■エース! 6
気が付けば及川の家を訪ねる回数が増えていた。
感情というのは始末に悪い。
一度自覚してしまってからというもの、俺のゆいに対する気持ちは強くなる一方だ。
休みの日に及川の家に行って、顔を出したゆいに「徹くん、コンビニ行ってくるって言ってたよ」などと言われると内心喜んでしまっているのだから───嫌でも認めざるを得ない。
だけど、どうしろっていうんだよ。
ゆいは及川の妹で……しかも、ライバルはウシワカ。
何縛りだ、コレ?!と嘆きたくなる。
「あれ、ハジメくん?」
「お、おう。及川いるか?」
ラインでもすりゃ及川の居場所くらい一発なのに突然に家を訪ねた理由は、頼むから聞かないでくれ。
「あ−、なんかさっきイソイソでかけた。電話きてさ、“モテる男はツライなー”とか言って、あれ絶対彼女じゃない子からだよ。」
「……最低だな、アイツ。」
当たり前だが、ゆいの顔もよく見るようになったし、こうして話す回数は格段に増えた。
大抵は及川がいかに下らないかということだが(おかげさまでネタには事欠かない)、学校生活のこととかゆいが自分のことを話してくれるのが結構嬉しかったりする。
「どーする、待ってる?」
彼女がいるくせに他の女に呼び出されてホイホイ出ていく及川は最低だが、こんなシチュエーションは実はラッキーだったりする。
「おー、そうすっかな。」
「じゃあ徹くんの部屋にいなよ。お母さんに言って何か出してもらうね。」
なんて、まさしく幼なじみの特権というヤツだ。
だけど、
「はーい、お茶。あとねぇ、なんかお土産でもらったんだって、このロールケーキ超美味しいの。」
「なんか悪いな。」
「え、そう?私も一緒にここで食べていい?」
「お、おう。別にいんじゃねぇの……ッ!」
こんな時、俺は───当然ながら気の利いたことが言えるはずもなく、結局無益な時間を過ごしている。
だってよ、アピールとか!どうやってしろっていうんだよ!
相手はゆいだぞ……!
「徹くんてさー、部活でもあんな感じなの?」
「あー、アイツって基本あのまんまだな。部活でも、つーか学校いる時もあんま変わんねぇ。」
なんだかんだ言ってゆいも及川のことを気に掛けてるんだなとは、最近気付いたことだ。
一緒に買い物に行ったりもするみたいだし、案外仲もいいのかもしれない。
「ふーん。てか、友達いなそー!」
「まぁなー、あんなんだからなー。」
「やっぱり!じゃあ、ハジメくんが貴重な親友だね。」
お、俺と及川が親友……ってなんか嫌だ。
つーか腐れ縁なだけだし!
そう思うけど、ゆいに言われるなら悪い気はしない。
「そーいうことになんのかな。」
「なるかもね。不束な兄ですが末永く宜しく、的な。」
ゆいが笑う。
あ、やっぱ笑うとすげぇ可愛い。
普通に見るとなまじ整った顔をしているせいか大人びて見えるゆいだが、こうやって笑うとやっぱり高校生だなって思う。
及川もそーだし、やっぱ……モテるんだろうな。
つーかそうだよな、ウシワカだって狙ってるワケだし。
(もしかしてもう付き合ってるとか、そんなんじゃねぇよな?!及川だって何も言ってなかったし!)
ゆいが好きなんだと気が付いた。
だけど、どうしていいのかなんてサッパリわかんねぇ。
好きだから会いたい、顔が見たいって思うけど、だけど俺にできるのはせいぜいこうやって及川ん家に顔を出してみるくらいで───そんなのって結局昔と何も変わってない。
「ゆいさ、及川とさ……その、女の話とかすんの?」
だけど、心配だけはどんどん増えていく。
「え、彼女とか?」
「あ、うん。まぁ、そういうの。」
ウシワカがゆいに気があるらしいって及川が言ってた。
ゆいと話した感じじゃ、すぐにどうこうって雰囲気じゃなかったけど……だけど、図書館で会ったりとかしてるって言うし、ハッキリ言って気になる。
「どーかなぁ、モテるモテるってなんか自分で言ってるけど、あんま興味ないし。だって徹くんのこと好きな子ってなんかさ……。」
「うん?」
ウシワカ以外にも狙ってるヤツとかいるんだろうなって思うと、やっぱり内心穏やかじゃない。
学校が違う分、なんつーか……ネガティブな想像とかさ、しちまうんだよな。
って!俺!完全にゆいのこと好きって感じじゃん!
……いや、そうなんだけど。
なんかすげぇ、恥ずかしいな。
そんなこと思いながらもやっぱり気になって、及川のことをネタにゆいからコイバナとかを聞きだそうとする俺、ますますもって恥ずかしいヤツだけど……仕方ねぇだろ!
