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■恋心シタゴコロ

ゆいさんが部活を引退したのは、「受験生」だから。
進学希望じゃない人や木兎さん達みたいにスポーツ推薦を狙う人は部に残っているけど、3年生が春で部活を退くのはごく普通のことだ。

それをなんだか引っかかってるみたいに感じてしまうのは、単に俺個人の問題なんだとわかっている。
だけど、やっぱり───1学年の差は意外と大きい。


マネージャーをしていた頃は毎日顔を合わせていたけど、今は顔を見るのもせいぜい数日に一度だ。
部活を覗きに来てくれることもあるし、練習試合なんかがあると遠征先まで応援に来てくれる。
だけど、やっぱり遠い。

誰かに知られようものなら途端に意気地なしだと罵られそうな想いを、俺は抱えている。
だけど、言えない。
アナタが好きだなんて、やっぱり言えない。


もしかしたらこのまま、何も伝えられないままで1年が過ぎてしまうかもしれない。
会わなければ忘れるのだろうかなんてぼんやりと考え始めた頃だった。

通りかかった3年生の教室。
授業はとっくに終わっていて、人なんか誰もいない。
靜かな廊下を一人、歩いていた。

部活ももう始まっていて、いわば俺は遅刻だ。
理由は進路指導があるからで、それは部長の木兎さんに伝えてあるから問題はないのだけれど。


「え、」
そこに彼女がいるはずないのに、3−5のクラスの表示に吊られて横目でそこを覗き込んだ。
窓際の席に一人。
机に顔を伏せたその姿がゆいさんであることは、すぐにわかった。
見間違えるはずがない、それくらい俺は彼女を見ていたのだから。


ヒタヒタと響く足音を止めて、教室の中を見る。
もう一度───やっぱりゆいさんだと確信して、けれど声をかけるべきか迷った。

眠っているのだろうか。
だとしたら起こすのは親切心だ。
だけど、わかってそうしているのだとしたら……なんて、冷静な判断には自信があるはずなのに、ゆいさんのこととなるとどうにも分が悪い。

「ゆい、さん……?」
結局声をかけたのは、そのまま無視して通り過ぎるなんて俺にはできないという結論に至ったからだ。
顔を見られれば嬉しい、声が聞けたら尚更。
「あれー、部活は?」なんて、よく知った笑顔で聞いてもらえたらそれだけで満たされる。

そう思って声をかけたのだが、


「あ、か、あし……?」
教室に踏み入れた足が思わず止まった。

顔を上げたゆいさんの瞳が───濡れていた。
漆黒の瞳が、水分を含んでより深い色を浮かべている。
「どうしよう」と戸惑って、けれど「綺麗だ」と妙にそれに惹かれた。

踏み出した足が、床を軋ませた。
一歩、また一歩近づく俺を、ゆいさんはただじっと見つめていた。

「部活、は?」
尋ねて寄越した言葉は俺の想像通りだったけど、そこに笑顔はなくて、小さく発せられた声は僅かに震えていた。

「あ、進路指導……で。」

「そっか。」

こんな時にどんな声をかけたらいいのか、よくわからない。
慰めなきゃいけないとか、とりあえず何があったか聞けとか、あわよくば点数稼ぎのチャンスじゃないかとか思うのに、どうにもうまく言葉にならない。

「あの……。」

「ん、」
ゆいさんの席まで近づいた。
こうなると、もう何も言わないというわけにはいかない。

「どう、したんですか。」
発した声は情けなく掠れていて、思わずしまったと口唇を噛んだ。
だけど、その後にゆいさんが告げた言葉に、一気に心臓が跳ね上がった。


「ちょっとね、失恋して落ち込んでた。」

失恋、とゆいさんが言った。
これは点数稼ぎのチャンスなんだとさっき思ったことがまた、頭の中を駆け巡る。

それはそうだ。
なぜなら、俺が───この人に想いを告げられないでいた一番の理由は、まさにそれなのだから。

ゆいさんには彼氏がいて、その関係は十分に順調なものだと聞いていた。
3年のマネージャーたちがそう冷やかしていたし、ゆいさん自身もいつも笑っていたから。

だけど、今の話がもし本当なら……俺は……。

「失恋、ですか。」

「うん、なんかねーフラれちゃった。」
カラカラの喉でゆいさんは笑って、それからズズと鼻を啜った。

「ねー、やんなっちゃうよねぇ。」
アハハと笑うゆいさんの頬を涙が一粒、零れ落ちた。

「好きかわなんないって、言われた。なんだよそれーってね。でも別れようって。」
何か言えよ、俺!
点数稼ぎのチャンスだったんじゃないのかよ!
ホラ、うまいこと言って気の利く男だってアピールしろよ!

ポーカーフェイスは得意なつもりだったのに、この時の俺はそれが全然できていなかったらしい。


「あ、赤葦、困ってる。」
そう言ってゆいさんは伏せていた身体を起こして、また一度笑った。

「ごめんごめん、なんかウザい感じになっちゃった!」
ぐっと両手を挙げて背を逸らして、細い身体が天井を仰ぐ。

「部活、でしょ。頑張って!私も勉強しなきゃ!」
ヨイショ、とかけ声して立ちあがったゆいさんの腕を掴んだ時───ずっと胸に溜め込んでいた言葉が、気付いたら口を突いて出ていた。


「俺は好きです。」

「え?」
何言ってんだよ!とは自分でも思ったけど、止められない。
この時ばかりは木兎さんの猛進ぶりを咎められないと思った。

「俺はゆいさんのこと、好きです。」

「何言っちゃってんの!」
ゆいさんは驚いたように目を見開いて、それから可笑しそうに笑った。
だけど、俺が欲しいのはそういうのじゃない───。


「別に、励まそうとかじゃなくて。でも、俺はゆいさんが好きだから、その……。」
もっと雰囲気のあるセリフが用意できなかったのかと、後々後悔はしたけど、

「その、あわよくば付け込めないかなと……思ってます。」
だけど、結果的にはそう悪くはなかった。


なぜなら、

「ぶはっ!」
ゆいさんは吹き出してから盛大に笑って、

「あははは、って赤葦!もーヤダ、ウケる……ふ、あは、あはは……!」
いつもの明るい笑顔を見せてくれた。
そのことにひどくほっとして、俺はやっぱりこの人が好きなんだと実感する。


「赤葦ってば、」
本当ウケるよ、と彼女は笑って、

「だけど、ありがと。」
突っ立ったままの俺に一歩、歩み寄った。

「じゃあ、さ。」
上目遣いにドキリとなって、次の瞬間もっとドキドキした。

「私も付け込んじゃっていいかなー、赤葦の優しさに。」
ぽすんと胸元に押し当てられた頭に一気に熱が沸騰して、だけどそれを悟られないようにそっとゆいさんの背に腕をまわした。

付け込まれたって構わない、これは役得だ。


「ごめん、ね。」
腕の中で呟く声。
初めて感じる彼女の体温に、じわりと溶け出す想い。
それは全身に広がって───俺を覆い尽くした。

愛しくて、恋しくて、もっと抱き締めていたくて。
やっぱり一時の役得じゃなくて、ずっとこの人が俺のものになればいいのにと、そう願う。


だから、

「ごめんねは───返品します。」
謝らなくていい。
俺はきっと、アナタをモノにしてみせるから。


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