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□フレイバー オブ ブルー 4

ぶっちゃけヤバイ。

意識しすぎやって思う。
意識すれば余計気になるし、いらんことまで考えてしまう。

これじゃあまるで、
まるで、またゆいのこと──


ゆいが転校してきてもう暫く経つけど、向き合って話をしたのは最初に会った時だけだ。
廊下ですれ違ったりすると自然に目が合って、だったら話しかけたらええのにって思うけどどうにもギクシャクしてしまってそれができない。

そんなことを繰り返している中で、たまにゆいから手を振られたりするとなぜだかやたらと照れてしまう。
なんでやねん、俺ほんまどんなキャラやって思うけど、どうにもならないのだから仕方がない。

子どもの頃の様子は、思いだそうとしても意外と覚えていない。
ゆいがどんな顔してたとか、どんな服だったとか、そういうやつ。

ただ駆け回った公園の景色とか小学校の通学路、ゆいの家でおばちゃんが出してくれたおやつとか、そういうことばかりはやたらと覚えていた。
そのゆいがすっかり「女の子」になって目の前にいる、そのことにただ戸惑っていた。

昔の自分を知ってるからってだけじゃない。
好きだった子だからってわけでも──多分ない。

こんな風に戸惑うのは、ゆいがすごく綺麗になっていたから。

「アメリカどうやったん」とか「友だちできたか」とか、話しかけるネタくらい、いくらでもある。
「バレー部見に来てや」とか、ゆいに自慢したいことだってある。

だけど、ムリ。
ゆいを目の前にするとムリ。

柔らかそうな髪の毛とか、ちょっと化粧してるっぽい口唇とか、制服を着崩す感じ、短いスカート、そういうのがもういちいちヤバイ。
すれ違った後で思わず振り返って、つい太ももを見てしまった時なんかほんまに居たたまれない気持ちになった。

なに意識してんねん、どういう目で見てるんって、コレ──掻きむしりたくなるような胸の衝動。
ふわふわしてやたらと落ち着かない気持ち、マジでどうしてくれんの。


そのゆいとようやく口をきくことになったのは、少しばかり予想外の場所でのことだった。

インターハイの準優勝からこっち、俺は少しばかり「注目の選手」というヤツになったらしく、その時はありがたくもスポーツ雑誌の取材を受けた帰り道だった。
いつもなら一緒のはずの治や角名も帰ってしまって、一人学校から駅への道を歩く。

ターミナル駅の前、そこでゆいを見かけた。

ゆいは一人で駅前のショッピングモールから出てきたところで、気がついたのは後ろを歩く男二人がゆいに声をかけようかという瞬間。
ナンパやって思った瞬間、

「ゆい!!」

考えるよりも前にその名前を呼んでいた。

思ったよりも大きな声が出たことに驚いて、ゆいもさすがに気づいて振り返る。
そこに駆け寄った。

「ゆい、何してるん。」
ナンパ男たちは少し面食らった様子でこちらを見たが、背中に感じる気配はすぐに遠くなった。

「あ、つむ!びっくりした……。」
目を丸くしたゆいに見上げられて、心臓が跳ねる。
だってめっちゃ可愛いし、ゆいだってわかってるけどほんまにそうなんかって……あかん、混乱する。

「おまえ、今ナンパされそうやったで。」

「え、うそ。」
努めて冷静を装って、告げる。

「ほんま。大学生っぽいやつ。なんかタチ悪そうやったし。」

「うわ、そうだったんだ。気づかなかった。」
言い訳みたいになってないかなと気になるけど、いやいや間違ってないはずと心の内で言い返す。
頭の中がうるさい。
うるさくて、やたら緊張して、自分で自分がよくわからない。

「ボーッとしすぎなんちゃう。」
そのくせ口ばかりは達者にまわるのだから、不思議だ。

「えー。」
だけど、そんな俺にゆいは笑って、

「でも……じゃあ、侑が助けてくれたんだ。ありがと!」
目を細めて俺を見るから──、

あかん。
あかんやん、こんなの。

ドキドキして、頭ん中ふわふわで、それでやたらと胸がぎゅっとなる。

けど、

(治のこと……好きだって言うとった。)

