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□とるに足らないあまたのこと 7

バンケットの正面に設えられた高砂に座る二人を見る。

笑顔、「幸せ」ってこういうことなんだって、体現したみたいな眩しいくらいの笑顔。
これ以上ないくらい、人生の晴れ舞台と呼ぶにふさわしい場面だ。
真っ白なドレスをまとった友人はとても綺麗で、はじける笑顔の彼女を見れば「よかったね」と心から思えるというもの。

それなのに、
ただ純粋にこの場を楽しませてくれない、私の中の「記憶」。

あの日、私も白いドレスを着た。
たくさん試着してたくさんこだわって選んだ衣装、テーブルの花は白いカラー、音楽、来てくれる人に楽しんでもらおうと一生懸命考えたプログラム。
料理とワイン、引き出物は特にこだわって決めた。

だけど──私は、きっとあんな風に笑えてなかった。
不安を宿す心が何度も胸を揺らして、彼の目を見るのが怖かった?ううん、違う、彼の目が私を見てはいないことを知るのが怖かった、その事実を受け止めることができなくて浮かべていたのはたぶん誤魔化しの笑顔。


「ゆい、ドレスの色当て!何色にした?」
隣の席に座る友人に声をかけられて、はっとなる。

「黄色!だってイメージカラーっていったら黄色でしょ。」

「だよねえ、私も。でも、他の色も似合いそうだよね。」

「確かに意外な色も見てみたいかも。」
笑って返した言葉に嘘はない。
彼女の幸せに立ち会えて良かった、そう思ってる。

それなのに、どうして思い出したりするの?

忘れたい、忘れたい、もう傷つきたくない。
思い出して泣くのなんか、もうたくさんなのに──!

真っ白なバンケットを見渡して、喜びに包まれた空間をもう一度確かめる。

ほら、みんな笑ってる。
幸せのお裾分け、楽しい時間、キラキラとまばゆい景色、だから私も楽しまなくちゃ……!


3時間ほどのパーティーを終えて、可愛らしいチャペルの併設された結婚式場を出たのはもう夕方に差しかかる時間。

「ねえ、この後どうする?」
友人たちと落ち合うのはこの場合の既定路線で、通りに出てタクシーを探しながら誰からともなくそう言葉が出た。

「お腹いっぱいだし……お茶かなあ。」

「駅まで行く?それかもう二次会の会場近くまで行っちゃおうか?」
夜からは定番の「二次会」が予定されているけど、まだ時間がある。

「青山だし、行っちゃう方がいいかもね。カフェいっぱいあるじゃん。」

「そうだね。」
バッグの中のスマホが振動したのは、その時だった。

「あ、ごめん。ちょっと……。」

倫太郎──表示された名前にドキリとなった理由はなんだろう。

「……ハイ。」

『あ、ゆい。もう終わった頃かなって。』

「うん、これから二次会。」
倫太郎は、会う約束のない日でもこうしてよく電話をしてくる。
そんな彼に少し──ううん、たぶん結構──最近は依存してしまっている気がする。

誰かから連絡があるという安心感は圧倒的だ。
慣れるほどに手放せなくなる怖さを感じながら、確かに深まっていく依存を感じている。

『ねえ、どんな服着てるの。写真送ってよ。』

「そんなのないってば。」

『えー、ウソ。みんなで撮ったりするでしょ。』
スマートフォンの向こうで笑う気配に、つられて口元が緩む。

「後でね。」

『約束だよ。』


「倫太郎……。」
──明日、会える?

言おうとして、言葉に詰まる。

私から会おうと誘ったことは、たぶんない。
会いたいと思っても口にできない臆病な自分を自覚しているけど、それは倫太郎との関係で乗り越えられないことの一つだった。

『なに?俺に会いたくなっちゃった?』
優しさといじわるの中間の言葉を、だけどとてもあたたかな声音で紡ぐ彼。

「そ、うかも。」
どっちが年上かわからないなと思う瞬間。

『俺も会いたい。今日、帰ったら電話してよ。』

「うん……。」
こんな時間を重ねたら、もしかして──いつか普通のカップルになるのかな。
そんな風に思い始めていた。


だけど、

「えー、ゆい!彼氏?」

「えっと……。」
好奇心いっぱいで私を見る友人の視線から、目を逸らした。

「ねえ、そうでしょ。今の!えー、どんな人?」

「彼氏っていうか、まあ……。」

「いいじゃん、教えてよ。良かったね、ゆい。立ち直ったんじゃん!」

「そうだよ」と胸を張って言えない自分が嫌い。
倫太郎が必要なくせに、倫太郎のすべてを受け入れきれていない自分が嫌い。

何が怖いの?
友だちに否定されること?世間の目?常識とか一般論?
それとも──いつか彼に捨てられるかもしれないって思ってること?

──答えはきっとその全部。
周囲の目を気にして、常識にとらわれて、自分に自信がなくて、そのくせ彼を手放せない。

いつからこんなにも臆病になっちゃったのかな。
最初からなのか、大人になったからなのか、それとも大きな失恋のせいなのか、それさえももうわからない。

いったいどうなりたくて、それで何に怯えているの。

あたたかだった胸の内側に、冷たい水が入り込んだみたい。
それが揺れて、混じり合って、またわからなくなる。


それでまた、私は曖昧に笑った。


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