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■エース! 7

負けた。
1セットも取れずに───。

好敵手の熱に煽られて、声援に背中を押されて、戦って戦って、辿りついた決勝。
だけど、負けた。

これが実力だ。
いい試合だったなんて言われたくないし、惜しかったなんて言っても勝てなかったら意味がない。
最後まで追いかけたボールが床に転がった時、確かに俺は絶望した。


だけど!
もう一度、拳を握り締める。

「及川。」

「岩ちゃん……!」
口唇を噛みしめて鼻水をすすった自称イケメンらしからぬソイツの顔になぜだかジンと来て、その時気が付いた。
───ゆい、来てるんだよな。

負けたなんて格好悪いし、しかも相手は白鳥沢。
こんなんじゃ、合わす顔がねぇ……。
けど、とことん情けない俺は、「ウシワカはどうすんのかな?」なんてつい思ってしまった。

超高校級の呼び名はダテじゃない。
圧倒的なパワーでスコアをもぎ取る、まさに大エース。
拾っても拾っても打ち込まれるスパイクに、敵ながら感心させられた。

あんなん見せられたら、ゆいだって……。

(って!何、弱気になってんだよッ!)
押し切られんのは試合だけで十分だろ!と頭を振る。

(頭、冷やしてくるか……。)
水でもかぶって考えなおそうと向かった先、廊下の角を曲がる手前で───思わず足が止まった。


大きな背中。
ユニフォームに書かれた文字を見ずとも、それが誰なのかくらいすぐにわかる。
───驚いたのは、その背中の向こう側に……ゆいの姿があったからだ。

(マジ、かよ……!)
ウシワカとゆい。
想像だけはさんざんしてきたが、いざ目の前にすると胸の奥がギシギシと揺さぶられて痛い。

及川の言ってたこと、やっぱ本当だったんだなとか、もしかして思ったよりイイ感じなんじゃねぇのかとか、今更のように情けない不安が押し寄せてくる。

だけど、
そんな不安な気持ちさえ、まだ期待が残されていただけマシだった気がする。
それを思い知らされたのは、次の瞬間だ。

「最後まで、試合を見てくれたんだな。」

「あ、うん……連絡、もらってたし。」

(………!)

「そうか、ありがとう。」
なんだ、そうか……。
ゆいを誘ってたの、俺だけじゃねぇんだ……。
もしかして、ゆいが試合見に来たのってウシワカに言われたから……なのか?
だとしたら、俺ってすげーマヌケ……。

目の前が暗くなっていく気がした。


「ひとつ、いいか。」
そんな俺に叩き込まれた決定打。

「……うん。」
はっきりと、二人の声が聞こえた。

「今日、試合を見に来てもらったのは、おまえに応援してもらいたいと思ったからだ。」
俺は……どうしたらいい?
待てよって割って入る?そんなのできるわけねぇ……だけど、

「俺は───これからもずっとおまえに応援してもらえたらと思っている。」
好きな女に他の男が告白するのを突っ立ったままで聞いてる俺は……マヌケ以外の何だって言うんだ?!

「おまえが好きだ、及川ゆい。俺と付き合ってもらえないだろうか。」
ドスン!とその一言が胸に突き刺さる。
息が苦しくて仕方がない。

このまま俺にはなんの出番もなく終わっちまうのかって思った。
ウシワカとゆいが付き合って、それで俺は何も言えないまま……

けど、予想は───少しだけ外れた。


「ごめんなさい。」
廊下に響いたゆいの声。

息を呑んで───だけど、僅かに浮かびかけた希望はあっさりと打ち砕かれた。

「牛島先輩、格好いいし……良い人だなって思うけど、私……好きな人……いる、から。だから、その、ごめんなさい。」
好きな人。
ゆいははっきりとそう言った。

「そう、か。なんとなくそんな気がしていたが。」
マジかよ……。
俺は、俺はそんなの……!全然知らねぇ……!

「うん、自分でもね、最近気付いたんだ。」
───見事玉砕。
想いを告げるより前に、結局フラれたも同然ってことだ。

「そうか……だが、話せてよかった。」
なんて、ウシワカはまだいい。
ハッキリ告って、しかもダメかもってのにちゃんと。
フラれたってさ、十分男らしーじゃん。

(こんなトコで立ち聞きして、勝手にフラれてる俺って……なんなんだよ!)
その場にいることはもうできなかった。
走ってそこを逃げ出したから、水浴びんのだって結局忘れた。


そんな、これ以上ないくらいダサイ失恋を、俺はした。
あれからそれなりの日にちが過ぎて───俺の生活は……あまり変わらないままだ。

朝練行って、授業受けて、また部活。
表面上は、多分何も変わってない。

だけど───及川の家には行ってない。
情けないけど、俺は……ゆいの顔をマトモに見れる自信がなかった。


ゆいに好きなヤツがいる。
「最近」っていうからには、きっと俺の知らないヤツだ。
及川だって知らないのかもしれない。
それなのに勝手に浮かれて、勝手に失恋して……本当バカみてーだな、俺。