ガキん時の話やろって思う。
そんなんノーカンみたいなもんだし、まして今は関係ない。

頭ではわかっているのに気になって、

「ええけど、あんま隙だらけやと危ない思いすんで。」

「あはは、でもナンパなんて滅多にないってば。」
なんとなしに駅まで歩きながら、やたらと喉が乾くななんて思ってた。


「じゃあ、私こっちだから。」
いつの間にか改札前、スクールバッグから定期を取り出してゆいが足を止める。

「あ、おう……。」
そのまま見送ろうとして、だけど──踏み出した一歩。

「待って。」

「ん?」

「や、せやから……えっと、」
フル回転する思考。
引き留めなきゃってただそれだけに必死で、

「お礼!お礼まだやん、俺に!いや、ほらなんか奢ったほうがええで、親切にしてくれた人には!」
思いついたままに発した言葉はしょうもないことばかりだったけど、

「えー。カツアゲじゃん、それえ。」
ゆいにはそれが可笑しかったみたいで、「ふはっ」と吹き出してひとしきり笑った。

「しょうがないなあ。」
いいよと言ったゆいはまだ治まりきらない笑いをこらえて、「スタバでいい?」と小さく首を傾げてみせた。


それから、小さなテーブルでストローをつまんで、二人して色々な話をした。
気がつけば緊張はいつの間にか消えていて、昔からの友だちそのものみたいに笑いながら話していた。

「そのセットアップがな、ほんまにすごかったんやって。」

「自分で言っちゃう?」

「いや、後でビデオ見て天才かって思ったからな、ほんま。」
俺の自慢話にもゆいは楽しそうに相づちを打ってくれて、頼んだコーヒーが氷だけになっても飽きる素振りはない。

「し、試合……見に来たらええやん。」
それを言う時ばかりは、また緊張が戻ってきた気がした。

誘いたいって思ってた。
だけど、不自然じゃないかなって気になって、言い出すタイミングをずっと計っていた。

「二学期は春高の予選あるから、来月は練習試合も増えるし。」

「春高!」

「おん。」
興味を持ってもらえると嬉しくて、

「それっていつあるの?」

「予選は11月。」
見に来ると言ってくれなかったことに落ち込んで、

「大会はグリーンアリーナやけど、練習試合ならウチの体育館だし……。」

「いいな、見てみたい!」

「せやろッ?!」
それで、またテンションは急上昇。

だけど、

「それって、治も出るの?」
──治。
なんで今、治やねん。

「あ、おん。そうやと思うで。」

「そっか、二人ともレギュラーなんてすごいね。」
別に不自然なことじゃない。
俺といて治の話が出ないほうがおかしい、わかってる。

だけど、気になる。
気になるし落ち込む。

なんでかなんて──そんなの、今は考えたくないけれど。

考えたくない、だけど知りたい。
もしかして──ゆいはまた、治のこと……?

飲み干したばかりのコーヒーが目の前にあるというのに、また無性に喉が渇いた。


「そういえば、あれやんな。」
塗り壁みたいに固まった思考から、なぜかするりと出てきた言葉。
言うべきか言わないべきか、それを考えるより前に気づいたら口が動いて、

「……ゆい、」
カラカラの喉、冷たくなった胸、正解か不正解か考える余裕もない頭。

「ゆい。小学校ん時、治んこと好きやったやろ?」

「え……。」
手持ちぶさたにストローを弄っていた手を止めて、俺を見るゆいの視線。
ハッとなって、急に焦って、ゆいの表情からその感情を読み取ろうとするけど、やっぱり頭が働かない。

