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■恋の果実 10

もしかして迷惑かもしれない。
それは、最初から思っていたことだった。

何か手伝いができるわけじゃない。
気の利いたアドバイスも思いつかない。
気晴らしになれてるのかだって、わからない。

心配とか役に立ちたいとか、そんなのは押しつけで───私は過去の埋め合わせをしてるだけなんじゃないかって、そう……思っていた。


徹の病室を訪ねて5回目の今日。
今日こそは───ちゃんと話そうって、思っていた。
2年前のこと、今の気持ち、ぜんぶをちゃんと話そうって。

「ココってすごく並んでるんでしょ。大学でも話題になってたよ。」
街で人気のポップコーン。
キャラメル味のそれをさくさくと音を立てて口にしながら、徹が言った。

「うん、最近はちょっと落ち着いたけどね。私も初めて並んだ。」
おかしな状況だとは思う。
元カレの病室で二人、少しの気まずさを残したままの会話。
岩泉に頼まれたバレーの話もできないまま、ただここに来る回数だけを重ねている。

「おいしー、人気なだけあるねぇ。」
それでも、徹が笑うと私はほっとして、

「よかった。」
ただ一つ、それだけは確かな気持ちだと確かめる。
昔のように、明るく笑っていてほしい。
そんな苦しそうな笑顔じゃなくて、うるさいくらい賑やかな徹に戻ってほしい。

だから、それを伝えよう。
それで───……、

「徹。」

「ゆいちゃんさ。」
声を出したのは、同時だった。
顔を見合わせて、「ええと」と言いよどんだ私に、

「じゃ、俺先行ね。」
と徹が言った。
その瞳が───今まで見たことない色をしていて、とても真剣で、だけど悲しそうで……私はただ、黙って頷くしかできない。


「菅原くんはいいの?」
ストレートな言葉、これ以上ないくらい。

「………!」
直球な問いかけに、返す言葉が出て来ない。
視線が、下に逸れた。

「心配してくれるの、嬉しいよ。でもさ、ゆいちゃんは本当にこれでいいの?」
ポップコーンを噛み砕く音は、もう聞こえない。
ピンと空気が張り詰めた気がした。


少しの沈黙の後、ため息が聞こえた。
それから、

「……岩ちゃんから頼まれたんだよね?だけどさ、俺は───。」

「違う!」
徹の言葉を聞き終える前、咄嗟に出た声はまるで悲鳴のようで、自分でも驚いて慌てて両手で口を塞いだ。

「違う、徹。」

「私、確かに岩泉に連絡はもらったけど……そうじゃない。」
顔を上げた先に、眉を寄せた徹の顔。
こんな顔は───やっぱり見たことがない。
けれど、溢れ出した言葉を止めることはできなくて。

「私ね、徹が怪我したって聞いて……ただ心配で、それで……気付いたらここに来てた。」
岩泉に頼まれたからとか、徹に何かしてあげたいとか、そんな偉そうな理由じゃない。
ただ心配、それだけ。
だから、この場所を離れられなかった。

「そしたら徹、元気ないし……元気だけどなんか違うし、やっぱり……心配で、だからね。」
岩泉に頼まれたからじゃないよ。
そう告げた私に、「ゆいちゃん」と徹は小さく呟いて、だけどそれきり口唇を閉じた。

ずっと抱えていた後悔。
2年前のあの日に置き忘れてきた、本当の気持ち。
菅原くんと出会って、徹と再会して、気付かされた───「本当の自分」。

何が正解かなんてわからない。
だけど、今の私に出来ることはこれしかない。

ありのままで、ただ本当の自分を伝えるだけ。
徹に、
菅原くんに、
私ができるのは、ただ正直であることだけ。


「あのね、」
今、私は2年前のあの日に帰る。

「徹と別れた時のこと、ずっと後悔してた。」
あの日、感情まかせに言った言葉。
言い訳も説明も「好きだ」と言ってくれた徹の言葉も、全部切り捨てた。
よりによって───徹が、一番キツかった時に。


「試合、最後まで見たんだ。」
辛かったでしょ?
悔しかったでしょ?
たくさんたくさん練習したのにって、思ったでしょ?

なのに、ごめんね。
ねぎらいの言葉1つ、私は言えなかった。


子供の頃からずっとやってきたバレー。
仲間と全国大会に出るのが夢だって、いつも徹は言っていた。
中学・高校と一度も手が届かなかったそれが、もしかしたら叶うかもしれないって、電話口で声を弾ませた3年生の春。
その声が、本当に嬉しそうだったのを覚えてる。

だから、応援したいって思った。
ママに無理を言って、新幹線の切符を買ってもらった。
徹の一番大事な試合を一緒に応援したいって思っていた───つもりだった。

「それなのに───ごめんね。」

不安だった、徹はもう私を好きじゃないかもって。
悲しかった、徹が他の女の子に触れたなんて。
遠く離れた距離が悔しくて、苦しくて苦しくて───そう、私が考えていたのは自分のことだけ。


「そんなのッ!元はと言えば俺が───!」

「でも!」
ずっと時間が経った後、気が付いた。
徹がいなくなって、気が付いた。
私は───ずっと徹に頼りきりだった。

不安な時、寂しい時、いつも傍にいてくれた徹。
下らない話だっていつも聞いてくれたし、笑えないよっていう時も決まって笑わせてくれた。

だから、何か返そうって思っていたのに、

「でも、何もできなかったから……。」
ごめんねもありがとうも言えずに、ずっと留まったままの気持ち。

大切な人に、伝えられなかった言葉。
2年前のあの日から───私は前に進めなくなった。


だけど、甘ったれな私は後悔を見ないフリをして新しい恋を追いかけた。
それでも、誰かと一緒にいることに感じる違和感、キスするのが怖くてそれ以上先に進めない。

そんな中で菅原くんに出会って、恋をした。
欲しかった暖かな時間、穏やかな幸せ、私はようやく一歩を踏み出して───少しだけ大人になって、そして気付いた。
ずっと蓋をしたままで───あの日に忘れてきた「後悔」。


「敵わないなぁ、ゆいちゃんには。」
俯いて手を握り締めた私に、徹が呼びかけた声は、その場に不釣り合いな程柔らかなものだった。

「と、おる……。」
顔を上げればそこに、優しい笑顔。
それから、少し眉根を寄せて、ため息を一つ。


「やめるよ、俺。」

「えっ……。」

「俺、バレーやめるのを、やめる。」


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