「徹くんのこと好きな子ってなんかさー、軽薄?って感じしない?別にホントに好きじゃないでしょ、みたいな。」
フォークで刻んだロールケーキを頬張ってゆいが言う。
「……なんか、わかるかもな。」
「でしょー?!顔しか見てないじゃん!って感じ。」
及川のことを話すゆいは大抵はこういう呆れ顔だ。
だけどそれなりに心配してるんだってことは、最近になって俺も気が付いた。
バカな兄貴を持つと苦労するよな、よくわかるよ。
「試合とか見に行ってもさー、キャーキャー言うだけで全然見てないし、あとなんか感じ悪いんだよね。女の子同士牽制しあったりとかさ。」
そういえば、中学の頃はよく試合の応援にも来てたけど、最近は全然そういうことがない。
「そうなのか?」
「うん。私もね、“あの子、及川くんの何?”とか言われたことあるよ。妹だっつの!うざいんだもん、ホント。」
「え、マジか。」
そんなこと、全然知らなかった。
確かに及川にはファンクラブめいたものもあるしいつも女が群がってるけど、でもゆいにまで悪態ついてるなんてむしろバカだろ。
こっちまで呆れちまう、と思ったところで、だ。
「ホント。じゃなかったらさ、試合とか見るの結構好きなのに。」
「え、」
今、重要なパス出たよな。
つーか、完全にトスだったよな。
スルーするな、俺!
……いや、でも違うかも。
「ん?」
「あ、いや……。」
何躊躇ってんだよ!アホ!
「あーと、ああ……うん、なんつーか。」
行け、突っ込め!
おまえ、スパイカーだろうが!トス上がったら打つんだよ!!
「じゃあさ、」
そして、俺は言った。
「見にくればいいじゃん。俺がさ、ゆいは及川の妹だって言うし。」
自分でも意外なほど、スムーズにその言葉は出てきた。
「えっ、いいの?!」
そう返されて、心の中でガッツポーズ。
だけど、やべぇ……顔があちぃ。
「お、おう!アイツのコントロールも俺の仕事だかんな。」
「あはは、ハジメくんてば苦労人―!」
ゆいが笑う。
笑って、
「やったー、久しぶりにハジメくんのスパイクも見れるね。」
なんて言うから、ほとんど汗が噴き出そうだった。
「イ、 インハイ予選さ、もーすぐなんだよ。だから、ソレ見に来いよ。」
言いながら手の平を握る。
つーか、すっげー汗……今更なんか恥ずかしくなってきた。
インターハイ予選、全国につながる大事な試合だ。
及川も俺も、いや県内のバレー部のヤツならみんな、目先の目標は間違いなくソコだ。
だけど、1チームだけ……そうじゃないチームがあることも俺は知ってる。
「白鳥沢とやる決勝まで、ぜってぇ負けねぇ……。」
そう、常勝校の白鳥沢は別格だ。
予選の上、本戦のそのまた上、全国制覇がヤツらの目標───だけど、それを倒すのが俺らの目的なんだから怯んでなんていられねぇだろ!
それに、ゆいが見に来るんだったら尚更だ。
ウシワカには絶対に───
「岩ちゃん!!」
バン!と勢いよく開いた部屋のドア。
「お待たせ−、ってええ!ケーキ食べてる!いいな!」
俺の思考をぶった切ったのは、相変わらずの騒音で。
「あー、コレ徹くんの余ってたから食べちゃった。」
そう言って見上げたゆいに、大げさに顔を歪めて及川がまた騒ぎ立てた。
「うそ!余ってないよ!俺、楽しみにしてたんだから!」
「いーじゃん、ケーキだって徹くんに食べられるよりハジメくんに食べてもらった方が嬉しいでしょ。」
「ヒドイ!」
こんなやりとりはいつものこと。
だけど、
「ヒドイよー。てか、ゆいちゃんって何かと岩ちゃんの肩持ちすぎじゃない?!俺がお兄ちゃんなんですけど!」
そんな風に及川に言われると……そうかな、でも確かにゆいって……いやいや、そんなの及川をからかいたいだけだろ?……だけど、ちょっとは……って、俺ェェ!マジでどうなってんだよ!!
自分の気持ちを自覚してからというもの、俺はその感情さえ正直上手くコントロールできていない。
おまけにゆいはウシワカに言い寄られてるし、及川は相変わらずウザイ。
好きだって言ったら……ゆいは驚くかな。
他のヤツを断ったみたいに、やっぱり迷惑だって思うのかな。
ほんの少し、特別な場所にいる気がする。
だけど、その距離が邪魔をする。
嬉しくて、不安で、焦って、だけどやっぱり浮かれた気分で───俺は今、そんな時間を過ごしている。
「試合、見に来いよな。」
帰り際、及川の目を盗んで告げた言葉。
やるじゃん、と自分を褒めてやりたい。
試合、絶対勝つ!
白鳥沢にだって、勝つ……!
だから、ゆい───もう少しだけ、このままで。
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