□だから、FOR YOU 6
「へえ、合宿?楽しそうじゃん。」
「どうなんかなあ。全国の猛者が集まる合宿やからなー。」
「えー、猛者とか!ウケる。ミヤアツ、呼び出しとかされるんじゃないの。髪染めてったほうがいいよ、髪。」
「なんでそうなんねん!」
三日月が男と別れたと聞いてからこっち、俺は地味ぃーなアプローチを継続している。
明日から始まるユース合宿の土産は何がいいかと聞いた俺に、「合宿なんて楽しそうだね」と請け合った三日月。
気まずさなんてもうないし、俺たちの関係は元通り──となれば、当然その先の攻め手を考えたいところなのだが、相変わらずもたつく自分に腹が立つ。
呼び出して告白なんて俺のキャラじゃないし、だからってこのままじゃいつまで経っても平行線。
たとえば二人で出かけるきっかけとか、そういうんが作れんもんかなと……まあ、この地味なアプローチはその前哨戦っていうことや!
「じゃあ、明日からいないんだ。」
「おう、しばらく部活も休みやな。いうてもアッチでもバレー漬けやけど。」
放課後の部活へ向かう廊下を、昇降口へ向かう三日月と一緒に歩く。
「そっかあ、でもすごいよね。」
「なに?」
「ううん、そうやって打ち込めるものがあるのって羨ましい。」
お、なになに?
これって結構いい流れなんちゃう?
「三日月は帰宅部やもんな。」
「あはは、まあね。」
このところ今まで以上に三日月の言葉に一喜一憂な俺は、「これっていけるんちゃうかな」とか「やっぱ脈なしかもしれん」とかそんな行ったり来たりをアホみたいに繰り返している。
「格好ええやろ?」
「えー。」
「なんで?俺、格好ええやん。」
三日月に褒められたくて、ふざけた調子でそう言えば、
「まあ、そうかなあ。バレーしてる時は確かに格好いいよねえ。」
三日月が笑った。
自分で言わせた言葉なのに、「格好いい」という三日月のフレーズにやたらとドキドキして、
「じゃあ、」
他は?と聞こうとした。
バレーしてる時以外は?たとえば今とか、二人で話してる時とか、そういう時──少しでもいいなって思ってくれてたり……せえへんかなって。
その時。
「三日月!」
治の声が呼んだのは、俺じゃなくて隣にいる三日月のほう。
なんでと思うよりも早く、片割れは俺たちに駆け寄って、
「これ。」
「え?」
三日月をまっすぐに見て言った。
「あのクマ、もうやめたんやろ。やったらコレ、つけて。」
それこそ俺のほうなんか見向きもせずに。
え、なんやの。
なんでこんなことになっとるん。
「昨日、買いに行ってん。」
治が差し出した袋の中から出てきたのは、黄色い色をした丸っこいぬいぐるみ。
そういえば、昨日部活の後に角名とどっか行っとったななんて思い出して、同時になんともいえない感情が胸の中で沸き上がる。
「わあ、ミニオンだ!可愛い!」
「よかった。」
だって、そうやろ。
なんだってこんなことになってんねん。
「でも、いいの?」
「ええよ、そのために買うたんやし。」
俺は三日月のことが好きで、長いこと片思いみたいなことをしとった。
それでやっと巡ってきたチャンスに悪戦苦闘して、それで、それで……これから……
そう思ってたはずやのに、
「そいつ、USJにおるんやって。せやから、」
なんで?
なんで治が三日月とこんなことになってるん。
落とし物拾って、それで代わりにプレゼントって、どこの漫画やねん。
そんなんおかしいし、絶対認められへんし。
それに、それになんで……なんでよりによって治やねん?!
