□きみはたいよう 7
「あれ、赤葦?」
木葉さんの声も、
「おーい、あかーし!」
木兎さんの声も、聞こえないふりをした。
秋のテスト期間、ほんの一瞬の休息日。
春高の二次予選はすぐそこで、今日だってテスト勉強の後は自主練をするつもりでいる。
だけど──
その前に、行かなきゃいけない場所がある。
山手線半周分の距離がもどかしい。
付き合おうってなった途端、こんなにも焦ったりするなんて、全然想像していなかった。
地下鉄のドアに寄りかかって、スマホの画面を開く。
メッセージはまだない。
俺のほうが早く終わったのかな?
何か送ってみてもいいかな?
だけど、さっきの会話は三日月で終わってるから、もしかして止めておいたほうがいいのかも。
最近は、そんなことばかり考えていて、そんな自分が少し恥ずかしい。
「好きだ」って言うほうが、今考えたら余程簡単だったように思えるくらいだ。
三日月が俺の彼女になった。
それは、つまり……俺だけのものってはずなのに、なんだか今のほうが不安だし焦る。
毎日LINEする、電話だってする。
「部活頑張ってね」なんて言われたら、いつもより張り切れる気がした。
だけど、なんでか心配で──同じ学校じゃない、いつでも会える距離じゃない、そう思うともどかしさでいっぱいになる。
本当に不思議だけれど。
思案しているうちに、手元のスマホが震えた。
『終わったよー!駅で待ってるね!』
スタンプが添えられたメッセージ。
それだけで、今度は浮かれた気分。
俺ってこんなに浮き沈みの激しい性格だっけ。
これじゃあまるで木兎さん……って、思いかけてなんとなく先輩の悪口を言ってしまったような気がして首を振る。
焦って、もどかしくって、今度は浮かれて、それからやたらとドキドキして。
付き合う前の三日月と付き合った後の三日月が、なんだか違って見える。
可愛いなって思ってた。
もっと話したいとか、一緒にいたいとか。
だけど、付き合ってからはもっと──。
めちゃくちゃ可愛いって思うのに、それを言葉にしようとすると照れて言えない。
ここが好きとかこういうところがいいなとかいっぱいあるのに、言おうとすると喉がつっかえたみたいになる。
試験期間はだいたい被ってて、「だったら、一緒に勉強しよう」って言ってくれたのだって三日月のほう。
もっとうまくリードしたいのに、恋愛って難しい。
地下鉄の階段をあがるとたいして走ってもいないくせいに、なぜだか息があがった。
試験期間というのもあってか、井闥山の制服が通りを行き交う姿が目立つ。
「赤葦!」
俺が見つけるよりも早く、三日月の声。
本当は先に見つけたかった。
だって、ドキドキしてる様子なんて悟られたくない。
だけど、三日月は変わらない顔で俺に手を振って、
「早かったね。」
なんて笑うんだ。
「こっちまで来なくても大丈夫だったのに。」
横に並んで歩くと、自然と距離が縮まる。
「梟谷からだと結構あるよね?」
「地下鉄で来たから。」
同じ制服が行き交う中で、一人だけ梟谷の制服で。
確かに、それはちょっと気恥ずかしかったりするのも事実。
だけど、迎えに来たかった。
三日月の学校の傍まで、ちゃんと。
口にするのはさすがに恥ずかしくて言えなかったけど、本音で言えばそういうこと。
三日月はちゃんと俺の彼女なんだって、確信?証拠?とにかくそういうのが欲しいっていうか、ちゃんと証明したい。
はっきり言ってしまえば、文化祭のあの日に見た三日月と古森の様子がやっぱり気になっていたから。
こんなのやっぱり言えるはずがない。
嫉妬深い男だって思われたくない、そんなの三日月には絶対に知られたくない。
木葉さんの言う通り二人は付き合ってはいなかったけど、だけどあの後で古森に告白されたんだって、三日月から聞いた。
俺を選んでくれたんだってわかってる。
三日月も好きだって言ってくれて、今はこうして付き合ってもいる。
それなのに不安に思うなんて馬鹿げていると思うけど、だけどやっぱり不安になる。
自信がないわけじゃない、三日月が信じられないわけでもない。
だけど、好きだって思えば思うほど焦ったりするんだから、本当に質が悪い。
こんな風に思っていることは、三日月には絶対に言えない。
梟谷の先輩たちにだって言えるはずがない。
きっと木葉さんには盛大にからかわれるし、木兎さんは……ちょっとどういう反応するのかわからないな。
だけど、とにかく言えない。
得意なはずのポーカーフェイスが崩れてないかって、内心気になりっぱなし。
「おーい、赤葦!聞いてる?」
「え、あ!ごめん、なんだった?!」
こんなのってキャラじゃない、俺らしくない。
だけど、そう。
三日月といると俺は調子を狂わされっぱなし。
「ふふ、ヘンなの。」
「、そんなんじゃないって。」
誤魔化すみたいに顔を伏せて、だけど逆襲。
「!」
三日月の手を取ったら、今度は三日月が肩を跳ねる番だ。
「て、照れる……。」
なんてはにかむ笑顔に心臓が高鳴って、必死で隠して笑顔を向けた。
「嫌?」
「や、イヤじゃないけど……!なんか、ホラ……付き合ってるんだなあって。」
耳まで赤くした三日月が嬉しくて、握る手を強くした。
「そうだよ、付き合ってる。」
「う、うん……。」
新しい三日月の顔にまた新鮮な気持ちになって、「好きだ」と繰り返す胸の中。
「なんか……赤葦、余裕だね。」
少し困った顔をして見上げた視線。
「え、」
「だって、全然変わらないもん。私めっちゃ照れてるのに!」
可愛いなって思う。
太陽みたいに笑う三日月も、日差しの下で頬を赤くする三日月も。
「……どうかな。」
さて、教えてあげるべきか否か。
本当は俺だって照れてる。
三日月と同じくらい?いや、三日月以上かも。
だけど、格好つけたくて。
「そんなに余裕でもないかもよ。」
「うっそ!」
やっぱり黙っておくことにした。
いつか──
もっと余裕で三日月の横に立って、彼氏だって自信が揺るがないくらいになったらさ、その時は打ち明けるよ。
いつだってドキドキしてる、三日月のことを考えるだけで浮かれてる。
照れくさくって、だけどそれが嬉しくて、好きになってよかった、そう思ってるから。
だから、もう少しだけ格好つけさせて。
いつか本音を打ち明けるまで、もう少しの間──見破らないで。
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