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□フレイバー オブ ブルー 2

黙々と鶏肉を口に運ぶ治を見る。

「ええやん、チキン南蛮かてうまいやろ。」

「うるさい、俺はカツカレーかチーオムって決めてたんや。」
朝から楽しみにしていたらしい昼食のメニューが売り切れだったせで不機嫌、ということらしいが本当にそれだけだろうか。

「長引くパターンだね、これ。」
そんな俺たちのやりとりを楽しそうに見ながら角名は笑って、手にしていたお握りを平らげてからキツネうどんに箸を伸ばした。

「それで、どうなの。」
意識して避けていたはずの話題に角名が戻ろうとしていることに気がついて、

「何が。」
生姜焼きの肉を口の中に押し込んだ。

「いつも言ってんじゃん、女の子に告白された時とかさ。」
”噂の転校生”に対する評価を求められているということはわかっているけど、そんなもの答えようがない。

「まあまあとか合格ラインギリギリとか、話にならんとか、そういうの。」
いつもならどうということのない軽口も、ゆいに対してなんて浮かんでこない。
そう思いながらも思った通りを言うのはなんとなく憚られて、適当に言葉を選んで答えた。

「……まあまあなんちゃう、わからんけど。」

「えー、マジか。」

「なんやねん。」
俺と治にとっては幼なじみでも、角名にとってはただの女の子。
おまけに季節外れの転校生で、話題にしたくなるのもわからないでもない。

「面食いすぎじゃない、結構可愛いと思うけど。」
もしもゆいじゃなかったら、俺だってそうやって楽しめたと思う。
少しくらい下世話だってそんなの普通、男同士の軽口だ。

「見慣れすぎてるし、女としてどうとかわからんわ。」
可愛いなんて表現を角名がしたせいか、なぜだか妙にドキリとなった。

「小学生の時でしょ、そんなの見慣れてるって言わなくない?」

「10年は一緒におったんやで。」

「あー、そっか。まあねえ。」

ゆいと俺たちとはいわゆる「ご近所さん」の付き合いで、同い年なのだから当然というように物心つく前から親同士に一緒に遊ばされていた。
そんな相手がいざ高校生の女の格好で目の前に現れたのだから、こそばゆいのだって当たり前だ。

「変な感じしかせえへん。」
それを言ってやれば角名はなんとなく納得した様子で頷いて、

「治もそうなの。」
今度は治の方に話題を向けた。

「何が。」

「だから、幼なじみだと女の子として見れないって感じ?」
最後の一切れにソースを絡めた治が、チキン南蛮を口元へと運ぶ。
それをゆっくりと咀嚼してから、茶碗の底に残った白飯を口に放り込んだ。

そのわずかな間に、緊張してしまう理由。
わかっているようでわかっていない自分の気持ちの動きに戸惑った。

「……まあ、そうなんちゃう。」

「ふうん。」
気のない様子で治はそう言って、最後の白飯を箸ですくった。

なにドキドキしてんねん。
自分でもどうかしてるって思う。

だけど、止められない。
それを治や角名には悟られないように、殊更に無関心を装った。

笑って話してしまえばいいと思わないでもない。
だけど、なんて?

「ゆいって、治のこと好きやったんやで」って?
それで、「治はぶっちゃけどうやったん?」って?

それとも──

「俺、ゆいのこと好きやってん」、そんなん言えるわけがない。

ほんの子どもの頃の話、だけど「ゆいのことを好きだった自分」をちゃんと覚えている。
3人一緒になって遊んでいた時期を過ぎて、ゆいはいつの間にか女子とばっかりつるむようになって、それが当たり前になる頃には、「好きだ」と意識していた。

だけど、小5の冬、

『ゆいちゃんは好きな人いるの?』
確か掃除の時間が終わる頃、ゆいと同じクラスの女子が二人で話してるのを聞いた。

『えー、なにそれ。』
ゆいは誤魔化そうとしてるみたいだったけど、聞いたほうの女子は諦めない様子で、

『じゃあさ、侑くんと治くん!どっちが好き?!』
その質問にドキドキが大きくなって、廊下かどっかに隠れて二人の会話に耳を澄ませた。

治だと答えたゆいがどんな言い方をしたのかは覚えていない。
ただそれがひどくショックで、それからしばらくは治ともよう喋れなかったような気がする。


そんなのただの昔話。
笑って話せばそれで済むし、少しは角名にからかわれるかもしれないけど気にするようなことじゃない。

でも、言えない。


「そういや、来週の練習試合のオーダー見た?」

「え、まだ見てない。」
部活の話になったところで、すっかり昼食を平らげた治も顔を上げた。

「いや、俺も見てへんけど、コーチが北さんにオーダー表渡したって言うとった。」

「うわ、緊張する。」

「角名は好調やから大丈夫ちゃう。」

「そうかなあ。」
請け合った角名と、

「余裕ぶっこいてるとおまえもわからんで。」
治も話に加わって、

「そっくり返したるわ。」

「それこそもう一回返すわ。」
そのまま話は、来週に控えた練習試合のこと一色になった。


ほっとした。
ゆいのことをもう話さないでいいことにほっとした。

ずっと忘れていたはずだった。
それなのに、今思い出すとやたらと胸がキリキリする。

子どもの頃の思い出だと笑えないのは、ゆいが──見違えたみたいに大人っぽくなっていたせいかもしれない。

俺はもう小学生のガキじゃないし、治だってゆいだって同じ。
そう思うのに、何度も「あの頃」を思い出してそのたびに「今」のゆいの顔がちらつく。

可愛いなって、本当は思った。
えらい大人っぽいし、そらクラスのやつも騒ぐよなって思った。

だけど、それを口に出せないのは──どうしてか。


なあ、それで──

治は、なんで何も言わんの?


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