「せやから、今度一緒に行かへん?」
「行くわけないやろ……ッ!」
まるで俺を無視するみたいに展開される会話は、俺がしたかった会話そのもので──俺ができずに足踏みしてた「三日月を誘う」というアクションをこともなげに治はやってみせた。
しかも──俺の目の前で。
「はあ?なんでおまえが返事しとんねん。」
「うっさいわ。何考えとんねん、治!」
そこから先はもう最悪。
「なにって三日月のこと誘っただけやろ。それをなんでおまえに止められる必要があんねん。」
「止めるわ、アホ!」
二人して言い合いになって、
「なんでや、アホ。」
「そっちこそアホやろ。ふざけんな。」
「ふざけてへんし。」
「そしたらなんで三日月のこと、誘ってんねん!」
出口なんかわからないままで、ほとんど同時に二人して言ってしまっていた。
「そんなん、三日月のことが好きだからに決まっとるやろ。」
「はあ?!俺のほうがずっと好きやし!ふざけんな!」
売り言葉に買い言葉って……どっちが何を売って、どう買ったんかな。
何もかももうめちゃくちゃで、ようわからん。
「「!」」
言ってしまってから、ようやく事の重大さに気がついた。
「それで、その子どんな顔してたの?」
「……死ぬほど困った顔しとった。」
東京の合宿所での夜、はあーと盛大についたため息。
他人事なのをいいことに盛大に笑った彼は、
「ウケるんだけど、さすが双子!」
「元也くん。それ、双子関係ないやろ……。」
がっくりと肩を落とした俺にもう一度声を立てて笑った。
目の前で治と喧嘩して、その勢いで二人して告ってしまった。
考えていた手順とかこうしたいとか、ああできたらとか、そういうものを全部すっ飛ばして、言うつもりのないタイミングで告げた言葉。
二人分の「好き」に、三日月はただただ困った顔をして──
「LINEもないし。」
「まあねえ。」
「電話して何喋ったらとかわからへんし。」
「う─ん、そうかなあ。」
それっきり。
「土産なにがいいかも……結局聞けてへん。」
あの日の翌日から俺はユースの合宿で東京。
昼間はバレーがあるからいいが、夜ともなれば昨日までのあれこれを後悔して悶々とするばかり。
「じゃあ、今は治だけ神戸に置いてきてるわけだ。」
「ッ、これ以上心配させんで、元也くん……!」
試合ではライバルでしかない東京の強豪校の彼だが、合宿所の談話室ではお互いただの高校生男子。
ため息ついでに懺悔した俺の話を、元也くんは笑いながら聞いてくれた。
「まあでも、言えてよかったって考え方もあるんじゃないの。」
「ええ、そうかあ?」
三日月の驚いた顔や困った顔、その三日月を「好きだ」と告げた片割れの顔が頭ん中を何度も過ぎる。
「だって、言わなかったらもっと時間かかってたわけでしょ。」
前向きに考えたら、と元也くんのアドバイスはもっともだが、
「せやけど、いろいろあるやん……順番とか、もっといい感じになってからとか……。」
やっぱり後悔は消えなくて。
「でも、待ってたら治とデートしちゃって間に合わなかったかも。」
「それはあかんッ!」
それでも、確かなもの。
元也くんの言う通り、なんにもしないままで治に取られるのだけは絶対に我慢できへん。
「……はあ。」
「またため息かよー!」
キャラ違うじゃん!と背中を叩かれて、「ほんまにね」と返した。
三日月のことになるとあかんねん。
自分が自分でなくなる感じ。
余裕も自信も引っぺがされて、素のまんまの気持ちだけになる。
それで、どうしたらいいのかわからない。
好きなのに、欲しいのに──だけどフラれるのが怖いなんて、ほんまそんなん誰やねん。
それでまた、スマホを見て肩を落とす。
三日月からなんのメッセージもない代わりに、治も何も言ってこない。
どうなってるのか、今どうしているのか。
気になって、不安で──ああ、だけど、
「今できることって、実は一つしかなくない?」
確信と同時、元也くんの言葉に頷いた。
「……俺もそう思っとった。」
一つしかない、それしかない。
だったら、できることをするだけ。
7回のコール音、諦めかけたところで「もしもし」と三日月の声。
ぐっと苦しくなった胸を押さえて、ようやく告げた。
「この前、ごめんな。けど……もう一回話したい。」
400キロ、遠すぎる二人の距離。
だけど、飛び越えて伝わって。
「帰ったら、もう一回だけ……時間もらえんかな。」
否定なんかはされなくて、「合宿頑張ってね」の言葉に少しだけ自信を取り戻したその日。
好きだよと言ったら、返ってくるのはどんな言葉だろう。
拒絶されるのは辛い、治と付き合われるのはもっとしんどい。
だけど、もうええ。
もう逃げるのも誤魔化すのも止める。
三日月が好きや、それが一番大事な俺の気持ち。
だから、もう一度だけ──チャンス、くれへんかな。
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