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□ありふれた人生を 5

「んー、あかん。」

牛肉の味の染みた大根を咀嚼してから発した一言に、ゆいが首を傾げた。

「なに、どうしたの。」

「あかんわ、決められへん。」
ほくほくと湯気を立てる大根と、今度は牛肉を一緒に口に放り込む。

甘辛い醤油ベースの味付けの奥に唐辛子の辛みが効いている。
白い飯とあわせて食べると止まらなくて、気がつけば大皿の半分をもう平らげていた。

「だって、せやろ。こんなにうまいもんばっか食べてたら、人生最後の日に何を食べたらいいか……決められへん。」
そう言った俺にゆいは笑って、

「ええ、なにそれ。」

「いやいや、大命題やろ。」

「そうなのー?」
空になった茶碗に二杯目の白米をよそって、可笑しそうに肩を揺らした。

「ゆいのめし、うまいんやもん。」

「ふふ、そっかそっか。なんでも美味しそうに食べてくれるから、私も嬉しいよ。」
同じように大根を口に入れて、微笑むゆいを見る。

「ゆいの作るもんがうまいんやって。」

「えー、普通だよ。」
そんな風に言うけど、ゆいはなかなかの食い道楽。

今日だって「大根の季節になったね」なんて嬉しそうにレシピサイトを眺めて、昼前には鍋を煮立てて料理を仕込んでいた。

どこそこの何がうまいとか今の季節はこれがいいとか、旅先のレストランのチェックだって気を抜かない。
おかげさまで、インスタントのラーメンなんかじゃうまいと思えなくなってしまったのだから俺も結構変わったんちゃうかと思っている。


「ハンバーグもうまいし、カレーもええなあ……あ、ゆいの餃子絶品やし、あとこの前の厚揚げのもうまかったなあ。」

「ふふふ。」
決められへんと繰り返したら、ゆいがまた笑う。

「人生最後の日って、」

「おん。」

「だってそれ、まだ50年とか先だよ。きっと。」
目を細めて俺を見返すゆいの視線に、穏やかな光。
どこか遠慮がちだった最初の二人はとっくに過ぎて、今は十分に遠慮のない関係だと言えるだろう。

「ん、せやね。」

──50年。
そんな遠い先のこと、確かにどうなってるかなんてわからない。

どこに住んで、何を食べて、いくつになったらこうしてああしてなんて考えたところで、きっと予定通りに行かないこともたくさん待ち受けているのだろう。

それでも、一つだけハッキリしていること。

「けど、どこにおってもいくつになってもゆいの作っためしを食べてるんだけは間違いない。」

言いながら伸ばした指先で、ゆいの手に触れる。
右手を伸ばした先にある──プラチナの指輪。

ダイニングテーブルに向かい合わせに座ったゆいの薬指に嵌まったそれと同じものが、俺の左手にもある。

「そうだね。」
答えたゆいの薬指をカリカリとひっかいて、

「約束したもんな。」

「うん、約束。」
それから指を交差させて握った。

この指輪を贈り合ってからもう3ヶ月。
同じだけの時間を一緒に過している。

誰かと一緒に暮らすとかこれからの人生を共有するとか──要するに結婚というものをイメージしたことは今までなかった。
ゆいと付き合い始めた途端に意識することになった理由は自分でもわからなくて、けれど「わからない」ということが大事なのだといつかと同じことをまた思う。

笑う顔にほっとして、触れればそれだけで満たされる。
そんな関係があるのだと教えてくれたのは、他でもないゆいだ。


二人で過す二度目の冬。
偶然隣り合わせたあの新幹線に乗って、二人一緒に帰る初めての帰郷をすぐそこに控えている。

「あ、そうだ。」

「うん?」

「お土産、何がいいかなあ。一応いくつか調べてはあるんだけど。」

「お、うまそやなあ。」

「まだ何も言ってないじゃん。」
食べ物と決めつけた俺に少しばかり呆れ顔のゆい。

「えー、食いもんにしようや。」

「まあ、そのつもりなんだけど。」
だけど、本当は呆れてなんかいないことも知ってる。
こうして交わす言葉はいつだって自然で、けれど楽しくてすべてが特別だと思えた。

実家に帰れば、またやかましい片割れが「俺も結婚したい!」などと騒ぐのだろうがたぶんそれはまだ先のこと。
「手ぇつないだだけやし!」とゆいと付き合っていた昔を告白したあいつの意外な不器用さも今は笑える。

遠い日の記憶はあたたかく、けれど今はもっと愛おしい。

これからもいくつもの「愛おしい」を重ねていくのだろうと確信している。
寄り添うことの心強さや穏やかな夜の時間、目覚める朝の喜び、ゆいがくれた沢山のものたち。


「やっぱりお肉かな!それか牡蠣、手ぶらで新幹線乗れるし。」

「片っぽゆいんちにしたら両方いけるな。」

年末も一緒で年始も一緒、どこにおっても一緒、家族になるってええね。

「ステーキかすき焼きか、それが問題。」

「あかん、究極の設問や!」

毎日を笑い合えることに感謝して、また明日を思う。


窓辺の陽だまりのような、ありふれた幸福。
なめらかに、だけど途切れながら、ときどき飛び跳ねて、イビツな音楽みたいに流れる時間。

完璧なんかどこにもない、それが人生なら──なお一層愛しいと思えるから。


おはよう、おやすみ、お帰りなさい、ご馳走さま。
おおげさな言葉なんて要らない。

愛しさはそこらじゅうに散らばっている、いくらだって見つけることができるから。


「さて、お茶淹れよっかな。」

「おう、そしたら片付けるか。」

一度離れた指先は、きっとリビングのソファーでもう一度。
少し先の未来を思うだけで、また心がふわりと軽くなった。


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