×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -
■恋の果実 7

キスに感じる違和感。
男性不信かもって思ってた。
徹のせいだって恨んだことも───正直、ある。

だけど、
岩泉からの連絡に、跳ね上がった心臓。
考えるよりも早く駆けだしていた私が……気付いてしまったこと。

知らないままでいられたら幸せだったのかもしれない。
徹と再会しなければ、私はきっと気付かなかった。
優しい恋に出会って、過去を振り返ることを忘れて、きっと───その人の手を握り返す幸せだけを感じていたはず。

どちらが正解かなんて、今はわからない。
わからないけれど、一つだけ確かなのは───少なくとも誰かをこんなに傷つけることはなかった。
菅原くんを傷つけることも、今まで以上に徹を苦しめることもせずに済んだ。

それでも、そう思っても、
きっと苦しみが待っているってわかっていても、私は急ぐ足を止めることはできない。


ごめんね、徹。
徹のせいにして、ごめん。
悪いのは、私。

だって、好きじゃない人とキスできるはずがない。
それなのに、軽薄で寂しがり屋な私はたくさんのウソを重ねて、自分にもウソをついて───形ばかりの恋愛に、傷ついたフリをしていた。

別れるって言ったくせに、本当は振り切れなかった恋心。
見ないフリをしてた。
知らないフリをしてた。
でも、心は確かにそこにあった。

私はずっと、徹のことを───……。



「岩泉ッ!」
何度も道に迷って、結局拾ったタクシーが広い駐車場に滑り込む。
真っ白な建物の前で待っていたのは、深刻な顔の岩泉。

「……おう、悪い。」
短く岩泉が言った後、二人して言葉を見失ってしまう。
幾人もの友人を介して私の連絡先を調べたと岩泉は言っていた。
だから、それだけの状況なんだってわかっていたはずだった。

だけど───実際に病院を目の前にすると、足が竦んでしまう。

「おまえに、連絡して良かったのか……わかんねぇんだけど。」
「けど、アイツ誰の言うことも聞かねーんだ」と言った岩泉に、私は首を振った。

迷っている岩泉の気持ちはわかるけど、だけどもし知らなかったら私は後悔するから。
「また」何もできなかった自分に───きっと後悔するから。



心臓の音がうるさい。
緊張で手が震えた。
大きく息を吸い込んで、開いた病室のドア。

真っ白な部屋の───中にあったのは、だけど予想外の表情。

「もー、岩ちゃんどこ行ってたのさ。」
「戻るの遅いよ」と口唇を尖らせる徹の顔を見た時、胸を駆け抜けた───痛み。


「ゆい……ちゃん。」
徹は一瞬驚いた顔をして、けれどすぐに笑顔を見せた。

「えー、びっくりした!もしかしてお見舞い?うっれしいなー、岩ちゃんてば珍しく気が利いちゃってるねぇ。」

そんな言葉を寄越されるとは思っていなかったから、本当に驚いたのは私の方だった。

「なんか、まさに怪我の功名ってヤツ?」
先日の気まずさなどまるで感じさせない口調で徹はのんびりとそう言った。

「徹、あのね……。」
手ぶらでやってきた私に「お茶飲む?」と徹は笑いかけて───だけど、先を言わせまいとするかのように私の言葉を遮った。
そして、告げたのだ。

「バレーのことなら、もう決めたことだよ。」

「!」

「だって、靱帯損傷だよ。手術して、リハビリして、1年経ってもし戻れなかったらどーすんのって。」
徹は───変わらず笑顔だった。

「就活とかもあるしねぇ。俺もさ、フツーの男の子に戻ります、みたいな?」
けれど、
何でもないことのように話すソレは、まるで……用意されたセリフのよう。


右膝の靱帯損傷。
高校時代から抱えていた膝のトラブルが大きな怪我となって現れたのは、つい先日のことだと岩泉から聞いた。
関東リーグの一部に所属する大学チームで、正セッターに選ばれたばかりで練習にも熱が入っていた時だったという。
手術と1年のリハビリが必要というのが医師の所見だと、別の大学でバレーを続けている岩泉は言っていた。

それに、
所見を聞いた徹が───「バレーをやめる」と言っていることも。

リハビリを続ければ、復帰の可能性は高い。
しかし、1年後、基礎体力から作り直すとなればもっとたくさんの時間がかかる。
だから───「やめる」と徹は言うのだ。

ヤケになるなという岩泉の言葉も徹は真面目に受け取ろうとしない。

『俺の言うことも聞かねぇってなると……他に説得できるヤツ思いつかなくて。』
岩泉が私に連絡を寄越した理由。
徹に、バレーを続けるよう説得してくれと、私は岩泉に頼まれていた。


徹には、才能がある。
それに、人一倍の努力家で負けず嫌い。
だから、簡単に諦めて欲しくない───そういう岩泉の気持ちはよくわかる。

でも……
ごめん、岩泉。
私がここに来たのはちょっと違うんだ。

バレーボールのことは私はまったくの素人だし、続けることが良いのか悪いのかなんて……そもそもスポーツと真剣に向き合ったことのない私には、正直判断できない。


私は───、
ただ徹が心配だった。

心配で心配で、いてもたってもいられなくて、「怪我した」って言葉に、気が付いたら身体が勝手に動いていた。
何ができるのかもわからないくせに、徹が望んでいるかどうかを考える前に、ただ───急いで会いに行かなきゃって、それだけでここに来た。



「病院って退屈でしょ、寝るか食べるかしかないしィ、でも食べ過ぎて太っちゃったらイケメンが台なしだもんね。」
「だから、岩ちゃんに暇つぶしに付き合ってもらってるんだよね」と、徹は饒舌で、

「だけどさ、手術終わったらすぐ退院できるって言うし、」
ベッドサイドで立ち尽くしたままの私の顔を、そう言って覗き込んだ。

「ね、そしたらさ。ゆいちゃんデートしてくれる?」

「及川!!」
岩泉の声が、白い壁に響いた。
シン、と静まり返った一瞬。


「ワリ……。」
岩泉は今度は声を小さくして、

「けど、ちゃんと話聞けよ。三日月はさ、おまえのこと心配してきてくれたんだから。」
───訪れたのは、気まずい沈黙だった。

何も言わない二人。
私は、必死で言葉を探す。


だけど、

「徹。」
結局、出て来たのは何の解決にもならない一言だった。

「今度は……ちゃんとお見舞いもって来る。」
また来るねと言ったけど、徹にはもうさっきまでの笑顔はなくて、少し口唇を歪めて首を傾けただけだった。


バッグの中の携帯電話に残った着信に気が付いたのは、病院を後にして随分経った後だった。

電話……しなきゃ。
こんなに連絡つかなかったのって初めてだし、きっと菅原くんが心配してる。

そう思うのに───指が動かない。


だって、なんて言ったらいい?
徹のお見舞いに言ってたって正直に話す?
それとも───……。

なんて、私はやっぱり卑怯者だ。
ズルくて、怖がりで卑怯者。
逃げ道ばっかり探して、いつも自分のことばかり。

本当───最低。
最低最悪のイヤな女。

その自己嫌悪はいくら経っても消えてくれなくて、だけど答えを見つけられないまま……気が付けば夜を迎えていた。

菅原くんに電話しなきゃ。
電話して話さなきゃ。

そう思って握り締めた携帯電話、タッチパネルに触れる指先の震えは───いつまで待っても治まりそうになかった。


[back]