このまま、時間が過ぎれば忘れられんのかな。
ゆいに会わないでいたら、この気持ちは……消えんのかな。
そう思って、何度も何度も考えて、だけど───俺は、1つの結論に辿り着いた。


言おう、ゆいに。

自己満足かもしれねぇ。
幼なじみのクセに今更告ったりして、気まずくなるだけかもしれねぇ。
そう思えば迷う気持ちもあったけど、だけど決めた。

ゆいに言うんだ。
好きだって言って、ちゃんとフラれて、そしたら後は俺が拘らねーで付き合えばいい。
ゆいに気まずい思いをさせないように、元通り……バカな兄貴の友達に戻ればいいだけだ。



その日、及川は家にいなかった。
新しく出来た彼女と(本当に節操ないヤツ……)デートだっつってはしゃいでたから、これは想定の範囲。
というより、俺が狙ってやったことだ。

ゆいだけが家にいて、おあつらえ向きに親まで外出中。

「あれ、ハジメくん。徹くんならいないよー。」

「……知ってる。」
俺に告られるなんて知らないゆいは、当たり前だけどいつもの顔。
怯みそうになる心をぐっと抑えて顔を上げた。

「ちょっと……話せるか?」
だけど、ゆいの目が見れない。

それでも───言うんだってもう決めてる。
それが、俺のケジメ。

「あ、うん。じゃ、上がって。」
情けなくてマヌケな俺の恋愛の、ケジメだ。

「や、ここでいーわ。」
玄関で足を止めると、その雰囲気を察したのかゆいの声に戸惑いが混じる。

「どうしたの?なんかハジメくん……。」
いつもと違うね、と言われるとそれだけで緊張が増した。
ぐっと、拳を握り締める。

言え!
言ってフラれちまえ!
グダグダすんな……!


「俺、さ。」

その後に起きた出来事を、説明しろと言われても無理だ。


「俺さ、ゆいのこと、好きみてーなんだわ。だから……無理だってわかってっけど、1回……ちゃんと言いたくて、来た。」
今度こそ、俺はゆいの顔を見た。
その瞳が……大きく見開かれる。

そりゃそうだよな、驚くよな。
ゆい、ごめんな。
けど、ちゃんと……ケジメつけさせてくれよ。

「ゆいが好きだ。ずっと前から好きだった。」
これで、全部……終わった。
そう思ったのに、だ。

「けど、明日からはちゃんと元の幼なじみにもど……ってうわッ!!」

「ハジメくん……!」
ドスンと俺の胸にぶつかった身体。
間近にゆいの顔。

「わ……ってうお?!あ、え……ッゆい……??!」
な、なななんだコレ?!
一体どーなって……


「私も、だよ!」

「……ッ?!」
どーなって……

「私、私も……ハジメくんが好きなんだよ?」
どー……なって……
って!!マジかよ!!!!


「だって、おまえ!ウシワカに!さ、最近気になるヤツできたって言ってたじゃねーか!」
嬉しいよりもワケわかんねーって気持ちの方が強くて、うっかり口にしてしまった盗み聞きの内容に、ゆいが顔を赤くする。

「聞いてたの?!」

「……ッだって!おまえが……!」
いや、だってさ。
つーかその前に!え、マジでさ、おまえ……

「いーけど、さ。」


慌てる俺に、ゆいがはにかんで教えてくれたこと。
それは、

「ハジメくんのことが好きなんだって、気付いたの。」
ゆい曰く、ウシワカに言い寄られたり及川に騒がれたりしているうちに───その、お、俺のことが、すす好きなんだと気付いたらしい。


「ずっと近くにいたのにね。」

「お、おぅ。それは俺も一緒だけどな……。」
ヤベ、なんだこれ!
すっげー嬉しい、急に実感沸いてきた……かも?
つーか、マジでダメだって思ってたから、なんか……本当……


「ゆいちゃ──ん!!聞いてぇ!って、岩ちゃん!何してるの?!!」

「お、おおお及川ッ!!」
深い感慨に浸ろうとした俺の思考を、見事にぶち破ってくれた騒音。
勢いよくドアを開けて玄関に飛び込んできた及川が抱き合ったままの俺たちに目を白黒させている。

「岩ちゃん!!なんでゆいちゃんと……!」

「うっせー、クソ川!急に入ってくんな!」

「なっ……ココ!俺のウチだよ!」

「もー、徹くんうざーい。」

「ゆいちゃんっ……!」
お決まりのパターンに俺とゆいは顔を見合わせて笑って、それを見た及川がまた騒ぎ出す。

「なんで?!ていうか二人、いつからそーなってんの?!!お兄ちゃんは許しませんよ!岩ちゃんとなんて絶対に絶対に認めませんよ!!」
まったく……相変わらずやかましいヤツ。

だけど、それが心地いい。

「み、認めないんだからね!聞いてるの、岩ちゃん!」


腐れ縁歴15年。
呆れる位なげーけど……おまえがゆいの兄貴じゃさ、しょうがねぇよな。

仕方ねぇからこれからも───付き合ってやるよ、及川。


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