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□フレイバー オブ ブルー 3

図書館なんて、俺は滅多に行かない。
だから、そこを通りかかったのは本当に偶然──じゃない、そこへ向かうゆいの背中を見かけたからだ。


放課後は毎日が部活。
その日はたまの休息日で、「自主練しようや」なんていう侑からのLINEのメッセージに了承の返事を返して、

「角名、行こう。」
同じクラスの角名を促して、体育館へ向かおうとした。

「はいはい。あー、たまには高校生らしく彼女とカラオケとか行きたいよ。」

「え、角名って彼女おるん。」

「……いません。」
こんな会話はまあ概ねいつも通り。
「彼女がほしい」なんて角名はよく言うけど、それだって多分本気では思っていない気がする。

毎日が部活、バレーバレーばっかりで正直女がどうのという余裕はない。
可愛らしい女の子とあれこれしてみたいという気持ちは勿論あるけど、それが現実的じゃないってことは生憎身をもって知っている。

高校に入学してすぐの頃、1つ上の先輩に告白されて付き合うことになった。
休み時間から放課後まで途切れなくつづく連絡にうんざりして、こんなんじゃ無理だと根を上げた。

同じ頃に同級生と付き合い始めた侑はもっと酷かった。
休み時間は教室まで彼女が来るし、放課後はギャラリーで見学、小学校のミニバレーん時のおかんだってあんなに熱心に見学なんてしてないと思う。
半分悪口みたいなそんな会話を本人に聞かれて大喧嘩、その子と別れた後もあれこれと言われたようで、しばらくの間は侑の機嫌も最悪だった。

女の子なんてグラビア雑誌の中で十分。
写真の女のほうが現実よりもよっぽど可愛いしエロい、文句も言わない。

そう思ってた。
──はずなのに、なんで。

「角名、先に体育館行っといて。」

「は、なんで?」

「なんででも。」
目の前で廊下の角を曲がったのは、確かにゆいだった。
一人で俺らの前を歩いてた、それを見たら考えるより前にそう言っていた。

「ええから、後でな!」
見失わないようにって慌てて追いかけた背中で、角名の呆れた声がする。
そんなことは構わずに、ゆいを追いかけた。

早足で角を曲がって、だけどそこで脚踏み。

(なんて声かけよ……。)
考えなしに飛び出したせいで、言葉はなんにも浮かんでこない。

そっと、ゆいに気づかれない様に後をつけて、それでたどり着いたのが図書館だった。


図書館の入り口にあるコピー機で、ゆいはノートをコピーしていた。
腕に抱えていた何冊もをそこに下ろして、付箋の貼られたページをめくりながらコピーを続けている。

それを見ていた。
なんのつもりで追いかけて来たのかなんて、自分でもよくわかってない。

あの日、転校生として俺の──俺たちの前に戻ってきたゆい。

転校初日の教室で顔を合わせたきり。
それからもときどき姿を見かけることはあったけど、向こうもなんにも言ってこないし、俺から話しかけたこともない。

普通に話したい?友だちみたいに?
そうかもしれないし、違うかもしれない。

だって、そうだ。
気がつけば目で追っているのに、それを誰かに気づかれたくない。
侑にも、角名にだって知られたくない。

それがどういう意味なのか自分でもよくわからないままで、だけど気がついたらゆいを追いかけていた。

「……なにしとるの。」
俺の脇をすり抜けて、誰かが図書館に入っていったのがきっかけになった。
一歩前に踏み出して、それからゆいの隣に立った。

ドキン、

え、なんやコレ。
心臓が跳ねて、やたらと緊張して、なんでなん?ゆいと話そうってただそれだけなのに、なんで──。

「治!」
振り返ったゆいが浮かべた笑顔に、また心臓がぎゅっとなる。
ほんまになんなん、どうしたんや俺。

「おう。」
ずっと昔からの知り合いのはずなのに、なんでかうまく喋れない。
どうしてそんなことになるのかわからない、仕方がないのでゆいの手元にあるコピー用紙に目を向けた。

「あ、これ?ノート、コピーさせてもらってるの。授業、結構わかんないとこ多くて。」
眉根を寄せてゆいはそう言って、

「特に数学。もうさ、元々苦手なせいでちんぷんかんぷん。」
数字と図表の書かれたコピーを俺の前で振って見せた。

「ふうん。」
プリントを受け取ると、

「ベクトル……。」

「うん。治、数学得意?」
そんな風にゆいが聞くから、つい考えるフリをしてしまう。

「……。」
けど、あかん。
QとかPとかKとか……さっぱりわからん。
というかほんまにこれ、俺も習ってるやつなん?

