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■恋の果実 13

「ゆいのこと、好きだよ。」
一番伝えたかった言葉。

「だから、これからもゆいには俺の彼女でいてほしい。」
会えない時間は寂しくて、嫉妬や不安に負けそうになったりもした。
だけど、俺は───何度だって言うよ。

「俺と、付き合ってください。」


「あ、ヤベ!俺、すげー汗くさくない?」
抱き締めていた腕を解いて慌てると、ゆいが笑った。

「え、何?」

「ううん、なんでもない。」
嬉しくてドキドキして、だけどやっぱりちょっと不安で。

ダメだ、余計なこと考えるなよ!
覚悟決めただろ!
自分に言い聞かせてぐっと手の平を握れば、


「シャワー、浴びる?」

「え、」

「だって、汗。」
ゆいの笑顔。
タオルを握り締めた俺に微笑んで、ゆいは首を傾げた。

「ね、風邪ひくよ。」
ってさ、だけどいいのかな?
だって……それってやっぱりなんていうか、カップルみたいだろ。

いや、うん。
カップルなんだけどさ、フラれたわけじゃないんだし。
だけど、なんていうか違和感?
ちょっと違う、不安の中に期待が入り交じる感じ。

だって、フツー期待するよ!
やっぱり俺が彼氏なんだってさ、そういうことかなって思うじゃん……!

「あ、うん。じゃ……。」
オジャマシマス、なんて今まで言ったことないセリフが口から出た。
ぶっちゃけ心臓がバクバクいってる。

「付き合ってください」って俺は言った。
ゆいの返事は、まだ。
それってどういうことだろう。
「一人になりたい」ってゆいは言ったけど、今はどう?どう思ってる?


わからないままゆいの部屋でシャワーを浴びる自分を、内心ちょっと間抜けかもって思った。
だって、コレでフラれたら目も当てられない。

距離を置いたゆいの家に押しかけて告白して、それってもしかしてとんでもない迷惑だったんじゃ……。
急に期待と不安が逆転して、それを振り払いたくて泡立った髪の毛をガシガシと勢いよく洗った。

それを水で流して、ふぅとひと息ついた時だった。


「菅原くん。」

曇り硝子の向こうでゆいの声。

「え、あ……うん!ごめん、何?」
シャワーの流れる音に阻まれて、ゆいの声はよく聞こえない。
急いでコックを閉めると、タオルで顔を拭って硝子越しのゆいを見た。

「ちょっとだけ、いい?」

「あ、ああ……うん、いいケド。」
いや、ゆいちょっと待って。
俺、今シャワー浴びてるトコっていうか……あの、は、裸なんですけど。
ものすごく戸惑うけど、それを口に出来ない。

それくらい、ゆいの声が真剣だったからだ。


「あの、ね。」
硝子戸の向こう、ゆいが背中を向けて腰を下ろしたのがわかる。
このまま聞くしかないかと腹をくくった俺は、バスタブの端に腰を下ろした。
ゆいの声が、扉の向こうで続く。

「私、徹と会ったんだ。」

ドキリと跳ねた心臓。
それは、予想していたことだった。
もしかしたら、いやきっとそうだなってなんとなく───だけど半分以上の確信で思っていたこと。

だけど、そこから先は違った。

「徹ね、今入院してるんだよね。」
予想さえしていなかった事実が、そこにあった。

膝の故障で入院した及川、青城のチームメイトからの連絡……及川が「バレーを辞める」と言っていたこと。
そして、ゆいと及川の───2年前の別れ。


「だからね、何ができるってワケじゃないけど……徹のこと、やっぱり心配で。」
浮気されたって気持ちより、伝えられなかった言葉をずっと引きずっていたんだとゆいは言った。
ズシンと胃に響く言葉だ。

「徹のこと……ずっと好きだったんだ、私。」
男と付き合えなかった理由、それは及川への想いを忘れられなかったから。
それくらい───ゆいも、及川が好きだった。
予想していたはずなのに、ゆいの口から紡がれる言葉は、嫌でも俺の心を掻き乱す。

だけど、
「……菅原くんと会うまでは。」


「!」
項垂れかけた頭が、ビクリと反射的に持ち上がる。
だって、ゆい……ゆい、それって……!

