■恋の果実 9
ゆいちゃんがお見舞いに来てくれた。
岩ちゃんのお節介だ。
だって、俺は会いたくなんてなかったんだから。
岩ちゃんの言い分は理解してる。
『1年のリハビリくらいなんだ!』
『バレーやめるなんて言うんじゃねぇ!』
『カンタンに諦めてんじゃねぇよ!根性なしが!』
もう何度も聞いたよ。
だけどね、やっぱり「続ける」って言えない俺がいる。
バレーは好きだし、大事だ。
絶対誰にも負けたくない、そのためにたくさん練習だってしてきたし。
でもさ、だからこそ……なんだよね。
1年も足止めくらって、そこからまた練習して───その間に、俺は一体何人の人間に置いていかれてることになるんだろう。
飛雄にはきっと抜かれるな。
岩ちゃんだってずっと先に行く、ウシワカなんてきっと背中も見えない。
マッキーもまっつんも、金田一も国見ちゃんも、大学の同期たちだってみんな───。
そんなの、俺には耐えられない。
戻れるかどうかわかんないのにリハビリやって、それからまたってさ。
俺は岩ちゃんみたいに熱血漢じゃないんだよ。
だけど、
バレーを取った俺には、本当に何もなくて。
バレーを続けるのが怖いクセに、バレーがなくなるのも怖い。
今の俺───最高に情けないよね。
そんなんじゃさ、ゆいちゃんが会いに来てくれたって……俺は何もできない。
今の俺がゆいちゃんにしてあげられることは、何もない。
だから───会いたくなかったのに。
「花、しおれそうだったから新しいの買ってきたよ。」
「へぇ、キレイだね。ね、このピンクのお花さ、ゆいちゃんみたい。」
花瓶の花を活け替えるゆいちゃんに軽口を叩くけど、
「……そんなことないよ。」
反応は薄い。
困らせてるってわかるから、俺はまた冗談を言ってゆいちゃんを笑わせようと試みた。
「あのね、この前岩ちゃんが来てね、差し入れだって牛乳パンくれたんだよ。」
殊更に明るい声をつくって続ける。
「だけどさぁ、その前持ってきたのも牛乳パンだったし、いい加減レパートリー増やしてって言ったんだけど。そしたら何て言ったと思う?」
お節介な岩ちゃんだけど、ネタには事欠かない存在だからこんな時はやっぱり感謝だ。
「ボケ、クソ及川、ふざけんな、だって。」
声を立てて笑ってみせた。
「だから語彙少ないよって、ホントなんでも1つ覚えでさ……ゆいちゃんもそう思うでしょ。」
「岩泉らしいね」と口角を上げたゆいちゃんにほっとする。
だって───君が笑っていてくれないと、俺はすごく不安だ。
ゆいちゃんはすごく楽しい女の子だ。
岩ちゃんみたいに厳しい突っ込みはしないけど、頭がいいから俺の冗談への返事のバリエーションはずっと豊富だ。
いつも明るくて、しっかり者、だけどちょっとだけズレてる時もあってそんなとこも可愛い。
だけどさ、俺は知ってる。
ゆいちゃんってすごく真面目なんだよね。
自分のことだけじゃなく、周りのみんなのこと、いつも真剣に考えてる。
ゆいちゃんが俺に会いに来てくれたのだって、きっとそう。
菅原くんがいるのにね、俺なんかのこと心配してくれちゃって本当……放っておけばいいのにさ。
昔からいつもそうだ。
何にでもキチンと向き合おうとするゆいちゃんは、いつだって人よりたくさん悩んでた。
人よりたくさん考えて、人よりちょっと余計に疲れて、だけど笑おうとするんだ。
俺の役割は、そんなゆいちゃんを心からの笑顔にすること。
下らない冗談を言って岩ちゃんに怒られるたびに、ゆいちゃんは笑ってくれた。
「大好きだよ」って言って、ゆいちゃんが何か考える前に「愛してる!」って言葉を重ねた。
うざいくらいに何度も好きだって言えば、ゆいちゃんは呆れ顔で───だけど、いつも笑ってくれたね。
人一倍優しくて、人一倍真面目な君。
俺が笑っていればゆいちゃんも笑ってくれるし、ゆいちゃんが笑ってくれたら俺は最高に嬉しい。
だから、俺たちって最高のカップル。
ずっとずっと、君の真心を守る。
それが俺の役目。
そのはずだったのに、
俺はゆいちゃんを傷つけて、泣かせて、もう一度抱き締めることも叶わないままに───遠く遠く手放してしまった。
それなのにさ、また悲しませるなんて……そんなのできないよ。
絶対したくない。
笑わせてあげたいのに、俺の冗談は空回り。
バレーを失った俺は、自信もどこかへなくしてしまって、君を守るだけの強さも今はどこにもない。
ごめんね、ゆいちゃん。
困らせてばかりでごめん。
弱くて情けない俺でごめん。
君を笑顔にできなくて、ごめん。
「徹。」
ああ、だけど……
だけど、君の声を聞くたびに俺の胸は───こんなにも締め付けられる。
ずっとずっと好きだった。
ずっとずっと探してた。
今度こそ君を守るんだって、誓った。
言えない言葉は、また行き止まりにぶつかって───声にならずに消えた。
大好きだよ、ゆいちゃん。
だからお願い、もう一度……太陽みたいに笑ってよ。
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