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□フレイバー オブ ブルー 1

「治と角名、おるー?」
やかましい声が聞こえた教室の入り口を見る。

「あー、おったおった。学食、行かんの?」
顔を覗かせたのは声と同じくらい賑やかな頭をした片割れで、

「授業伸びてん。」
その声に促されるように腰を上げたら、角名が笑った。

「そ、今終わったとこ。だから治、超不機嫌なの。」

「そんなんちゃうわ。」
言いながら、「誰だって機嫌悪くもなるやろ」と内心で思う。

授業なんて退屈なだけだし、おまけに昼休み前。
毎日激戦が繰り広げられる学食のことを考えれば、少しでも早く教室を出たいと思うのが当たり前だ。

「ほんま子どもと一緒やな、治は。」

「うっさい、ボケ。」
カツカレーかチーズオムライスかで朝から悩んではいたが、この出遅れでチーズオムライスの方は絶望的だろうと思うと余計に腹が立った。

その時だった。

「何、あれ。」
隣のクラスに人だかり。
何事かと声を発したのは侑で、角名のほうは訳知り顔でスマホを弄っている。

「角名、知ってんの。」

「まあね。」
もったいぶんなや!と侑が抱き込もうとした肩をするりとかわして角名が言った。

「転校生だって、去年のクラスのヤツからLINE来てた。」

「へえ、珍し。2学期からてこと?」

「アメリカ帰りだって、しかも……。」
もったいぶった角名の態度に、「女の子やろな」と予想する。

それで、的中。

「可愛いって朝から騒いでるよ。」
トーク画面をかざして見せてから、

「覗いてみる?」
と聞かれるが、即座に首を振った。

「学食が先や。」
俺の反応は角名もわかっていたようで、アハハと声を立てて笑って、

「わかってて聞いたけどね。」
そんな風に言って人だかりを一瞥してから廊下を通り過ぎようとする。

「ちょお待てや!女の子?!」

「だからそう言ってんじゃん。」
侑の反応は俺と角名の逆で、

「マジで?!いや、おまえら興味なすぎやろ、インポか!」
寄っていこうと主張するのもまあ、概ね予想通り。
それを俺が無視するのも、こいつらにとっては予想通りということだろう。

「先行ってるで、侑。」

「じゃあね。」

「いやいや、マジでか。おまえらそれは男としてどうかと思うで?!ちらっとだけ、な?ちらっと見てこ。」
別に転校生の顔くらいそのうちイヤでも拝むことになるんだろうし、可愛いなんて言ったところでアイドル顔負けの美人なんかにはそうそう出会えないことだって明らかだ。

だからそんなことよりも最低でもカツカレーをキープすることのほうが余程重要に決まってる。
そう思って、人垣の上から教室を覗き込む侑のことは放ってさっさと行こうとした。

それが、

「え、」

侑の反応は、俺の予想した「まあまあってとこやな」でも「俺的にはギリ合格かな」でもなくて、

「なにあれ、侑固まってんだけど。」
教室を覗いたところで口を噤んだ侑に、俺も角名も足を止めた。

「衝撃の美女という可能性。」

「……。」
角名にそう言われると俺も少し気になってきて、「しゃあないな」と侑の背後からつま先立ちして教室を覗き込んだ。

窓際の机に女子の集まり。
小さな弁当箱とかコンビニの袋なんかを広げた一団に視線は吸い寄せられた。

誰が転校生かってことなら、すぐにわかった。
「まあまあ」でも「ギリ合格」でもない、その代わり「衝撃の美女」でもなかったけれど──俺は、それが誰だかを知っていたから。

侑と俺とが一緒に教室を覗いていることに気づいたらしい一団がこちらを向いて、自然視線の先にあった横顔も廊下にいる俺たちに気づく。

大きく見開かれた瞳。
それから瞬きをして、もう一度こちらをじっと見る。
その動きがスローモーションみたいに見えて、俺も視線を逸らせない。


「うっそ、超ウケる!」

いや別に、ウケるとこちゃうやろ。
心の中のツッコミは声に出ることはなく、

「え、知り合い?」

「……おん。」
角名の言葉に頷いた。

──そりゃあ知っとるわ。
ほとんど毎日ってくらい一緒におって、学校帰りも一緒に帰って寄り道したりお互いの家も行き来した、そんでバレー教室にだって一緒に通い始めて──子どもの頃の記憶の中には、侑と同じくらいその顔がある。

三日月ゆいは、近所に住んでいた幼なじみ。
男とか女とか、そんなの関係ないずっと昔からの知り合いで、だけど──

「てか侑、金髪じゃん。すご。」

あっくん、おーちゃんの呼び名が「侑」と「治」になって、それで気がつけば一緒に帰る相手も女子と男子と別々になって、それで「最後」はどんなんやったっけ。

「えー、超背伸びてるし。びっくり。」
席を立ってこちらにやってきて笑う顔を、なんとも言えない気持ちで見てた。

「ねえ、すごい久しぶり。」

ああ、そや。
確か小学5年の夏休み前、父親の転勤で外国に行くんやっておばちゃんと一緒に挨拶に来て、

(……あの後、侑と喧嘩した。)

たぶん最後はロクに話もしないままで、転校してっそれっきり。
それを思い出していた。

「マジか、ほんまにゆいなん?」
さっきまで俺と同じで固まってたくせに、侑のほうはいつの間にか元のペースに戻っていて、

「うん、ほんまやでっ。」

「つーか、言葉ヘンになっとるし。」

「しょうがないじゃん、使ってないんだから。」
そんな風にして言葉を交わしながら、笑う。

「なあ、治。ほんまびっくりしたなあ。」

ゆいが転校するって知った日、侑と喧嘩した。
子ども同士の喧嘩に過ぎないはずのそれを俺は今でもはっきりと覚えている。

『ゆいはおまえのこと好きなんやで!』

『だったらどうせえっちゅうねん。』

『そら色々あるやろ。』

『色々ってなんなん。第一ゆいは外国行くんやろ。』

『なんなん、治!』

『うっさいわ、クソ侑!』

ゆいは俺のこと好きなんだって侑が言って、それでやたらめったらに絡まれた。
結局殴り合いになって、おかんに止められた後もしばらく口をきかんかった気がする。

「ご無沙汰してます、治さん。」

「……。」
悪戯な言い回しで笑うくせに、上目遣いで見つめるのはずるい。

全部、ガキん時の話や。
誰が誰を好きとか、告白するとかしないとか、全部。
笑い話にできるくらい、ずっと昔の出来事。


だけど、俺たちの目の前に現れたゆいは、子どもの頃のように無邪気に笑いながら過ぎた時間の分だけ大人びていて──

息が苦しい。

そう思うのは、すっかり「女子」になったゆいのせいか、それとも大人になりきれない自分のせいか。


なあ、それで──

侑は、どう思っとるの?


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