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□とるに足らないあまたのこと 8

『えー、うっそ!ハタチって学生?!』

『この前まで10代だったってこと?すごーい!』

『ねえねえ、どうやって知り合ったの?』

言わなきゃよかったなとすぐに後悔した。
友人たちの好奇の視線に。

楽しく彼氏のことでお喋りできたのなんて、大学生の頃まで。
あの頃は何時間だって恋愛話で盛り上がれたけど、今は違う。

どんな人と付き合ってる?大学はどこ?仕事はなに?実家はどこ?
──それで、結婚は?

詮索したいわけじゃない、誰かを否定したいわけじゃない。
それでも気になって探り合い。

その理由は──多分「不安」だ。

周りに置いて行かれるんじゃないかっていう不安、ちゃんと人並みの人生を歩めてるのかなっていう不安。
「幸せ」の定義は年を重ねるほどに狭くなって、仕事とか結婚とか付き合う相手の条件とか、例えばどれくらい愛されてるかなんてことも……つい比べてしまう。

「不安」を取り除くための儀式。

それで、
『ハタチって学生?!』と聞かれた私は、友人たちにきっと安心感をもたらしたに違いない。
失恋して落ち込んで、ブッ飛んだ恋愛をしている女友達──この子よりは自分のほうがマシだって。

……そんな風に思うのって、卑屈過ぎるかな。

でも仕方ないじゃない。
だって誰よりも──私がそう思ってる、「多分マトモじゃない」って。

結婚したいの。
それでマンションを買って、金曜日は二人で飲んで帰って、土日は一緒に料理して。
そんな未来に憧れている。

破天荒とか自由気ままとは、ほど遠い私。
今この瞬間を楽しむよりもいつだって未来に怯えて、常識とか世間体とかそういうものから抜け出せない私。

平凡でつまらない人間でいい、小さな幸せがあれば。
人並みの喜びとささやかな幸せがあれば、それでいい。



「似合ってる。」

「え、」
日曜の午後に私の部屋にやってきた倫太郎が、スマホの中の写真を覗いている。

「ゆいってこういう色似合うよね。それに髪型もさ、新鮮。」
見たかったなあと目を細められてドキリとなる。
友だちの結婚式の写真、見せづらいなと思っているのは私だけのようで、倫太郎は何事も気にする様子がない。

「結婚式」なんて大学生の倫太郎にはまだ縁の無いものだろうし、なんとなく年の差を意識しちゃうかもなんて、気にするのはいつも私だけのように思える。
そのことが、また私の心を曖昧に揺らす。

年上だって思われたくないし、言われたくない。
だけど、年上だってわかっていて欲しい──これ以上ないくらい矛盾した感情を私はうまく説明できない。


「今日、泊まっていってもいい?明日朝練あるから、ゆいより先に出るけど。」

「いいけど……。」

「けど」なんて、そんな言い方よくないよね。
だけど、わかってるくせに止められないのはどうして?

「やった!じゃあさ、夕飯の買い物行こうよ、俺も手伝うから。」
休日には二人で料理、それは憧れていた生活。

「いいよ。」

「ねえ、何にする?この前作ってくれたハヤシライスすごい美味しかったなあ。あ、でもカレーもいいよね、日曜日にカレーってなんかいいっていうかさ。」

「どっちでもそんなに材料変わらないし、スーパー行ってから考える?」

「いいね。」

倫太郎との時間は、すごく穏やかで楽しくて──嬉しい。
そう、嬉しいなと思うことがたくさんある。

「あ、そうだ。」

「なに?」

「ゆいの写真見せてくれたじゃん。俺のも見る?写真撮るの好きなんだよね、実は。」

「そうなの?ちょっと意外。」

「えー、そう?」
倫太郎のスマートフォンは彼の宣言通りに撮りためた写真でいっぱいだった。
同じ大学のチームメイトらしい男子学生たちの賑やかな日常がたくさん。

「あ、これ。合宿の時、キャプテンに怒られて正座してるヤツ。こいつら双子なんだけど、本当喧嘩ばっかりでさ。」
画面から笑い声が聞こえてきそうなくらい、楽しそうな日常を切り取った写真の数々。
可笑しくて、つられて笑って、

「てか、倫太郎ぜんぜん写ってなくない?」

「あはは。そういえば撮るばっかりかも。」
だけど、少しだけ寂しい。

嬉しいと思う瞬間に、入り込んでくる寂しさを誤魔化して笑う。
だって、私はまだ答えを出せてない。

重なり合う分だけ浮き上がる差、私と倫太郎の違い。
それと向き合う勇気がない。


「じゃあ、二人で撮る?」

「え、ちょっと……!」
インカメラを向けられて慌てた。

「部屋着だもん、嫌だよ!」

「いいじゃん、誰にも見せないから。」

「ダメだってば。」

「どうしても?」

「どうしても。」

だってそうでしょ?
倫太郎のフォルダの中にいる男の子たちは、みんな若い。

それに、インカメラに写った倫太郎も──同じだった。

大人っぽいなと思うことがよくある。
年の差なんて忘れてしまう瞬間だって、確かにある。

だけど、カメラに写る彼は、彼の友だちはやっぱり私よりもずっと若くて、私の周りにいるどの男よりもずっと若くて、そのことに──傷ついた気持ちになる。
「傷つく」なんて、自分勝手。

だけど、そうなの。
止められないの。

一緒にいて欲しいのに、いつも少しだけ苦しい。
傷つけられる理由なんてないのに、ズキリと胸が痛い。

こんなこと、もしも私が口に出したら──倫太郎はどうする?

人の気持ちが離れる怖さを知ってる。
笑って隣にいてくれた相手に、冷たい目を向けられる悲しさを知ってる。

そこにあったものがなくなってしまうことの辛さならイヤっていうほど知っているくせに──どうして手を伸ばしてしまったんだろう。

あったかくて、優しい、大きな黒いかたまり。
当たり前のように笑顔を向けてくれる、私に不釣り合いの若い男の子。


「じゃあホラ、その部屋着から着替えてさ。スーパー行こ!」

「はいはい、着替えるってば。」

倫太郎と私と、二人が見つめる方向はきっと同じじゃない。
そのことを突きつけられる出来事が起きたのは、二人で過ごした夜の数ももうわからなくなった頃。

金曜の夜を二人で過して、休日に料理をして──だけど、いつまでもそのままじゃいられない。

そのことを突きつけられたのは、イヤでも過去と向き合わされる「彼」との再会がきっかけだった。


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