「治?」

「……。」

「おーさーむ。」

「……。」
記憶の糸を紐解こうとするが、授業を受けたことさえまったく覚えていないのだから参ってしまった。

「あかん、見栄張ったわ。」
観念してそう言ったら、ゆいが吹き出した。

「ふはっ、何それ!」

「やって、」

「もー、ウケるんだけど。」
スラスラ解けたりしたら格好良かったけど、こうやって笑われるのも悪くないなあと思って、

「それ、俺にもコピーして。数学。」

「え、勉強すんの?」
こんな風に話せたらって、やっぱり思った。

「部活の先輩、めっちゃ頭ええ人おんねん。だから、聞いてみる。」
こうやって笑って、話して、それで次もまた笑い合って、そうしたかったんだって気がついて、

「え、いいの?ありがと。」
ゆいの視線が俺を見てるってことが、たまらなく嬉しかった。

「まかしとき。」
見栄張りついでにそう言ってみたら、

「さっすがおーちゃん、頼りになる!」
懐かしい呼び名を口にして、ゆいがまた笑った。

「ッ、やめや。そんなん言うたら、おまえやって、ゆいちゃんやぞ。」

「え、それ普通だし。」

「アホ、ゆいで十分や。」
顔が熱い、耳も。
ほんま何しとるんやろって思うけど、少しばかりくすぐったいこの会話が──楽しい。

気がついたら、いつの間にかもう普通に話していた。

「おばちゃん、元気なん。」

「うん、超元気。今ね、自分で仕事してんの。すごいよね、会社とか作っちゃってさ。」

「え、マジでか。」
ゆいの話では、元々趣味で始めたことが仕事になって、最近になってついに会社を立ち上げたらしい。

「バルーンアートって、わかる?」

「なんて?」

「風船で色々作るの、パーティーとかイベントの飾り付けとか。なんか一応儲かってるらしくて、今日も仕事って。」
私よりよっぽど忙しそうだよとゆいは笑いながら言って、

「治のお母さんは?元気?」
そう尋ねて寄越した。

「それこそあり余っとるわ。」
懐かしさと同時、胸にこみ上げる思い。
その正体はまだ曖昧で、けれどなんとなく気づいてはいる。

まだほんの子どもの頃、誰々が好きとかそんなんはまだ覚えたての遊びみたいなもので──だけど、あの頃の思い出を俺も侑も気軽には語れないでいる。

『ゆいはおまえのこと好きなんやで!』
そう言って俺に食ってかかった子どもの頃の侑、その本人こそがゆいを好きだということをあの頃の俺は知っていた。

知っていて、だけど侑にもゆいにもそれを言ったことはない。
それが、「噂話は格好悪い」なんていう立派な理由ではなかったことも今ならばわかるけれど。

ほんの思い出話に過ぎない出来事を、気軽に口にできない理由。
それは──もしかしたら、侑も俺も同じなのかもしれない。


「おかんの帰り、遅いん?」

「うん。ていうか、実は今パパも単身赴任で。」
ゆいと家族が昔に住んでいた家はとっくに売りに出されて、今はもう別の一家がそこで暮らしている。

「お母さんとマンションで二人暮らし。」
ゆいとの距離が詰まっていく感覚と、そのたびにちらつく片割れのこと。
侑の顔──それを首を振って打ち消した。

「そしたら、」

「うん?」

「そしたら今日、勉強会せえへん?俺も部活、自主練だけやねん。」
体育館に行って、いつもの自主練をこなしたらここに戻って来ようと思った。

北さんにさっきの数学を教えてもらって、それでゆいにも教えてやったらいい。
侑や角名に何か言われるかもしれないけど、その時はその時だ。

「いいけど……。」
侑は?と聞かれるんじゃないかと身構えて、言われる前に先を封じた。

「じゃあ、後でな。図書館で待っとって。」

「あ、うん。」
立ち去る仕草の俺にゆいが笑って手を振って、

「自主練、頑張ってね。」

「おう。」
それだけで心が軽くなっていく。

さっきまでちらついていた侑の顔も消えた。
何を話したらとかそういうぎこちなさももうなくて、とにかく気分が軽かった。

会いたい、話したい、今のゆいのことが知りたい。
それで、もっと一緒におれたらええな。


他人に聞かれたら「アホか」と言いたくなるくらい明白な感情の正体。
ほとんど気づきかけているそれから、わざとらしく目を逸らす。

まだ知りたくない、気づかなくていい、もう少しこのままでいたい。

手を伸ばす勇気も傷つく準備もまだなくて、今はこの場所が居心地がいいと思うから。
長くは続かないかもしれない時間、だからもう少しだけ──。


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