「今は、菅原くんしか好きじゃない。」


居ても立ってもいられない。
自分が今、どんな格好かってことも忘れた。

「ゆい……!」

「え、わ!ちょ……っと、えっ!」
内開きのドアを引けば、背中を当てていたゆいがバランスを崩して振り返る。
その背中を抱き締めていた。

「ゆい、だってゆい……俺!」


「……よかった。」
他にも言いたいことがたくさんあったはずなのに、一番最初に出てきた言葉はソレだった。
───安心したんだ。

苦しくて、寂しくて嫉妬して。
情けないけど俺、やっぱり不安だったんだ。
だから、ゆいの「俺が好きだ」って言葉に……めちゃくちゃ安心した。


「あ、あの……菅原く、ん……?」
ぎゅうぎゅうと抱き締める濡れた腕の中、困惑したゆいの声。
ヤバイ、って気が付いたのはその時で、

「わ、うわ!俺、ごめん……濡れたまま……!」
シャワー浴びかけのまま飛び出して、ビショビショの腕で彼女を抱き締めるって───ていうか裸だしさ、今の俺ってすげーマヌケ……いや、これこそ迷惑じゃないか?

そう思って慌てるけど、

「ふふっ、ぷッ……あはは……!」

「ッ、ゆい!」
ゆいは肩を震わせて笑って、

「ゴメン、だけど……あはは、やっぱダメ!」
堪えきれないという風に結局また笑った。
ああやっぱり───この状況って、すごくマヌケだ。



「だけど、濡れたのはゆいのせいだからな。」
今度こそキチンと服を着て、ゆいと向き合ってリビングに座った。
何度も尋ねたその部屋に置かれた、俺の服。
自分で洗ったのとは違う洗剤の香りに袖を通すと、改めて安心した気持ちになる。

ああ、やっぱり俺がゆいの彼氏なんだって。
そんな感じ。

「うん、ごめん。」
俺が濡らした服からゆいも着替えて、眉を下げて笑った。

及川と会っていたことを許してくれるのかと聞くゆいだけど、俺の答えはもう知っているはずだ。

「だけど、今度は俺も一緒に行くからな。」
来月には退院だという及川の見舞いについて行くと胸を張って宣言。
心配っていうかさ、彼氏なんだから当然だろ?

「いいんだけど……。」
ちょっとだけ不安そうに瞳を巡らせると、

「徹にも次は菅原くんとおいでって言われたんだけどね、でも……“俺、爽やか君に噛みついちゃうかもだけどー”とか言うから。」
なんて、ため息をついた。


「ダメだよ。」
ああ、ゆい。
今までの不安がウソみたいに晴れて、俺はまた笑えるようになったよ。

「俺もさ、及川にはバレー続けてほしいって思うし、やっぱり心配だろ。」
「あの」及川にさんざん嫌味を言われるのかと思うと確かに辟易するけど、「心配」は俺の本心だ。

県内最高のセッター。
バレーにストイックな及川のことだから、大学に行ってさらにレベルを上げているはずだ。
そのプレイが───俺も、見たい。


「だから、俺も行くよ。」
俺は及川には敵わない。
バレーも、女の子の扱いだって、きっと。

だけど、ゆいだけは俺のものだ。
そのゆいと一緒に───及川のバレーを見たいって、そう思った。


「……ありがとう。」
少しだけ回り道をしたけど、俺たちはまた元通り。
ゆいは俺にとって特別な女の子で、それに俺だってゆいの特別だ。
不安なんて、もうない。


だけどさ、

「1つだけ、お願いがあるんだけど……。」
覗き込んだ瞳の奥。

「えっ。」
戸惑う素振りを見せるゆいが可愛い。
だけど、遠慮なんてしないよ。

「ね、」
俺のお願い、聞いてくれるだろ?


抱き寄せて囁いた。

「“菅原くん”じゃなくて、名前で呼んで。」
「孝支」って呼んでほしいって伝えたら、ゆいは少しびっくりした顔をして、だけど───

「こ、うし……。」
頬を染めて俺の名前を呼んでくれた。


「うん、ゆい。俺、ゆいが好きだよ。」

「あ、私も……孝支が、好き。」
触れ合った口唇。

ゆい───俺さ、今すげー幸せ。
最高に嬉しいよ。


もう一度キスしたら、二人で買い出しにでも行こうか。
それで夕飯作ってさ、今日は泊まってもいいよね?


俺が───ゆいの彼氏なんだから。


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