沈黙があった。

俺、今どんな顔してるんやろ。
さらっと聞いたらええやんって何度も思ってたことだ、今までだって何度も思った。

別に何年も前のことだし、第一ガキん時の話や。
そんなん笑い話にしたらええやろって。

だけど、いざ口に出すとあかん。
頭ん中がぐちゃぐちゃで、笑ったらいいのか、どんな顔してらいいのかもうわからん。

おまけにめっちゃ気まずい。

変な汗が背中を伝って、どうしようって本気で思って視線を伏せた。
その時だった。

「それってさ、」
ゆいの声に顔を上げれば、

「それって、5年生の時?もしかして、りっちゃんから聞いた?」
ゆいは笑っていた。

ゆいが笑顔だったことにほっとして、だけど次の答えが読めない。

「りっ、ちゃん?」

「うん、りっちゃん。私、仲良かったじゃん。」

「あ、ああ……そやったかな。」
隠れて聞いてたと言い出せずに、曖昧に相づちを打つ。
そうしたら、ゆいはますます可笑しそうに笑った。

「やっぱり!てか、懐かしいな。」
何が?と聞かなくてもゆいは言葉を続けて、悪戯な表情をして俺を見た。

「もう時効だし言っちゃうけどさ。りっちゃん、侑のこと好きだったんだよね。」
え、りっちゃんが?俺を?
ていうか、りっちゃんてどの子やねん。

「それでね、バレンタインに侑にチョコあげるって張り切ってて。私にも誰にあげるのって聞くから、誰にもあげないよって言ったんだけど。」

ゆいの話はこうだ。
友だちの女の子が俺にバレンタインチョコをあげると言っていて、その俺と仲の良かったゆいが俺にチョコをあげるのかを知りたがった。
誰にもあげないというゆいを信じ切れなくて、幼なじみの俺か治のどちらかを好きなんだろうと言い募ったらしい。

「侑と治とどっちなのってりっちゃん引いてくれなくってさ。」
可笑しいよね?とゆいが笑う。

「だから、”治”って言っちゃった!」
それでりっちゃんとは逆のほう、つまり治の名前を答えたというのだ。

「そ、なんや……。」
楽しい思い出話だってゆいは多分思ってる。
今となってはちょっとしたヒミツに過ぎないそれをどこか可笑しく感じながら、懐かしく喋ってる。

けど、ほんまに──力が抜けた。

あの後治と大喧嘩して、多分治にも俺がゆいを好きなことがバレた。
りっちゃんからチョコをもらったかどうかは記憶にないけど、悔しくてゆいの見送りもようできんかったのは覚えている。

「なんや……そっか……。」
力が抜けて、そしたら笑いがこみ上げてきて、

「え、いいよね?時効だよね?あ、でも侑、これやっぱりっちゃんには言わないで?!」
俺と入れ替わりで焦るゆいが可笑しかった。

「いや、まずりっちゃんと会うことないしな。」

「だって……まあ、そうかもだけど。」
そりゃそうだよな、小学生の頃なんて。
どんだけ昔の話やねんな。
それを気にして、引きずって、高2にもなってよう話しかけれんって俺ってどんだけヘタレやねん──。

あれもこれもとにかく全部が笑えてきて、いつまでも肩を揺らしていたら、今度はゆいに不審がられた。

「え、ちょっと。侑、大丈夫?」

「ふっ、はは……おん、だいじょ、ぶはッ、ハハハ、大丈夫やって。」

案ずるよりなんとやら。
ゆいと再会してからこっち、なんとなく重かった気分はすっかり吹き飛んだ。

気持ちが軽くなって、だけどドキドキだけが残って、

「なあ、試合。」

「え?」

「ほんま見に来るよな?」

「あ、うん。行くけど、なに。」

「そしたら、LINEでスケジュール送るわ。」
ようやく手に入れたゆいの連絡先。
この後なんて送ろうなんて考えたら、やっぱり浮かれる。

だけど、浮き足だっているのは多分俺だけじゃないってことに──この後、俺は気づかされることになる。

楽しくて、居心地がよくて、ほんの少しだけ切ないこの場所。
ゆいの隣をもう一度手に入れたいって思うけど──俺の人生には切っても切れない相方がいる。

血を分けた、なんてよく言うけど、俺たちはDNAまで仲良く半分こ。

それでもこの気持ちだけは分け合えない。
どっちかの願いが叶うとしたら、どっちかは絶対叶わない。


俺が抱えてたのと同じだけの秘密を治も隠していたこと、それでまた新しい隠し事をお互いに抱え込んだこと。

俺たちがそれを知ることになるのは、この後の話──。


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