんな風に愚痴を言うならもう止めにしたらと思うけど、そんなことは口に出せない。
彼氏が出来たんだって初めて聞いた時も、デートの服どうしようとか誕生日プレゼント何がいいかなとか相談された時も……連絡がないって傷ついた顔で目を伏せた時も、三日月の心はいつだってソイツに向かってるってわかってるから。
悔しくて、もどかしくて、嫉妬して。
だけど、三日月が幸せならそれでいいじゃんって何度も自分に言い訳をした。
本当は臆病なだけの自分に、俺は言い訳をした。
───友達の距離は、いつだって息苦しい。
だけど、ちょっとだけ嬉しくもある。
「菅原くん?」
「あ、えっと……。」
長めの前髪が目に掛かって、少しだけ三日月の表情をわかりづらくしていた。
「あー、なんか私……ウザかった、かも。」
「そんなことない!」
笑ってるのか、それとも……泣いているのか、歪んだ口唇にばかり視線がいった。
「そんなこと、ないよ。」
三日月が好きで、だけど三日月には彼氏がいて、だから俺はいつまで経っても友達で。
だけど、三日月が傷ついたり泣いたりするのは、やっぱり嫌なんだ。
「三日月、頑張ってんじゃん。大丈夫、ちょっと時間経てばうまくいくって。」
空回りする言葉の裏で、本当の気持ちを呑み込んだ。
「そうかなぁ……。」
俺はさ、いつだって三日月の味方だよ。
好きな子の幸せを願うのって当たり前だろ。
だから、応援してる。
三日月が笑っていられるように、応援する。
俺の気持ちはさ、心の中へ締まっておくよ。
ずっと、そう思ってたんだ。
ああ、だけど───
もしこの関係が、変わる瞬間があるとしたら、
「ありがと。」
もしも、あるのだとしたら、
「でも、本当はわかってるんだ。」
俺は───、
「本当はもう、終わってるんだよねぇ……。」
伏せた頬を伝って、机に落ちた一粒の雫。
「……三日月。」
「言ってよ。」
「え?」
「別れた方がいいって。」
「三日月……。」
震える声は切なくて、ひどく悲しく聞こえるのに、なぜだか俺は……激しくなる動悸にどうしようもなく焦れていた。
「背中、押して。菅原くんが押してくれたら、きっと別れられる───。」
本当は、迷う気持ちも少しあった。
だけど、我慢なんてできなかった。
弱ったスキに付け込むみたいかな?
こんなのって卑怯じゃないかな?
だけど、やっぱり我慢なんて無理だ───!
ずっと言いたかった。
ずっと気付かれないように必死だった。
ずっとずっと───俺は、
「三日月。俺、さ……。」
ずっと、俺は───、
「俺、三日月のことが好きなんだ。」
ようやく口にした想いがまた胸を苦しくさせて、
「す、がわらくん……。」
だけど、真っ赤に染まった君の顔に、これはちょっと期待できるかもなんて。
だって、ホラ。
俺だって結構さ───やる時はやるんだからな!
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