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■恋の果実 8

彼氏とか彼女とか恋愛経験とか、一応人並みにこなして来たつもりだった。
別に経験が少ないわけじゃない。

だけど、今───
俺はどうしたらいいのかただわからなくて立ち尽くすばかり。

情けないな。
シンプルに言ってしまえは、要はそれだけ。


ゆいの高校時代の彼氏が及川だった。
春高予選の体育館で、ゆいと及川は再会した。
それ以来、なんとなくギクシャクしてしまっている俺たち。
今日、ゆいと連絡が取れないという事実。

(及川に……会ってんのかな。)

彼女を疑うなんて最低だって思うけど、考えはそこに行き着いてしまう。


あの日、春高予選を勝ち抜いた打ち上げにはゆいも顔を出してくれた。
『スガさんが東京の彼女をつれてきた!』なんて盛り上がるアイツらに合わせてくれて、ゆいは明るく笑っていた。
だけど、二人っきりになると……やっぱり少し気まずくて、噛み合わない歯車みたいに俺たちの会話はあちこちがギシギシいっていた。

高校の時に及川と付き合っていたこと、遠距離恋愛になってから別れたことはゆいから聞いた。
『気にしないよ、誰だって過去くらいあるべ!』
精一杯の言葉にゆいはほっとしたみたいに笑って、だけどやっぱり───あの日から少し元気がなくなった気がした。


ゆいが及川と会ってたとして、俺はどうすんだろう。
怒る?
それとも気付かないフリをする?
それとも───、

そこまで考えて気が付いた。
そもそも俺に、選ぶ権利なんてあるんだろうか。


及川のことは、よく知っている。
影山の先輩だからっていうだけじゃない。
県内最高と言われたプレイヤーの一人で、青葉城西の主将を務める及川の名前を知らない人間など、当時の高校バレー界にはいなかったはずだ。

圧倒的な攻撃力と観察力でチームを引っ張る存在だった。
それから……とにかく女子にモテた。
公式戦のたびに女の子の人だかりが出来ていたし、本人もそれを楽しんでいるように見えた。
熱いプレイスタイルと飄々とした性格、どこかつかみ所がなくて───だけど、圧倒的な存在感。

その及川が……必死な顔でゆいの名前を呼んだ。
振り返ってみれば、及川でもあんな風に取り乱したりするんだって驚かされる。
試合がどんなに熱くなったって常に冷静で、人を食った態度さえ見せるあの及川が。

ゆいのこと───、まだ好きだってことだよな。
俺だって同じ男だ、それくらいわかる。


ゆいは、どう思ってるんだろう。

俺と付き合う前、ゆいは男とキスしたりセックスしたりができなかったって言ってた。
「男性不信かも」って戯けた調子で言って、だけど俺とのキスも───セックスも受け入れてくれた。

だから、俺はゆいにとって特別なんだって……思ってた。
俺にとってのゆいは特別な女の子だし、きっとお互いそうなんだって、脳天気に信じ込んでた。


だけど、もし───及川を引きずってたからだとしたら?
及川が好きで、だから他の男じゃダメなんだってことだったら?
もしそうだったら……俺は、及川より上?それとも下?

俺のことは、「菅原くん」なのに及川は「徹」なんだなとか下らない考えが頭を巡る。
悔しいけど、やっぱり不安なんだ。
───ゆいにとって、俺って一体どれくらいの存在なんだろう。
それがわからなくて、急に自信が持てなくなって、とてつもなく不安だ。


それにさ、
こんなのって本気で情けない。
だせーよって思う。
だけど、考えちゃうんだ。

俺は───男として、及川に勝てるのかなって。
バレーじゃ絶対敵わない。
女の子にだって、俺は及川みたいにモテたことない。


それにさ、びっくりだろ。
ゆいと付き合っていた1年間、及川はゆいにキス以上していない。
男だったらわかる、それってすごい我慢だ。
ゆいは……それくらい大事な存在だったってことだろうか。

その及川がもしも本気でゆいとやり直したいって言ってきた時、俺は……ちゃんとゆいをつなぎ止めておけるんだろうか。


ゆいを信じられない自分が情けない。
及川のことばかり意識してしまっている自分が情けない。
こんなのよくないってわかっているのに───頭から離れない。


握り締めた携帯電話。
ゆいに電話をして、メッセージも送って、返事がないのにまたかけるなんて出来ないよなって思いながら、だけどもう一度だけ電話をかけた。

でも、やっぱりゆいから返事はなくて、黒いモヤモヤが大きくなっていく。


ゆい、
俺、ゆいが好きだよ。

これからも二人でいたいし、もっと一緒に笑いたい。
ゆいとじゃなきゃできないこと、たくさんある。

一番伝えたい言葉は、そうだ───「ゆいが好きだ」ってこと。
情けない俺だけど、精一杯ゆいを想ってる。
ずっと一緒にいて、幸せにしたいって思ってる。


だけど、
その言葉を伝える前に───携帯電話に届いたメッセージ。

『少し一人で考えたいことがあります。また必ず連絡するね。』
絵文字もスタンプもない、ただ一文。

すぐに電話をかけたくて、だけどぐっと堪えて手を握る。


『わかった、待ってる。』
俺の返した答えは、正解?
それとも───……?


ゆい。
君に会いたくて、だけど会えなくて、たまらなく不安だよ。


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