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■透明な媚薬

互いに別々の大学に進学しても、それから就職した後も、大地とはよく会った。
家が近いわけじゃないから、待ち合わせは大抵中間地点の居酒屋。
その日も同じだった。

「悪い、スガ。遅くなった!」

「や、俺も今来たトコ。」
時計を見れば、待ち合わせの時間から20分ほどが過ぎていた。

「生2つ!」

「あと、タコワサー。」
ジョッキ一杯450円の大衆居酒屋で待ち合わせるのは、就職した頃から変わらない。

「お、いいな。今週アタマまでアメリカだったから日本食が恋しい。あ、ヤキトリ追加!」
だけど、誰もが知ってる総合商社で働いている大地にとっては、こんな店に来るのは俺とくらいかもしれないななんてたまに思う。

「アメリカかー、出張?相変わらず忙しそうだな。」

「アメリカっつっても田舎だからなー、メシに飽きるのが一番困る。」
対する俺は高校教師で、業務多忙はそれなりだが給料なんてたかがしれている。

初任給をもらった後、二人でデパートに行って郷里の両親へのプレゼントを買った。
本当は、あの頃とは色々なものが変わってしまっているんだろう。
大地と俺の所得格差は年々開く一方で、住む場所や着る物、例えば夏休みの過ごし方なんかも───きっと差は開いていくだけ。

だけど、俺たちは変わらない。
親友の距離、親友だから話せること、分け合える人生。
こうやって安居酒屋で酒を飲むことだって、変わらない。

そのことは俺にとってもう当たり前で、嬉しいとか寂しいとかそういう風に考えたことはなかった。

だけど、一人の女の子が現れたことで───俺たちのこの「距離」は微妙に変化していくことになった。



2年付き合った彼女と別れたことを大地に話したのは、いつだったか。
要はどこにでもある話で、だけど俺にとっては一大事だったからその時は随分な量のアルコールを口にして、大地に絡んで慰めてもらった。

『スガならまたいい人見付かるって。』
そんな風に大地は言って、「他に好きな人が出来た」なんて理由で結婚を意識し始めた相手にフラれた俺をからかったり、励ましてくれたりした。

『大地はさぁ、いないのか?そーゆー人。』

『んー?』

『だからぁ、結婚したい!とか思ってる人!』
絡み酒を鬱陶しがることもなく、大地は俺に付き合ってくれた。

『まぁ、好きなヤツはいるんだけどな。でも付き合ってるわけじゃないから。』
片想いなんだって大地は言って、「いい年して情けないだろ?」と笑った。

『そんなことないべ!俺も応援するし!』
昔から大地はなんでも器用で、それでいて頼りになって、女の子にもよくモテた。
そんな大地からの打ち明け話が少し嬉しかったのを覚えてる。

『そうか?じゃあ、その時は援護射撃よろしくな。』

『おー任せとけ!』



そんなやりとりから暫く経った今日、

「なぁ、スガ。」

「うん?」
そう切り出した大地が見せたわずかに迷うような仕草を、その時の俺は気に留めようとはしなかった。

「おまえさ、彼女と別れたって言ってたよな。」

「なんだよ、もしかして人の傷跡抉るつもり?」
俺は笑って応えた。
勿論、あの日みたいに酔っ払ってなかったし、大地だってそんな様子じゃなかった。

「いや、そうじゃなくて。」
やっぱり少し迷う仕草をして、それから大地は言った。

「紹介したいヤツがさ、いるんだけど。もしまだ特定の相手とかいないなら会ってみないか?」
そんなこと、大地に言われたのは初めてだった。
長い付き合いだしお互いに女の子の話はそれなりにしたけど、でも紹介とか……そういうのは初めてで、ちょっとびっくりしたし戸惑った。

「えー、なんだよ?紹介?俺、そんなに落ち込んでたかな?」
俺は笑うけど、大地の声は真剣な響きのまま。

「いや、そういうワケじゃないから……合うかなって思っただけで、スガがその気ないんならいいんだ。」
そう言って曖昧に笑って、

「いや、なんか悪かったな。」
テーブルの上のメニューを持ち上げた。

「あーっと、でもやっぱ肉食いたくなったな。牛すじ煮込み頼んでいいか?」
話題を逸らそうとした大地の───なんだろう、違和感。
それを感じなかったわけじゃないけど、大地からの珍しい紹介話への興味とか……あとはやっぱり独り身の寂しさから抜け出したいっていう純粋な欲求も多分あったんだと思う。

「どんな子?」

「……スガ。」

「珍しいじゃん?大地が俺にー、なんて。どんな子?なんで俺?」
極めて軽い調子を装って言った。
あんまりがっついてるって思われたくないし、だけどやっぱり聞きたくて尋ねた。

少しの───沈黙があった。


それから、大地が言ったんだ。

「優しくて、穏やかで、なんでも笑って受け入れてくれる人がいいって───言ってた。」

「え?」
目の前にいる大地の、見たことのない表情。
その意味を、俺はもっと考えるべきだった。
もっとちゃんと考えていれば……俺と大地の関係は変わらないままで───だけど、俺と彼女が出会うこともなかった。

「会社の同期なんだけどさ、出会いないっていつも言ってるから、じゃあどんな男がいいんだよって言ったんだよ。そしたら、優しくて穏やかでって……俺が一番最初に浮かんだの、スガだったんだよなぁ。」
そう言った大地の顔はいつもの大地に戻っていて、

「ていうか、スガしか思いつかないっていうかな。」
白い歯を覗かせて、大地は笑った。

「俺、そんなんじゃないべ!」
持ち上げられて照れくさくて、俺は慌てて手を振った。

「いや、スガってそういうヤツだろ。前の彼女にもさ、結構尽くしてた……っていうか。」

「だから傷口抉るなっての!」
それからは笑い話になった。
今年の誕生日、彼女に強請られて俺は10万円のバッグを買った。
だけど彼女は同じ値段のアクセサリーも手に入れていて、「他に好きな人ができた」って俺がフラれた。
つまり二股を掛けられてたわけだけど、それがいつからだったのか俺にはわからない。
そんな俺をお人好しだと大地が笑って、俺も笑いながら受け流した。



それから一週間後、大地からメールが届いた。

『再来週の金曜、空いてるか?もし大丈夫なら、この前話した相手を紹介したいんだけど。』
うわ、マジか!とか。
大地忘れてなかったんだ!とか。
驚きと、同じくらいの浮かれた気持ちと期待、それから照れくささがあった。
いろんな気持ちが混じり合って、なんだか自分でもよくわからない。

『うん、空いてる。場所とか決まったらメールして。』
ドキドキしながらメールを返した。


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