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■ファーストコンタクト

「あ、」

地下鉄のホームで彼を見かけた時、最初に思ったのは「どうしよう」ってこと。

クラスメイト、だけどあんまり話したことない。
同い年だけどなんとなく遠い彼。


学校の最寄り駅の改札へは一番前の車両が近い。
だからいつもそこに乗るけど、ホームの定位置には「彼」がいた。

二番目の車両にしようかなと悩んで──だけど、目が合った。

ノートを手にした彼がこちらを見て、でもそれは一瞬。
すぐに逸らされた視線。


「おはよ!」
思い切って声をかけたのはどうしてかって。

だって目が合ったのに逃げたみたいのってイヤだし、一応クラスメイトなのに。
そんなの格好悪いじゃんって勇気を出して話しかけた。

「……おはよう。」
マスクの向こうから返ってきた声は、決して大きくない。
だけど、無視されなかったことにほっとする。


佐久早聖臣くん、4月から同じクラス。

うちの高校は男子バレーのいわゆる「強豪校」というヤツで、クラスの子たちの話では、佐久早くんはそこのエース?らしい。

そのせいなのかちょっと独特の雰囲気っていうか、話しかけづらいっていうか、とにかくただのその他大勢の生徒である私とはあんまり縁の無い存在だったっていうのが正直なところ。


「同じ駅使ってるんだね、知らなかった。」

「うん。」
不織布のマスクが少しだけ動いて、彼が言葉を継ぐ。

「俺は乗り換えだけど。」

「あ、私はこの近くなんだあ。」
ちゃんと会話が続いたことが嬉しくて、彼の横顔をじっと見る。

視線は合わない。
だけど、「ふうん」と一応の返事が返ってくる。


その時、滑り込んだ電車。

彼の後ろに続いて、私も地下鉄に乗り込んで──座席は少しあいていたけど、そこには座らずに彼と並んでつり革を掴む。

「今日は部活、ないの?」

「……試験期間だから。」

「あ、そうだよね。準備ばっちり?」

「どうかな。」

話しづらいと思っていた彼だけど、こうやって話してみると案外大丈夫かも。
確かに少し独特ではあるけど、ちゃんと律儀に返事を返してくれるんだからたぶん悪い人じゃない気がする。

「そっかあ。」
だけど、一通りのシャコウジレイを通過してしまうと簡単に話せる話題はなくなってしまって、「なにかないかな」なんて頭の中で次のテーマを探すことになる。

だけど、

「そっちは?」

「え、」

「三日月はどうなの。試験勉強。」
ずっと合わなかった視線がわずかに動いて、発せられた言葉。

あ、うそ。
なんだろ、今の結構嬉しい。

「えー、一夜漬けになっちゃったのとかある。」

「世界史?」

「う、なんでわかるの?」

「……俺も。」

「だよねえ、範囲広すぎ!」

電車の揺れのせいを装って、背の高い彼の顔を覗き込んだ。

「ッ、」

目が合って、なんでかドキンと心臓は跳ねて、先に目を逸らしたのはどっちだろう。


「俺、コンビニ寄るから。」

「あ、うん。じゃあ、また教室でね。」
駅の階段まで一緒に歩いたところで、佐久早くんは学校の反対側に足を向けた。
「じゃあね」と手を振った私に、少しだけ揺れた頭。


試験期間は今日が一日目。
だとしたら、明日も彼に会えるのかな。

そしたら何を話そうかなって思うと、試験期間の憂鬱な気持ちがちょっぴり晴れた気がした。

世界史できた?って聞いてみるのもいいし、部活のことなんかも聞いてみたいな。
迷惑な顔されたらどうしようって気もするけど、なんとなく大丈夫な気がする。


一限の古文の単語を思い返して歩きながら、目が合った一瞬の彼を私は思い出していた。


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