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■恋の果実 12

「けっこーイイ感じだと思うんスよね。」

「結構とかそんなんどうでもいいだろ、ビシッと行け!龍!」
そんな田中と西谷のやりとりに、アハハと声を立てて大地が笑った。

「田中は変なとこでヘタレだな、バレーしてる時とは大違いだ。」

「なッ……大地さん!なんスか、その余裕。」
トレードマークの坊主頭をガシガシと掻いて、「あー」とか「うー」とか唸る田中に西谷がまた突っ込んで、大地が笑う。
場所は東京、2年分年を取った俺たち。

だけど、変わらない風景。
久しぶりに集まった会話の内容は、同じ学部の女の子に片想いしてるっていう田中の恋バナだけど。

「俺も言うかな、好きだって。」
相手との距離を測りかねる田中と「そんなことより告白しろ」という西谷。
その西谷の意見に、今大地から一票が入ったところだった。

「マジすか!」
まるでもう告白した後みたいに、田中の顔は真っ赤だ。

「大地はそーゆーのも堂々としてるもんな。」
俺が請け合うと、

「さすが、キャプテン!」
とわざとらしい涙目で田中が言った。

大地も西谷も、その辺に関してはコートの中そのまんま。
前進あるのみな西谷、ブレない大地。
田中だけが意外なほどの気弱さで、なんだか可笑しかった。


「で、スガは?」

「へ?」

「だから、スガならどーすんのかって。」
大地に水を向けられて、思わずはっとなった。
田中のギャップに笑ってたけど、そういえば俺ってどうだろう───。

(……なんだ、俺もぜんぜんヘタってんじゃん。)
ゆいの顔が浮かんで、ぐっと胃の辺りが重くなるのを感じた。
西谷みたいにハッキリと言うことも、大地みたいにどっしりと構えていることもできてない。

「俺は……。」
俯きかけた俺に、

「相手の気持ちを尊重する?スガはセッターだもんな。」
大地の声。

「………。」
「また連絡する」ってゆいに言われて、待つだけの俺。
だけど、それって「尊重してる」なんて格好いい話じゃない。
不安なクセに、怖がりで前に進めていないだけだ。

「でもさ、」
高校3年、ずっと隣でプレーしてきた大地には、隠し事なんて出来ない。

「自分を完全に殺す必要ない───って、いつだったかスガが俺に言ったろ?」

「あ……。」
高3のインターハイ予選が終わった後、部活を引退するかどうかって話し合った時、俺が大地に言った言葉だ。

「やりたいようにやった方がいい時って確かにあると俺も思うよ。本音でぶつかることもさ、必要なんじゃないか?」
俺の言葉、そのまんま。
だけど、今───その言葉が自分の胸に突き刺さる。


「大地、俺……。」
用事思い出したから帰る!と勢いよく立ちあがれば、「頑張れよ」なんて親友の言葉。
それに背中を押されるようにして、俺は店を飛び出した。



『今、家にいる?』
送ったメッセージに『うん』と短い返事。
すぐに電話をかけると、ゆいは驚いた様子で『どうしたの』と言ったけど、

「話したいんだ、今。少しでもいいから───ゆいに聞いてほしい。」
ゆいが好きだよ、大好きだ。
一緒にいると楽しいし、笑い合えると嬉しくて、手をつなげばそれだけで心が弾む。

こんな風に思えた女の子は他にいないんだ。
だから、もっと、これからもずっとゆいと一緒にいて、ゆいとたくさんのことを二人でしたい。


「……わかった。」
何かを感じとったのか、決意めいたゆいの声。
困らせてしまうかもしれない。
ゆいも、俺も傷つくだけかもしれない。

だけど、やらなきゃいけない時がある。
今、この気持ちをゆいに伝えなかったら───俺はきっと後悔する。


だから、駆けだして、息が切れても走って走って、夏の終わりの空気に汗が滲んだけど、それでも構わずに走った。

俺は、及川には敵わないかもしれない。
バレーの才能も女の子の扱いも届かない、及川みたいな男に俺はなれない。

だけど、
ゆいを好きだって気持ちは、絶対に負けない。

今の彼氏は俺だろ?
過去にいろいろあったかもしれないけど、ゆいが俺を選んだんだ。
もっと自信もてよ。
ゆいが好きなら、好きだって堂々と言えばいいだろ!
そう自分に言い聞かせて、ゆいの家へ急ぐ。


ピンポン、と軽やかなインターホンの音。
ドキンドキンと脈打つ心臓の音とは、どこか対照的なそれ。

「菅原くん……。」
玄関のドアから顔を覗かせたゆいは、家にいる時のリラックスした格好のままで、それがどこかあどけなく見えた。

「ごめん、急に。」
汗を拭って告げる。

「ううん、私こそ……ずっと連絡してなくて、ごめん。」
少し戸惑ったみたいにゆいは言って、それから「ちょっと待って」と言って部屋の奥へ進むと、すぐにタオルを持って戻ってきた。

「汗、すごい。」

「ありがと、なんか……気付いたら走ってた。」
手渡されたタオルで汗を拭いて言えば、ゆいがふっと笑って、

「え、まだ暑いのに。」
可笑しそうに目を細める。

「だよなー、今思った。」
それが嬉しくて、俺も笑って、気が付けば二人で声を立てて笑っていた。

やっぱ……嬉しいな。
こういうの、すっげー嬉しいし楽しい。
俺、ゆいのことすごく好きだ。


「ゆい。」
やっと息が落ち着いて、少しずつ汗も引いて、俺は……腕を伸ばしてゆいの両手を握った。

「俺、さ。」
ドクドクと荒ぶる心臓の鼓動が、繋いだ手を通してゆいにも伝わったみたいに、彼女も緊張した顔になる。


「ゆいのこと、好きだよ。」
出会ってからずっと、離れて会えない間も、ずっとずっと変わらない。
焦ったり、不安だったり、情けない気持ちになって立ちすくんだり───だけど、ゆいを好きだって気持ちは変わらない。
今までも、これからも、ずっと変わらない一番大事な俺の気持ちだ。

だから、

「だから、」
伝えたい、今すぐに。
届けたい、大切な君に。

「だから、これからもゆいには俺の彼女でいてほしい。」


悲しいとか寂しいとか、会いたいのに会えない悔しさとか、そんな気持ちさえ愛しくて。
君のすべてが俺を揺さぶる。

ゆいの笑った顔が嬉しい。
悲しい顔を見れば、俺も苦しい。
ゆいと出会った時からゆいは俺の大事な一部で、喜びも悲しみも合わせ鏡みたいにぜんぶ伝わる。

だから、俺の気持ちも君の心に届くように───握った手を引き寄せて、今度はぎゅっと背中を抱いた。


「ゆい。」
一緒にいたい、一緒にいよう。
ゆいが好きだから、誰よりも何よりも大事だから。



「あ、ヤベ!」

「え?」

「や、俺すげー汗くさくない?!」
慌てて腕を解いて、「ごめん」と焦る俺に───ゆいが笑った。


「え、何?」

「ううん、なんでもない。」
本当に可笑しいっていうみたいにゆいが笑って、俺は焦るけど……だけど、それが心地いい。


それと同じくらい───また、ドキドキした。


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